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10 危機感

 盗賊団「赤獅子」を捕まえてから数日後。ヴィース達は一仕事を終えたあとの休日を迎えていた。

 副隊長としては、盗賊団を砦内に捕えたままなのは監視が面倒だったため、フォルムの憲兵に引き渡して隣国ソルテラとのやり取りも押し付けるつもりであった。

 しかし、フォルムの憲兵団はシルヴィウス辺境伯の私兵、対して第七特殊部隊は王国魔法軍直属である。国家間同士の引き渡しになるのならば、辺境伯主導よりも第七特殊部隊の方が話がこじれない。という理由で、結局ヴィース達は盗賊団をソルテラ側に引き渡すまで監視することになり、諸々の事務手続きなども背負う羽目になったのだ。

 なんとか問題なく盗賊団を引き渡し、諸々の後処理も無事終えた。ルクルム商会の方も辺境伯が話を進め、本店のある王都で主犯者が続々と逮捕されている。目下の問題はなくなり、心置きなく休日の朝を惰眠で貪れると、ヴィースはうきうきとベッドに潜った。

 そしてわずか六時間後、朝を伝える小さな金髪の使徒が、無情にも彼の部屋に入ってきた。


「ヴィースー! おはよー! おきておきてーー!!」


「ぐえっ!?」


 レクティタは意外と寝相が悪いヴィース目がけて元気よく飛び込んでいく。すっかり砦内での生活に慣れたレクティタに躊躇いはない。腹に幼児の頭が直撃した哀れな青年は、眠りの世界から強制的に覚醒させられる。


「た……隊長。おはようございます……」


「おはよー! 朝です! あたらしい朝がきましたよ!!」


「……まだ、九時じゃないですか……三時間後に、また来てください……」


 置時計で時間を確認して、ヴィースは二度寝を決意した。レクティタに背を向け布団で身体を包もうとするも、幼い隊長に引っ剥がされる。


「ねないで、ヴィース。ひつじって人が、ヴィースに会いに来てるんだよー」


「羊……? なんで羊がこんな朝っぱらから訪ねてきてるんですか……草食ってろよ……」


「草じゃなくてリタースお兄ちゃんのスコーン食べてたよ、ひつじさん。レクティタといっしょに朝ごはん食べたの! おひげがね、くるんってなってるんだよ! ひつじのセバスチャン!」


「羊にひげ……? セバスチャン……? ん? セバスチャン――!?」


 ヴィースが飛びあがるように起き上がる。彼の頭は、寝癖であちこちに跳ねていた。


「なんで辺境伯の執事が来ているんですか!?」



*****



 レクティタを部屋から退出させたあと、急いで支度をしてヴィースは応接室にやってきた。後ろの寝癖が直っていないようで気になったが、これ以上は待たせられないので気づかれないよう祈りながら扉を開けた。


「大変お待たせ致しました。遅れてしまって申し訳ありません――」


「それでね、ひつじさんが来たって伝えたのにね、最初はおきてくれなかったんです。ひどいよね、ヴィース」


「ほほほ。そうでしたか。やはりお昼にお邪魔するべきでしたかな」


「あっ! いま来たからだいじょーぶだよ。ほらっ」


 すでに来客はレクティタが相手をしていたようで、黒の背広を着た老年の男の横に彼女は座っていた。客人用に出されたお茶請けを美味しそうに食べながら、ヴィースを指差す。ヴィースは顔を引き攣るのを自覚した。


「レ、レクティタ隊長。それはお客様用のお菓子なので、食べるのはお行儀悪いですよ」


「でもさっきひつじは草食ってろって」


「ハハハハハ! おかしな夢を見ていましてね!! 寝言を聞いていたんでしょう!! そういえばリーベルが隊長のことを探していましたよ! 行ってあげてください!!」


「リーベルお姉ちゃんが? わかった! 行ってくる!」


「ええ。話し相手になってくださってありがとうございました。レクティタ殿下(・・)。またよろしかったらお話しましょう」


「うん! バイバイ、ひつじのセバスチャンさん!」


 レクティタはヴィースの脇を抜けて応接室を出て行き、男二人が残される。微笑を浮かべている来客の対面に、ヴィースは座った。


「レクティタ殿下の件で、今日はこちらに?」


「いえいえ。少々私用でこちらに寄ったものですから、そのついでにご挨拶をと申し上げたところです」


(何の私用でこんな辺鄙なところまで来るんだよ……)


 ヴィースは努めて平穏に振る舞うが、正直、シルヴィウス辺境伯に仕えるこの老執事は苦手であった。

 柔和な態度と顔つきで勘違いしそうになるが、性格が特別お人好しというわけではない。主人の顔に泥を塗らないよう穏便に振る舞っているだけだ。要は体裁を一貫して保てるタイプであり、そういった人間は大抵やり手である。つまり、言いくるめられる可能性が高い相手であるから、ヴィースは苦手なのであった。

