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夜の影

その夜、稔は「境界の街」に訪れてから初めての静かな夜を迎えていた。街はいつもどこかにぎやかで、どこか夢のような雰囲気に満ちていたが、夜になるとその喧騒は落ち着き、街全体が深い眠りに包まれる。


宿に戻り、窓から夜の街を眺めていると、不意に異様な気配を感じた。闇の中にぼんやりと浮かぶ影が見える。はっきりとした形は分からないが、人のようでもあり、幻のようでもあった。その影はふわりふわりと街路を歩いているようで、見ているだけで吸い寄せられるような不思議な感覚を覚えた。


「何なんだ、あれは……」


気になって宿を出ると、夜の冷たい風が稔の肌を撫でた。影の後を追うように歩き出し、静まり返った街の中を進んでいく。人影はなく、足音だけが響くその道をひたすら歩き、稔はふと自分がどこに向かっているのかも分からなくなりそうだった。


しばらく進むと、ある路地の奥で影が立ち止まった。そこには見覚えのない建物が立っていた。昼間には見かけなかった場所だ――まるで、夜にだけ現れる隠れ家のようだった。


勇気を出してその建物のドアを開けると、中は薄暗い照明で照らされ、不思議な雰囲気に包まれていた。壁には古びた絵画が掛けられ、棚には異国の書物や骨董品が並んでいる。奥に進むと、カウンターの向こうに一人の老人が座っていた。白髪に眼鏡をかけ、ゆったりとした動きでコーヒーカップを磨いている。


「こんな時間に珍しいお客さんだね」


老人は微笑みながら稔を見つめた。稔は無意識のうちに席に座り、目の前に差し出されたコーヒーに手を伸ばした。


「ここは一体……?」


「ここは夜の街にだけ現れる、迷える者の集まる場所さ。君も何かに迷っているのではないか?」


その問いに、稔は静かに頷いた。「確かに、俺はずっと何かを探している。でも、その何かが何なのか、まだ分からないままで……」


老人は優しく微笑んで頷いた。「人は誰しも、心の奥に迷いを抱えているものだよ。この街では、そんな迷いを映し出す鏡のような場所がいくつもある。君がここに導かれたのも、きっと意味があることだろう」


その言葉に、稔は心が少し軽くなるのを感じた。そして、夜の闇の中にふと浮かんだ影もまた、自分の迷いの象徴だったのかもしれないと気づき始めていた。


「君が求めているものが何かは、君自身が知っているはずさ。ただ、それに気づくには少し時間がかかるだけかもしれない」


稔は静かに頷き、カップを手にとって一口飲んだ。深みのあるコーヒーの香りが心を温めてくれるようだった。


その夜、稔は再び「迷い」と向き合う覚悟を決めた。そして、その迷いの果てに、彼自身が本当に求めるものを見つけるために、ゆっくりと目を閉じ、眠りについた。



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