アトリエの惨状1
部屋の中は様々な色で溢れていた。
赤、青、黄色、緑……。
アマリアは呆気にとられ、数秒、その場に立ち尽くしてしまった。
色が溢れているの自体は普段からである。
なにしろここはアマリアのアトリエ。
絵を描くための部屋なのだから。
書きかけのものも完成品も、絵がたくさん置いてあるし、絵の具や画材もあちこちに置いたり保管されたりしている。
しかし、今は。
「なっ……、あ、あなた! どこから入ったのですか!?」
アマリアが震える声で言い放ったのに応えたのは、やはりだいぶカラフルな見た目になった存在だった。
くぅん。
甘えるように鼻を鳴らした白い大型犬。
甘えるというより、許しを請うといった鳴き方であったけれど、そんなふうに鳴かれても、もう遅い。
「私の絵! めちゃくちゃにしてくださって……どうしてくれましょう!」
ショックと憤慨でいっぱいになったアマリアは、臆することなく犬に近付き、がしっと豪華な首輪を掴んだのだが、そこでうしろから焦った声がした。
「レオン! お前、なんてことを!」
つい数十分前に聞いた声がして、アマリアは犬の首輪を掴んだまま振り返った。
そこで目を丸くしてしまう。
短い黒髪をきちんと整え、かっちりした上下の白い正装を身に着けている、若い男性。
彼は今日の来客で、先ほど父のいる場でアマリアも挨拶をしていた。
しかしこの犬を呼んだということは、彼が飼い主なのだろうか?
「……レノスブル様……」
アマリアは彼の名字を呼んだ。
低い声になったそれに、彼はぴたりとその場に制止する。
「す、すまない、うちのレオンがとんだことを」
すぐに謝られたが、その言葉は途中でアマリアの絶叫に上書きされた。
「絶対に許しません!! 責任を取っていただきますから!!」
レオンと呼ばれた犬を離して、彼につかつか近寄り、臆することなく彼を睨む。
彼は伯爵令息で、アマリアよりずっと身分が上だが、アマリアはそんなことに気が引けるようなかわいらしい性格ではない。
よって堂々と正面から……まぁ視点はだいぶ下からだったが……睨みつける。
彼の金色をした瞳がますます戸惑った。
両手を胸の前に上げ、降参、という仕草になる。
「わかった、わかったよ。とにかく落ち着いてくれ。アマリア嬢」