 流石に寝起きで喉が渇いたので、ヴィースは紅茶を自分で煎れ、一口飲んだ。唇を湿らせてから、セバスチャンに問う。


「私用でこちらを訪れるとは珍しい。何かお困りごとがあれば、お力になりますよ」


「これはありがたい。実は、お一つ、頼み事がありまして」


 ほらきた、と内心思いながらもヴィースは「頼み事?」と神妙な顔になる。老執事は声を低くした。


「ここ数日前……シルヴィウス辺境伯の弟君である、アヴェンチュラ様が、ソルテラの留学からお帰り後、屋敷を飛び出してしまいまして……」


「またそれは、どうして」


「領地経営の方針で、意見が食い違いまして。それで、納得いかなかったアヴェンチュラ様の方が出て行ってしまったのです。これには旦那様も相当お怒りで、反省して帰ってくるまで放っておけばいいと仰っていまして」


「それは大変でしたね。シルヴィウス伯と弟君の仲は良いと聞いておられましたから、少々意外です」


「私用というのも、アヴェンチュラ様をお探ししていたのです。そこでヴィース副隊長には、もしアヴェンチュラ様をお見かけになったときには、お引止めをお願いしたく……」


(つまり匿ってないか抜き打ちで探られた上に根回しに来たってことか。断る理由が特にないってわかってて言ってそうなのも、いやらしいよなー)


「ええ、もちろんです。ご協力致しましょう。隊員達にも伝えておきます」


「おお、引き受けてくださいますか。ありがとうございます。このご恩はいずれまた必ず」


 話は済んだのか、老執事は「随分と長居してしまいました。ここらでお暇させていただきます」と帰る準備をする。ヴィースが城門まで見送ると、気づいたレクティタが駆け寄ってきた。


「おや、レクティタ殿下」


「ひつじさん、帰っちゃうの?」


「ええ。今日はこんな老いぼれの相手をしてくださり、ありがとうございました。とても楽しゅうございました。よろしかったら、つまらない物ですが、こちらを」


 そう言って老執事は乗ってきた馬車から箱入りのクッキーを渡してきた。装飾の凝った缶の表には店名が入っている。王都でも有名な店のクッキー缶に、ヴィースは少々気が滅入った。

 レクティタは嬉しそうに受け取ったあと、老執事に礼を言った。


「レクティタも楽しかった! またね、セバスチャン」


「ええ。また、会えることを楽しみにしております。レクティタ殿下もどうか、健やかにお過ごしください」


 別れを告げて、セバスチャンは砦を去って行った。ようやく肩の荷が降り、ヴィースが背を伸ばすと、レクティタが彼の服の裾を引っ張った。


「ヴィース、これなんて読むの?」


 レクティタは缶に記載されていた店名を指差した。簡単な綴りであったが、彼女には読めなかったようだ。エヴァルスですよ、と伝えれば、じゃあこっちはと、今度は小さく書かれている商品名を指差された。


「え、それはクッキーですが……」


「へー、これクッキーって読むんだ。レクティタ、はじめて知った」


「………」


 ヴィースが黙り込む。当然だが、レクティタはまともな教育を施されていないのだ。

 ここ数日ゴタゴタしていたせいで忘れかけていたが、彼女の立場はかなり複雑で、危うい。そして、先ほどのセバスチャンのように、腹の中では何を考えているのかわからない人間がレクティタに寄ってくる可能性は大いにある。そのとき、今の簡単な単語すら読めない彼女のままなら、どうなってしまうのだろうか……。


「レクティタ隊長」


「どうしたの、ヴィース」


 早速缶を開けようと四苦八苦していたレクティタと同じ目線になるよう膝をつき、ヴィースは言った。


「隊長。副隊長として、また一つ仕事を頼みたいのですが」


「お仕事? 今度はどんなやつ」


 レクティタはクッキー缶の蓋を外す作業を止め、ヴィースに顔を向けた。


「部隊とはある目標を持って活動するという話は覚えていますか?」


「うん。それで、みんなと仲良しになったんだよね」


「ええ。レクティタ隊長は素晴らしくも、お仕事を無事完遂しました」


「ふふん、レクティタ、えらい?」


「もちろん、とっても偉いです。なのでもう一つ、隊長としてこなして欲しい仕事がありまして」


「なになに? レクティタ、がんばるよ!」


 意気込むレクティタに、ヴィースは思わず笑みがこぼれた。


「ありがとうございます。レクティタ隊長がもっと素晴らしくなるために、知見を深めてほしいのです」


「ちけん? 結局それは、なにをすればいいの?」


 前回と同様首を傾げるレクティタに、「ずばり」とヴィースは言った。



「お勉強です」


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