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36 前途多難

「あのね、あのね、ヴィース。レクティタ、これから、お勉強いっぱいがんばるし、ゴーイチにも優しくするし、おやつのつまみ食いもやめるから……じっけん、おわりにしない?」


「隊長。人には苦手を克服する時期が必ずやってきます。今がその時です」


「うえぇ~~~ん!! ヴィースのおにぃ~~~~!!」


 その後、レクティタはアルカナに接触はおろか近づくことすらできなかった。陽も傾いたところで、一同は訓練所から撤退した。

 そうして夕飯も済ませた後、レクティタはしおらしくヴィースに懇願した。が、にべもなく却下されたので、レクティタは泣きながらテーブルに突っ伏した。アルカナが居心地悪そうに肩を縮こませたのを見て、ヴィースは同僚のフォローに回った。


「アルカナは怖くありませんよ。何をそんなに恐れているのですか? リタースの顔の方がよっぽど怖いでしょう?」


「そのこわいとはちがうの~~~! お化けみたいなのがいやなのぉ~~~~~!!」


 えぐえぐと涙で机を濡らしながら、レクティタは訴える。口をへの字にして泣く姿に同情したのか、リーベルはレクティタを援護した。


「そうですよね隊長さん。アルカナさんはお化けみたいで怖いですよね~。顔が髪で覆われているせいでしょうか。強面のリタースさんには平気ですもんね」


『どうして俺を引き合いに出すんだ……そんなに俺の顔はいかついのか……?』


 片付けを終えたリタースが肩を落とした。仲の悪い同僚と比べられたせいか、アルカナは不服気に言った。


「ひひっ……納得できない。リタースだって、マスクつけてるから顔の半分わからないじゃん」


「アルカナ殿の場合、目が隠れているせいでは? 前髪は切らないのですか?」


「視界だって悪くなるでしょうに。そんなに長くて邪魔ではないのですか?」


 双子の科学者にごもっともな指摘を受ける。アルカナは首を横に振った。


「いひ、切っても一日でこの長さまで伸びちゃうから……ひひ、無意味かな。あと、前髪は崩したくないから、僕。視界も別に悪くないし、邪魔でもない」


「別にわざわざ切らなくたって、前髪を耳にかけるだけでも──うわっ!?」


 まだ帰っていなかったヴェンが、アルカナの前髪を試しに分けようとした。刹那、ばちっ!と音を立ててヴェンの指が弾かれる。

 ヴェンが手を摩りながらアルカナを見れば、彼は「ひひっ」と笑った。


「いひひ……実は前髪に小さい結界を張り付けて、風や他人の手で動かないようにしているんだ、ひひっ、ひひひひひ」


「どんだけ前髪を崩したくないのじゃ……」


「思春期の女子みたい、アルカナさん」


 フトゥとリーベルが呆れた様子で呟く。心の中で似た感想を抱きつつも、ヴィースは態度に出さず、アルカナに尋ねた。


「時に相談なのですが、アルカナ。目を見せることは──」


「いやだ」


 最後まで聞くまでもなく、アルカナは断った。普段とはかけ離れた強い口調に、皆が面喰う。


「いやだ。絶対に。できない。もし強要するのなら──ひひ、僕、部隊から抜ける」


 アルカナの言葉には、説得すら許さないという意思があった。一瞬の静寂が訪れたあと、ヴィースが気まずそうにレクティタを見た。


「……ということで、隊長。頑張って克服してください」


「うえぇぇ~~~~~~ん!!」


「いひひ……そ、そんなに嫌なの……? ひひ……ひんっ」


 副隊長があっさり交渉を諦めたので、レクティタは再び机に突っ伏した。先ほどより大声で泣く隊長の姿に、アルカナの声が薄っすらと震えていた。

 これは前途多難じゃな、とフトゥが呟く。当事者以外の面々は年長者の意見に無言で同意した。



*****



 それから、レクティタはアルカナと日中を一緒に過ごすはめになった。

 一日目。


「ひ、ひひ。隊長、こ、怖くないよ。僕、お化けじゃ、ないよ。ひひっ」


「────っ!!」


「いひっ!? た、隊長、に、逃げないで! 隊長ーー!」


 アルカナが後ろ髪を縛り、友好的な態度でレクティタに近づくも、幼き隊長は耐え切れず途中逃げ出した。前日の失敗の繰り返しであった。


 二日目。


「隊長さん! これならどうですか! 逆転の発想で、アルカナの顔を全部隠してしまいました!」


「……むむ。たしかに、これなら……大丈夫、かも……?」


「ぜ、ぜえぜえ……ま、まって……これ、ひっ。僕が、ちょっと……きつい……ひんっ」


 中途半端に目が隠れているのが怖いんだから全部顔を隠してしまおう、という力技をリーベルが提案してきた。動物の被り物で実行してみた結果、レクティタの態度は少しだけ改善したが、アルカナの方が息苦しさに根を上げた。軍人なのに体力がない長身の研究者に考慮して、この案は却下された。


