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消えない傷跡

稔が「境界の街」に滞在してから、気づけば数日が過ぎていた。この街での生活は、どこか幻想的でありながらも現実味を帯び、彼の心を少しずつ癒してくれていた。日々の散策や出会いを通じて、自分が求めていた「何か」に少しずつ近づいているような気がしていた。


ある日、稔は再び街の広場を歩いていた。ふと、彼の視線の先に小さな店が見えた。店の看板には「アンティーク&修復」と書かれており、古びた調度品や器が窓越しに並べられていた。興味を引かれた稔は、店内に足を踏み入れた。


中は静寂に包まれ、薄暗い照明がアンティーク品の古めかしい美しさを引き立てていた。カウンターの向こうには一人の男性が立っていた。彼は彫りの深い顔立ちで、職人のような鋭い眼差しを持っていた。


「いらっしゃい、何か探しているのかい?」


その男性が、ゆっくりとした声で稔に声をかけてきた。稔は、特に目的があったわけではなかったが、自分でも知らない何かに引き寄せられるように、思わず店内を見回した。


「実は、ただ見ていただけなんですけど……なんだかここには、懐かしい気持ちが湧いてきて」


「懐かしさ、か。古いものには不思議な力が宿ることがある。たとえば、壊れてしまった物にだって、持ち主の想いが染み込んでいるものだよ」


そう言って、彼は棚から割れた陶器の欠片を取り出した。稔は、その欠片に自分の過去を重ねるような気持ちを抱き、思わず手を伸ばした。


「こうして見ると、壊れたままでも美しいですね」


「そうだな。だが、少しの手間で元通りにしてやると、もっと美しくなることもある。人の心と同じようにね」


その言葉に、稔は思わず胸が詰まった。自分の中にも、かつて仕事や人間関係で傷ついた記憶がある。その痛みや後悔は完全には消えず、今も自分の一部として残っている。しかし、それを隠そうとしてきた自分に気づかされた気がした。


「僕も、今まで避けてきた自分の傷があるかもしれない……。それを修復することができれば、少しは変われるのかな」


男性は静かに頷き、棚から小さな箱を取り出した。その箱には繊細な道具や接着剤が詰まっていた。「自分で修復する気があるなら、この道具を貸してあげるよ」


稔はその道具を手に取り、小さな器を直す作業に取り掛かった。慎重に欠片を合わせ、少しずつ接着していく作業は、思いのほか集中力を要し、時間が経つのも忘れてしまうほどだった。その間、自分の心の中の欠片もまた、少しずつ繋ぎ合わせているような気がした。


やがて器が元の形を取り戻し、その表面には金色の繋ぎ目が輝いていた。稔は、その美しい「修復の跡」を見つめながら、心の中にも少しの誇りを感じていた。


「人も物も、傷つきながらもその傷を抱え、美しくなっていくんだな」


その夜、稔は自分の心の中に残っていた消えない傷跡が、ただの過去ではなく、今の自分を支える大切な一部であることに気づき始めていた。そして、その傷を受け入れることで、自分がさらに前に進む力を得られるのではないかという確信が芽生えていた。



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