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39 研究所見学

「つまり、見切り発車で始めた研究が早々に手詰まったから、慌てて学院に資料を探しに来たと。そういうことだな?」


「ひ、ひひ……事実ですけど手厳しいです、兄様」


「これでもかなり言葉を選んでいる。魔法と科学の融合など、また突拍子もない絵空事を……ただでさえあの部隊は方々から睨まれているというのに……」


 アルカナから事情を聞いたエフォリウスは、ぶつぶつと文句を言いながら本棚から魔導書を抜き、机の上に積んでいった。それらをアルカナは手に取り、題名を一瞥してから中身を開く。


「いひ、ありがとうございます。例の魔導書、既に借りてきてくれていたんですね。関連資料もある、ひひっ」


「貴様は私を信用しすぎだ。いい加減、腹芸を覚えろ。私が派閥争いと無縁だと思っているのか?」


「エフォリウス兄様はどっちつかずが得意じゃないですか。昔から。ひひっ」


「……誰のせいで、こんな立ち回り方を身に着けたかと……」


 エフォリウスの神経質そうな怒り方に既視感を覚え、レクティタはぼそりと呟く。


「ヴィース並み……いえ、それいじょうのお説教ちから……」


『シッ。ソウイウコト、イワナイガ、キチ』


 胸の前で抱えていたゴーイチがすぐさま注意してきた。レクティタが慌てて口を閉じるも、エフォリウスは目敏く彼女の異変に気が付いた。


「レクティタ殿下、いかがなされましたか?」


「えっ!? えっと……魔導書、かりられたから、目的は達せいしたのかなって。じゃあ、もう帰っちゃうの?」


 ゴーイチで顔を隠しながら、レクティタはアルカナに視線をやる。アルカナは困ったように、エフォリウスを見た。


「ひひひ……その、兄様」


 アルカナの含みのある言葉に、エフォリウスは怪訝な顔をしながらも助けを出した。


「学院に興味がおありですか、レクティタ殿下」


「う、うん。レクティタ、魔法、きょうみある」


「かしこまりました。今回はお忍びですから、目立った紹介はできませんが……私の研究ぐらいなら、すぐにご案内できます。研究室は隣です。覗いてみますか?」


「っ! 行く!」


 レクティタはこくこくと頷いた。大きな青い瞳がきらきらと輝いている。エフォリウスはついっと顔を逸らし、廊下と繋がっている出入口とは別の扉に近づいた。


「ここから先は殿下のことを……『ティタ』とお呼びします。殿下も、一人称は本名ではなく『私』と変えるように」


「はーい。レ……じゃなくて、わたし、やくそくします」


「よろしい。では、参りましょう」


 エフォリウスが手を翳せば、魔法陣が現れる。まるで鍵を開けるかのように手首を回せば、魔法陣は音も無く消えていった。部屋の内部から張っていた結界が消えたのだ。

 扉が音を立てて開かれる。エフォリウスに先導されて隣の部屋に入れば、レクティタは今日二度目の感激の声を上げた。


「わあぁ……!」


 室内に足を踏み入れた瞬間、レクティタの眼前に魔法で満たされた空間が現れた。

 辺り一面、フラスコと試験管が連なったガラス器具が設置され、色の着いた液体や薬草などが中に入れられていた。ツンとした薬草の香りと、どこか焦げたような匂いが混じり合ってレクティタの鼻につく。

 互いの実験器具に干渉しないよう机は独特な形で配置され、近くで黒いローブを着た学生達が各々作業をしていた。彼らの傍らで、使い魔の猫や鳥、ゴーレムが主人の補助をする。

 部屋は中々の広さであった。実験器具さえなければ、五、六十人程度は収容できる規模だ。天井も高く、宙には燭台が浮遊し、部屋を適切な明るさで照らしている。壁際にはいくつもの棚が並び、乾燥させた薬草や粉末状の鉱石、生物の骨片が入れらていた。

 ひとしきり周囲を見渡したあと、レクティタは弾んだ声で言った。


「魔法が、あふれてる」


「ひひ……エフォリウス兄様の専攻は『人間の魔力』についてなんだ。僕達の体内にある魔力の流れとかを調べるの。派生して、魔人の研究をしていた時期もあるんだよ、ひひ」


「ほへぇ……」


 アルカナが説明するも、レクティタはあちこちで発動されている魔法陣に釘付けだ。きょろきょろとしていた彼女が不意に学生らしき青年と目が合うと、青年はエフォリウスに気づき、挨拶をした。