 三日目。


「ぎゃあああああああ!! お化けがふえた!!」


「お、お化けじゃないよ……ひんっ。やっぱり、隊長、怖がってるじゃん。フトゥの的外れ……」


「なんじゃ。お主がそんな辛気臭いから隊長に幽霊呼ばわりされるのじゃろう? ほーれ、隊長。ワシじゃ、おじーちゃんだぞー」


「うえええええん!! おじーちゃんもお化けになっちゃった!! なかまをふやすタイプのお化けだったんだあああああ!!」


 レクティタに懐かれているフトゥがアルカナに化け、その外見に慣れさせようとしたのだが、目論見は外れ悪化した。アルカナは風評被害を受け、フトゥは事情を知ったヴィースに怒られた。


 四日目。


「い、いひっ。た、隊長~。大丈夫。僕は無害だよ。ひひ、お化けでもないし、増殖もしないし、なにも怖くないよ……ひひひ、ひひ……」


「………………」


「アルカナ殿の言う通りですよ、レクティタ隊長。お化けというのは、案外、真相がわかれば拍子抜けな正体だったりするのです。それか、よくよく考えたら間抜けで面白いことをしていたり」


「エルの言う通りです、レクティタ隊長。アルカナ殿が怖い原因は、髪の毛で目が隠れているからですよね? 髪の毛の主な成分はタンパク質で、これはお肉などの成分と一緒です。つまり、アルカナ殿はお肉で目を隠しているみたいなものと思えばいいのです!」


「うう……お肉、お肉……アルカナはお化けじゃなくて、お肉をお顔にはりつけているだけの、おっちょこちょいさん……」


「ひ、ひひ……お化けじゃないけど、僕はそんな間抜けでもないよぉ……」


 双子の科学者が盾になり、レクティタをアルカナに近づけさせようと試みた。今までの中で一番まともな対応だったためか、レクティタは双子の足に隠れながらも、アルカナへの苦手意識を克服しようとする程度には効果があった。

 そうして三歩進んでは二歩下がるを繰り返し、一週間。


「ん、んん……やっぱり、魔石で魔法、はつどーできない」


「ひひ、これもダメか。魔力含有量は十分なはずなんだけど。いひひ、隊長。次はこっちの魔石でやってみて」


「わ、わかった」


 訓練所にて。膝を地面についているアルカナに、レクティタは返事をした。彼女はアルカナの顔を見なければ会話できるようになっていたのだ。ただし、間にアールかエルのどちらかが挟まっていなければならないが。一週間前と比べれば確かな進歩である。

 しかし、実験の進捗は芳しくなかった。レクティタのアルカナ克服と並行して、魔石による魔法の発動を試みていた。

 目的である「魔法と科学が融合した新技術」の実現に向けて、問題の一つである「魔力がなくても魔法を発動できる」を解決するためだった。魔力の無いレクティタが魔石を通して魔法を使える原理が解明できれば、新技術へ応用できるかもしれないからだ。

 だが、様々な魔石を使用しても、レクティタは魔法を発動できなかった。

 アルカナに渡された新しいそれでも失敗し、レクティタはしょんぼりと肩を落とした。「なんでできないんだろう」と、不服気に魔石を覗く。


「いまごろ、レクティタは魔法をはつどーしほうだいで、隊長らしく皆からあがめられていたはずなのに……」


「まあまあ、気長にいきましょう。研究とは長期戦ですから。そろそろ夕食の時間ですし、今日はここまでで」


「うー……力およばず、もうしわけないです」


 レクティタはアールに魔石を返す。その際、科学者の肩越しに、アルカナを見てしまった。声こそ上げなかったものの、レクティタは慌ててアールの影に隠れた。


「ひ、ひひ……隊長、お疲れ様……」


「う、うん。アルカナも、おつかれさまー……」


 アルカナが気まずそうに労えば、レクティタはぎこちなく返答した。そして、幼き隊長はその身体能力を活かして、そそくさと食堂へと向かっていった。

 小さな背中を見送ってから、アルカナは立ち上がる。膝の土を払い、相変わらずの猫背で長身を台無しにした。


「ひひ……レクティタ隊長、まだ僕のこと怖がってるよね……?」


「お、落ち込まないで、アルカナ殿。一週間前に比べれば、だいぶ克服してきていますから」


「いひひ……確かに、会話してくれるだけ、ありがたい。それはそうと、隊長に負担が大きいのも事実、ひひっ。だから、アール君」


 アルカナは猫背を更に丸くして、アールに視線を合わせた。


「僕ちょっと、学院へ出かけにいってくる、かも」


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