第二話:魔力ゼロ? そんな非科学的なことあるか!
「本当に、魔力量ゼロ、なんですか?」
測定室の片隅。理央は、一歩後ろに控えていた青年──銀髪の賢者風な男へ問いかけた。
「はい。あの魔力観測石は、王立魔術研究所でもっとも信頼される品です。……ですが、誠に遺憾ながら、反応はありませんでした」
「なるほど。じゃあ──質問、いい?」
「……どうぞ?」
「その観測石、どういう理屈で“魔力”を測ってるの?」
青年は一瞬、言葉に詰まった。
「理屈……といいますと?」
「いや、ほら。現象って測定するには前提が必要でしょう。定義式とか、出力補正とか、較正とか。
そもそも“魔力”って、量としてどう定義されてるの?」
青年は、固まった。
「えっと……魔力とは、体内に宿る自然エネルギーで、精神集中により外界に影響を──」
「それ、説明じゃなくて“信仰”よ。私が聞きたいのは、どんな測定モデルに基づいて、数値化してるのかってこと」
部屋の空気が凍った。
魔法学の権威たちが集うこの空間で、“測定理論”に突っ込んだ素人転移者など、前代未聞だった。
だが理央の目は真剣だった。何もバカにしているわけじゃない。
彼女は──本気で、魔法という現象を“理解”しようとしていた。
「そもそも“ゼロ”ってさ、絶対値? 観測誤差以下? 装置が反応しなかっただけ?」
「……ま、魔力量ゼロとは、魔力が存在しないということで……」
「じゃあ“存在しない”って、どう定義されてるの?」
「…………」
返答に詰まる賢者に、理央は静かにため息をついた。
(この世界の魔法、思った以上に“実験科学”として成立してない……)
心の中では、既にメモ帳を広げている気分だった。
今必要なのは、あの測定装置の構造式。そして、それが何を前提としているか。
理央は、自分の腕に着けられた簡易魔導紋を見下ろす。
これは、転移者の魔力量を簡易判定するための印らしいが──自動車のメーターすら見抜けない素人に測られた気分だ。
「……なら、いいわ。測定不能なら、自分で測れるようにすればいい」
理央は背を向け、扉に向かって歩き出した。
「ちょ、ちょっと待ってください! 転移者様、どこへ──」
「研究材料を探しに。魔力量がゼロ? じゃあまず、その“ゼロ”を定義しなおさなきゃ」
「え?」
「なにを“力”として扱うかは、こっちで決める。
だってこの世界、“魔力の定義式”すら無いんでしょう?」
呆然と見送られる中、理央はまるで勝利したように笑った。
魔法の才能がなくたっていい。理屈が通るなら、手はある。
(やるしかない。やるしかないよね、これは……!)
研究者スイッチが、完全にオンになった。
その日の夕方。
理央は王都の書庫で、手当たり次第に魔法理論の書物を漁っていた。
──古典魔法理論『魔導の起源』
──魔力量の階級と施術例『階層式魔法学』
──魔力測定器の変遷『観測石大全』
──現代魔法入門『気持ちで感じろ! 魔法はハートだ』
「……だめだこりゃ」
床に広げた資料を見て、理央は額を押さえた。
「論文も無ければ、数式も無い。全部“感覚”で済ませてる。どんだけ非科学的なのよ」
この世界の魔法学は“学”ではなかった。
再現性は“慣れ”、定義は“肌感覚”、理論は“信じる心”。
──つまり、穴だらけだ。
理央はにやりと笑った。
「なら……入り込む余地は、いくらでもあるってこと」
数式と法則。現象と因果。
この世界の魔法に、論理を導入すればどうなるのか。
「──私が、魔法の定義を作ってやる」
理央の頭の中には、既にラフなモデルができつつあった。
回路的魔導式、エネルギー流、精神集中による構造解離……。
それらをすべて、再現可能な“式”に落とし込む。
たとえ魔力がゼロでも、現象を設計すれば、誰にでも魔法は使えるようになる──
その可能性が、今ここに芽吹こうとしていた。