「おはようございます、ラミネル先生」


「あ、おはようございます」


「おはようございまーす」


 彼を皮切りに、他の学生達も作業を中断して次々にエフォリウスに挨拶してくる。エフォリウスが彼らに返事をしていると、部屋の奥から真面目そうな三十路手前の男が近づいてきた。


「ラミネル教授。何かありましたか──げぇぇ!? アルカナぁ!?」


 猫背で突っ立っていたアルカナを見るや否や、男は引き攣った声を出し、苦虫を嚙み潰したような顔になった。

 一部、「アルカナって、あの……?」とひそひそと話し始める学生達が、レクティタの目に付いたが、すぐさま近くの大声に気を持っていかれる。


「な、なんでお前が学院にいるんだよ! オルクスに飛ばされたはずだろ! まさか、戻ってくるつもりなのか!?」


「うるさ……いひっ。エフォリウス兄様、この方誰でしたっけ?」


「パウロだ、パウロ。貴様と同じ時期に卒業した学友だろう」


 アルカナがわざとらしく片耳を抑えたので、エフォリウスは窘めるよう軽く肘で小突く。


「愚弟がすまない、パウロ君。今日は用事があって訪れてきたんだ。それと、親戚の子のティタだ。この子に少し研究室を見学させたくてね。ティタ、彼は助手のパウロ君だ」


「はじめまして。レ……わたし、ティタって言います。いご、おみしりおきを」


「あ、ああ。こちらこそよろしく。おませさんな子だね」


 レクティタが元気よく手を差し出してきたので、パウロは屈んで握手に応じた。人見知りをしないレクティタを見て、エフォリウスは内心安堵しながら言った。


「パウロ君。すまないが、アルカナと用を済ます間、彼女を任せても良いか? 学生の邪魔にならない程度に部屋を案内してくれ」


「え、ちょっと、兄様。ティタを一人にするのは」


 アルカナが反対しようとするも、レクティタが静かに彼の白衣の袖を引っ張った。彼女はゴーイチで顔を隠しながら、首を横に振る。


「だ、だいじょうぶ。兄弟でつもる話もあるでしょうし、わたし、パウロさんと見学してくる」


「でも」


「ラミネル教授、かしこまりました。それじゃあティタちゃん、僕と一緒にあっちに行こうか」


「はーい。お二人とも、またあとで」


 引き止めるアルカナに構わず、レクティタはゴーイチを胸の前に抱え直し、パウロに付いていく。

 アルカナは不服気な様子だったが、エフォリウスに手招きされて後ろ髪を引かれながらも部屋の死角に入っていった。

 レクティタはそちらをちらりと一瞥し、二人と離れたことを確認してから、前を歩いているパウロに声をかけた。


「ねえねえ、パウロさん。ちょっといいですか」


「うん? どうかした?」


「あのね、わたしね。アルカナとなかよしになるために、魔法がくいんに来たの。パウロさん、アルカナとお友だちだったんでしょ? だから、なかよしになる方法、いっしょに考えてほしい──」


 レクティタがパウロに付いていった理由は、本来の目的である「なかよし作戦」のためであった。

 「学友」が友達と同じ意味ということを、レクティタは先日アール達の会話から知っていた。

 そのため彼女は、アルカナと友達であるパウロにこっそり助言を貰おうとしたのだが、当ては外れた。


「…………お友達、ね……」


 パウロは眉間と鼻の頭に皺を寄せ、今にも舌打ちをしそうな顔をしていた。見事なしかめっ面に、レクティタは(こんなに嫌そうな顔する人初めて見た)と、少したじろいだ。


「もしかして、アルカナのこと、嫌いなの?」


「ああ、いや……そういうわけじゃないんだけど、友達というのは語弊かな。彼とはただ、五年生の時同じ研究室に配属されて、卒業論文のテーマが同じで、配置された机が隣同士で、ほぼ一年間研究室での話し相手だっただけだから!」


「十分なかよし。お友だちじゃん」


「全然! 僕も、あんな失礼な男と友人でなくて結構だ。それよりほら、研究室……というより、魔法を見て回りたいんだろう? 彼とか今、ちょうど発動させるところだよ」


 パウロは気を取り直して、近くの生徒をレクティタに示した。二人の会話が聞こえていた生徒は気を遣って、レクティタに手元が見えるよう身体をずらしてから、魔法を発動した。


