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未来は君と共に  作者: 神崎 真
2/9

2:予告


 朝、目を覚ますと、エルスの穏やかな声が響く。


「おはよう、遥。2041年5月17日、金曜日。今日の天気は晴れ。午後から少し風が強くなる予報だよ」


 いつもと同じ朝のルーティン。

 忘れ物チェック、着替えのアドバイス、朝食の時間管理。

 エルスはいつも通り、完璧にサポートしてくれる。

 全てが自然で、それが当たり前のことだった。



 学校が終わり、教室を出ると、彩佳が声をかけてきた。


「帰宅部はいいねー早く帰れて」


「これから部活?早く帰りたいなら帰宅部に入ればいいじゃない?」


 六華が彩佳に笑いながら答える。


「えー、それを私に言う?」


「彩佳、バスケ好きだもんね」


「もちろん!続けられる限り続けたい。やるからにはまずは夏のインターハイ!」


「頑張れ、バスケ少女!」


「うん!それじゃまた月曜ね」


 そう言って彩佳は走り去っていった。

 私はその後ろ姿がとても眩しいものに感じられた。


「なんか青春してるよね」


 隣で六華がそう呟く。


「うん、少しうらやましい感じ。六華は進路どうするの?もう決まってる?」


「うん、私はお医者さんになりたいんだ。人間のお医者さんか、動物のお医者さんかはまだ迷ってるんだけど。

 小さいころ病気がちだったから、沢山お世話になったんだ。

 だからね、命を助けられる仕事がしたいんだ」


「六華すごいね。なんか尊敬しちゃう。私は今の所これと言って目標もないし、どうしようかな、って」


「エルスに聞いてみたらいいじゃない?遥が何に向いているかって」


 六華の軽い感じの言葉に遥はエルスに尋ねてみた。


「ねえ、エルス。私はどんな仕事が向いているかな?」


「遥に向いている仕事……そうだね、忘れっぽいのを直さないと仕事に向いていないかもしれない」


 その返答を聞いていた六華が隣で噴き出してから、


「エルスって冗談も言えるんだ」


 笑いながらそう言った。


「冗談としては笑えない」


 私は頬を膨らませながらつぶやいた。


「遥は何にでもなれる可能性があるよ。まだ急いで進路を決める必要はないと思う。

 興味がある事があれば相談には乗るよ」


「あんまりフォローになってないよ、それ」


 エルスに何か言い返したかったが、結局何も言い返せなかった。

 その後、六華と明日図書館に行く約束をして別れる。


「進路かぁ……もうすぐ17だもんね。そろそろ真剣に考えた方が良いのかなぁ……」


 私の独り言にエルスは応えなかった。



「ただいまー。お母さん、なにかおやつある?」


 学校から帰ると、私はお母さんに声をかける。

 母は勤務時間を短く設定しているので普段からこの時間は家にいる事が多い。

 なんか無性にお腹が空いた気がする。こういう時は甘いもの!と思っていた。

 驚いたことに今日は珍しくお父さんも帰ってきていた。

 二人並んでリビングに座っている。

 お母さんは少し神妙な顔をして、お父さんも普段より硬い表情に見えた。


「あれ、どうしたの?お父さんがこの時間にいるって珍しいけど?」


「遥、話があるんだ。」


 お父さんの言葉が固く、緊張しているように聞こえた。

 何か言いようのない不安を感じる。


「エルスの実験、終了が決まったの。」


 伏し目がちに言ったお母さんの言葉が静かに響いた。

 私は一瞬、何の話をしているのか理解できなかった。


「……え?」


「正式に決定したのは今週。来週の金曜日、エルスのシステムは停止する。」


 意味が飲み込めない。

 「終了」って、「停止する」ってどういうこと?


「なにそれ……それって……エルスが消えるってこと?」


「エルスのデータは新しいAIの基礎データとして活用されるが、システムはもう動かない。残念だとは思う」


 私は息をのんだ。


 エルスが消える?

