第三話 :魔法は再現性がない? なら、論文書く気で証明してあげるわ
書庫の片隅に、図面のようなものが広がっていた。
紙の上には、数式、ベクトル、エネルギー流のイメージライン、回路風の記号。
まるで魔法陣というより電子回路図──だがその一枚一枚は、理央の頭の中で確かな意味を持ってつながっている。
「……これが、“理論魔導式β版”」
理央は小さく息を吐いた。
この世界に来てから三日間。
寝食を削り、書庫と貸し研究室を往復し続けた結果、ついに形になった。
理央の狙いは、魔力ゼロでも使える“再現可能な魔法”。
必要なのは感覚や血筋ではない。条件さえ揃えば誰でも再現できる、理屈に基づいた魔法だ。
「魔力を“流体”として定義。精神集中は媒介動作。
媒体の空気に電荷誘導して、結果として放電現象を作り出す──つまり“雷撃”の初歩モデル」
理央が選んだのは、もっとも“物理現象に近い”魔法──雷撃。
理論的には空気中の分子配列とエネルギー分布を整えれば、一定の確率で放電が起こる。
「さあ、初実験、いきますか」
彼女は床に描いた自作の魔導陣に手をかざす。
陣には、円と直線と記号で構成された理論式が展開されている。
「起動条件、精神集中。入力エネルギーは最小の生体電流……初動インパルスは……これ!」
ぴしっ!
空気がわずかに震え、魔導陣の中心に“パチッ”という小さな火花が走った。
──理央の髪が、微かに浮いた。
「……!」
一瞬、声を飲み込んだ。
ごくごく小さな放電現象。指先程度の光。
だが、それは間違いなく──**再現性のある魔法発動の“兆候”**だった。
「……やった。構造だけで、動いた……!」
魔力量ゼロのはずの自分が、魔導陣を起動させた。
それだけでも、今の魔法理論に真っ向から反する“証明”だ。
「でもまだ不完全。インパルスが弱いし、共振波がずれてる……
ああもう、実験データほしい……! オシロスコープくれ!」
無いものは仕方ない。ならば自分で“感覚補正”と“数式誤差”のすり合わせをするしかない。
「再現性がない? なら何百回でもやってやる。
魔法が“才能”の世界なら、こっちは“理屈”で殴るだけよ」
理央の目が、まるで論文の構想を練る博士のそれだった。
魔法を感覚で済ませる時代は終わらせる。彼女は今、その最初の扉をこじ開けようとしている。
「──その図、なんですの?」
声がしたのは、翌日の書庫。
背後から覗き込んでいたのは、ふわふわの金髪に桃色の瞳を持つ、貴族風の少女だった。
「え、何?」
「失礼。あまりにも真剣に魔導陣を描いてらしたので、つい……。
私、アリシア=フロラーレ。魔法学園の一年生ですわ」
「……へえ。私は理央。一ノ瀬理央。転移者」
ぺこりとお辞儀するアリシア。見た目はまさにお嬢様だが、その態度には変な壁がない。
「それ、雷撃魔法の魔導陣……ですの?」
「一応はね。……でも、既存のとは違うわよ。
私、魔法を“再現可能な現象”として定義し直してる最中だから」
「え? 再現……かのう?」
「そう。何度やっても同じ結果が出るように、構造と式で魔法を作るってこと」
アリシアは、ぽかんと口を開けた。
「……すごいですわ。そんなこと、できるんですの?」
「できないなら、やれるまで調整するだけ」
「……あの、お願いがあるのですけれど」
アリシアは、少し恥ずかしそうに指先を合わせる。
「わたくし……実は魔力量が少なくて、まともに魔法が使えませんの。
でも、その魔法なら……理屈で動かせるなら、わたくしにも……」
理央はほんのわずか、驚いたように目を丸くし、それから──少しだけ、笑った。
「なるほど。……じゃあ、ちょっと付き合ってもらえる?」
「……はいっ!」
こうして理央は、思わぬ協力者を得た。
感覚ではなく、理論で魔法を使う世界へ。
研究者と生徒による、小さな革命が始まろうとしていた。