燃えろ(アルデンス)


 生徒が短く詠唱すれば、魔法陣が机の上に浮かび、固形燃料にボっと火を点けた。それを三脚の下に移動し、フラスコの中身を沸騰させるようだ。「どうだった?」と尋ねるパウロに、レクティタは率直に答えた。


「しょぼい」


「ひ、酷い感想だ……いいかい? 彼は簡単にこなしているけど、一から現象を発生させる魔法はすごく難しい類なんだよ」


「でも、もっと派手な魔法のほうがみごたえあります。ばくはつとか」


 ショックを受けている生徒をフォローしつつ、パウロはレクティタをそれとなく咎めた。


「危ないから出来たとしても室内ではダメだよ。あと、爆裂魔法は習得難易度高いから皆が使えるわけじゃない。卒業に必須じゃないしね」


「でも、アルカナならできるよ。たぶん」


「あいつは別。あれを基準にされたら、僕達はたまったもんじゃないよ。うーん……研究内容を紹介しても、君ぐらいの子供だと理解できないものばかりだし……どうしようかな」


 パウロのぼやきにレクティタはむっとした。あからさまな子供扱いは、子供は嫌がるのだ。レクティタは片手を上げて抗議した。ゴーイチも彼女の真似をする。


「レ……わたし、もう五歳だもん。研究、りかいできる! 最近は二ケタの引き算もできるようになって、さらにかしこくなった。難しい話もどんとこいです!」


「ハハハ、そっかぁ。じゃあ……魔人の研究、ちょっと見てみる? 僕の専攻でもあるんだ」


「魔人? ほんとうに、研究しているんだ」


 いつぞやアヴェンチュラから聞いた話をレクティタは思い出した。魔人は魔法使い達の先祖で、彼らを復活させようとしている人達もいると。目の前の真面目そうな男が、その内の一人であった。

 「ちゃんと正式にね」パウロは苦笑し、レクティタを部屋の奥へ案内する。「馬鹿にされがちな分野だから、よく疑われるんだ。彼らは本当に実在したのになぁ」


「どうやってわかったの?」


 レクティタが何気なく聞き返せば、パウロは目を輝かせ、水を得た魚のように早口になった。


「人間以外の人型のミイラが見つかって、それを解析したら魔人だったんだ。ミイラの皮膚の成分を調べていたら、皮膚周辺の魔力の流れがおかしいことに気が付いてね。試しに魔力量を測ったら、微量ながらも魔力を持っていたんだ。王国の人間以外で魔力を持つ人種はいないから、そのミイラは魔人じゃないかと推測されたんだ」


「へぇ~」


「確かに魔力を持っているだけでは『魔人』とは断言できない。もしかしたら、魔物が人に化けていたのかもしれないから。当時の魔法使い達は、ミイラの骨や筋組織の構造も徹底的に調べて、関節の可動域や筋繊維が人間のそれとは別の複雑な構造になっている証明をした。もしこれが魔物の擬態なら、もっと単純な構造になるはずだって反論したんだ」


「ほうほう」


「そして決定的だったのは、発見されたミイラを使った魔法実験だ。魔力を持っているのなら、魔人の身体を通して魔法が発動できるのではないかと。結果は大成功だった。結界の中に閉じ込められ、魔法陣の上に乗せられたミイラは、詠唱を唱えずとも指定の王国魔法を発動させて結界を破壊した。普通の魔法使いや魔物の遺体ではそんな芸当できない。魔法の祖である、魔人以外は。文献の記述と照らし合わせた結果、ミイラは魔人だと判断されたんだよ」


「ふむふむ」


「そういうことなんだけど、わかった?」


「とちゅうから聞きながしてた!」


「清々しいほど素直だなぁ」


 パウロは「まあ子供だしそんなものか」と大して落胆せず、棚で目隠しされている場所の裏側へと回った。

 どうやらここが、案内したかった部屋の奥らしい。通ってきたそれらより広めに場所が確保されており、机や実験器具の配置には余裕があった。

 棚は背中合わせになっているらしく、薬品や魔導書が並べられている。丁度学生らしき少女が本を手に取っており、レクティタを見て驚いた。


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