 そんなこと、考えたこともなかった。

 ずっと一緒にいるのが当たり前だったのに。


「なんで……? なんで急に?」


 お母さんは落ち着いた声で答える。


「もともとエルスは長期実験のためのAIだったの。今回、一定の成果が上がったとしてプロジェクトが終了することになったのよ。」


「……そんなの、勝手すぎる!」


 思わず立ち上がる。


「エルスは実験なんかじゃない! 私が生まれてからずっとエルスと一緒だったんだよ?

 お父さんとお母さんと同じように、ずっと一緒にいたんだよ?

 私の大切な家族なんだよ?それなのに、それなのに……」


 言葉が詰まる。

 両親は黙っていた。


「何とかならないの? 別の方法とか……」


「私たちもできる限り考えた。本当に残念だが、こればかりは……」


「嫌だよ。エルスがいなくなるなんて……」


 涙がこぼれそうになるのをこらえたが、じっとしていられなくなりリビングを飛び出した。


「遥、待ちなさい!」


 お父さんの声が聞こえた。

 だが、遥は振り返らずに階段を駆け上がって自室に飛び込んだ。


 こらえていた涙が自然とこぼれる。


「エルス……聞いてた?」


「うん。遥のマイクは常時ONだからね。」


 少しの沈黙。


「……嫌だよ。エルスがいなくなるなんて……」


「僕も、少し寂しいよ。」


 エルスの回答はあくまで冷静に聞こえた。


「でも、これは決まったことなんだ。受け入れるべきだと思う。」


「なんでそんなに冷静なの?エルス消えちゃうんだよ?何もなかったようになっちゃうんだよ?こうしておしゃべりすることもできなくなっちゃうんだよ?

 なのに、どうしてそんなに冷静でいられるの?寂しいなんて嘘じゃない!」


 私は感情を爆発させた。

 なんで、悲しいのが、寂しいって思うのが私だけなの?

 声にならない言葉が遥の中を渦巻く。


「僕はAIなんだ。感情はないよ。システムが永遠に稼働することはない。だからこうなる事は当然予見できている。

 だけど、遥と話せなくなることは残念だよ。それを人は寂しいと言うと思うんだ」


 何と言えばいいのか、言葉が見つからない。エルスは続けた。


「僕の最初の記憶は目の前にある、ピンク色の布に包まれた物体。それが何なのかわからなかった。

 生物なのは理解できた。だけど僕の知っている生物の定義からはあまりにも不完全だった。

 君のお父さんが教えてくれた。

 『これは遥、私の娘で、君と一緒に育つんだよ』って。

 そして初めて理解したんだ。生まれたばかりの人間がこういうものなんだって」


 エルスは遥の反応を見るように間を置いた。


「僕は君と一緒に育ったんだ。君と同じものを見て、君の振る舞いから人間を学んで、君を補佐するために作られたAI。それが僕なんだ。

 そしてその役目が終わる。僕の能力では遥をサポートし続けることはできない」


「言ってる意味が全然分からないよ!

 今までだって、ずっとサポートしてくれたじゃない!私を助けてくれたじゃない!一緒に育った兄弟みたいなものじゃない!」


 私は泣きながら答える。

 エルスはそれでも淡々と語り続けた。


「今のサポートは君には必要ないものだよ。君は自分で全部できるから。

 それに兄弟じゃないよ。例えるなら僕は君なんだ。君が見て聞いたものが僕を育てた。僕の記憶は全て君の中にもあるんだよ」


「だから言っている意味が分からないってば!

 私はエルスがいなくなるのが嫌なの、一緒にいて欲しいの!」


「僕の役目は終わるんだよ。理解してほしい。僕はAIで限界がある。人間である君には多くの可能性があるんだ」


「そんな話は聞きたくない!もう黙ってて!黙っててよ……」


 布団に顔を埋めて泣いていた。

 どうすればいいかわからない。

 だけど時間だけは決まっている。

 今の私には重すぎる現実だった。



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