追うもの追われるもの
「旦那様はシンディに永遠に孤独でいろと言うのですね?親は子より先に老いていくのが自然の道理ですもの。夫も子も許されず、兄弟や姉妹すらないというのに旦那様は酷なことをシンディに押し付けて。まぁ、どうしましょう。私、シンディを連れて実家に帰らせてもらった方がよろしいのかしら?」
結局、マルベロ家当主は奥方の厳しい物言いにピシャリとやられ、血涙を流す勢いで婚約者候補としての話しを受け入れることとなった。
ただし浮気のうの字でもあれば即解消。娘が不幸になる恐れがあれば即解消と様々な制約を盛り込んだ。
そのために一部では王家に対してなんと無礼なことかだのと反感も湧いたがマルベロ家としては国の精鋭たちを回収し亡命しても構わないのだぞと不遜にも言ってのけたマルベロ家当主に蜘蛛の子を散らすように影を潜めた。
この行き過ぎた私利私欲の為の権力の行使を国王が咎めるべきとの意見も勿論上がったが、国王のみならず王妃、王子も婚約者候補の話し合いがようやくまとまったのだから穏便に済ませたいと貴族たちを黙らせ横暴だと宣うものにも冷ややかに対応する。
「これが横暴というのであればそなたの領地で過去に行われた不当な増税の件はいかにする?」
「そなたもだ。子息が領民に対して家の名を振りかざし婦女暴行や特定のものに嫌がらせなどを行っている件は?証拠も既にまとまっている。言い逃れはできぬ。心して裁きの時を待つがよい」
「貴様は6つの娘に色仕掛けを教えようなどと。娘が憐れで仕方がなかったわ、恥を知れ」
青ざめるもの、白くなるもの、赤くなるもの。しばらく貴族たちの中ではもしや己の後ろ暗いものも知られているのではと戦々恐々とした空気が漂っていた。
そして父親が泣きながら帰宅し驚くシンディ嬢には王子との婚約がめでたく整ったと母親が告げ、シンディ嬢は目を見開きぽかんと口を開け放して放心していた。
令嬢らしく淑やかに、大人しく、麗しく。そう、母のように貴族令嬢の鑑となるべき場で王子を引き倒し、大声を張り上げ、挙げ句、王子にのしかかったのだから当然選ばれるはずがないと思っていたのだ。
そうしなければ暗殺者や襲撃してくるかもしれない敵兵から王子は守れない未熟さを思ってのことだったが、一体どうしてこのような……。
オロオロと普段は父に鍛えられ、暴漢や人さらいなどから対処できるよう冷静沈着を教えられてきた彼女が年頃の娘らしく狼狽え、手揉みするように手を握ったり開けたりと忙しなく、泣いて頼れない父親の代わりに嫣然と微笑む母親に助けを求めるよう視線を向ける。
「お、おおお母様、わたくし、そんな大役、勤められる自信が」
「大丈夫、大丈夫ですよ。シンディ。王妃様も国王様も皆があなたを歓迎してくれていますからね。王妃教育も今からでも身に着けられますよ。歴代の王妃様の中には15で国王様に見初められて、半年という短い期間で教育を詰め込んで成し得た方もいらっしゃるし。それに比べれば十年ほど時間があるもの。ゆっくり、しっかりと学んでいけるわ」
勉学に対して苦手意識はないも、経験したことのない王妃教育である。
今まで受けてきた令嬢教育の比ではないだろうと自然と背が伸び姿勢を正していた。
「それに婚約者に決まったと言っても、現段階では候補がつく形を取って頂いているの。あちらから是非にとされる婚約でも、あなた自身がこれから王子様と過ごして性格や本質を見定め、嫁ぐに値する方か吟味しお断りするべきと思ったなら旦那様や私が国王陛下や王妃様にそれをお伝えし解消することもできないわけではないから、そのくらいの気持ちでいなさい」
「ですが王家の方ですよ?本当にそんな失礼なこと」
「我が家はそれほどの貢献を日々王家と国にしているの。そんなに心配しなくともこれくらい些事だと旦那様も言うわ。それに旦那様が婚約に際しての決まり事として条件を国王陛下に提示し、国王陛下もご納得の上の婚約です。臣下としての目線も大事だけれど、今回は男性や夫として己の側に置いて自身が不幸にならないか。そういった目線での好悪も確認すべきね」
人生とは長きものだから、そう母親は意味深に付け足しシンディ嬢もなんとか飲み込み不安もありながら婚約者候補との言葉を受け止め、翌日から贈られることとなった手紙や花などの小さなやりとりに戸惑いつつも対応していく。
そうしてしばらく経って。
ふと、仲の良い侍女の一人が贈られてくる花たちを見て何気なくこぼした。
「お嬢様は深く愛されていらっしゃいますね。どの花の花言葉も情熱的にございますもの」
そう聞いてはこれまで美しいや可憐だとしか感じていなかった花々にどんな意味があるのか気になってしまう。
小首を傾げてそうなのかと尋ねた。
侍女は頷くもしばし考え込むような素振りを見せたのがシンディ嬢も気にかかったが、不安そうなその顔を見て慌てて侍女は取り繕った。
「紫のヒヤシンスには初恋のひたむきさ、リナリアにはこの恋に気付いて、勿忘草には私を忘れないでなど……。他にも贈られたものは様々ですが、産地も遠い国のものもございますし、きっとお嬢様にと選りすぐって悩みに悩んで贈られているのでしょう」
本当にそうなのだろうか、と疑問を少し抱きつつも侍女が言う通りなら悪い気もしないでもない。
はにかみ、今日贈られた花を見つめてはフフと思わず笑い声を漏らして部屋の中で一番目に留まる場所へとその鉢を置いた。
シンディ嬢のその嬉しそうな様子を尻目に侍女は少しだけ恐怖をその瞳に宿す。
そこに置かれた花の名はアイビー。花言葉は“死んでも離れない”と。
お花の名前を異世界設定故に変えようかと思いましたが、ややこしくなりそうなのでこのままでいかせてもらうことにしました。
なんとなく異世界にあるそれっぽい花ということで。