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三章 集束する各自の調査結果と収束しない議論の結論について

1、

 すでに十二時近かった。買ってきた酒も無駄になってしまった。飲んでいたらまだ起きているだろうが、そんな気分ではなくみんな寝てしまったようだ。しかし、奈美香は密室の謎が気になり、目が冴えていた。色々な可能性がある。けれども、どれも弱い。

 猪狩なら何か思いついているだろうかと思った。彼は昔から観察力や閃きが良かった。誰も気がつかないところに気がついたり、疑問を感じたりしていた。その度に「なんで、そんなこと気にするの?」とか「別にどうでもいいじゃん」などと言われていたから自然と喋らない事を覚えたのかもしれない。

 彼のところに行こうか考えたが、もう寝ているだろうし、あまり興味がなさそうだったので無駄だろう。どちらにせよ今日はもう遅い。明日にしようと思ったとき、ふと真崎の事を思いついた。

「真崎さんなら、何か思いついているかも……」

 まだ起きているだろうか、少し話を聞いてみたいと思った。そう決心して、奈美香は部屋を出た。

 真崎の部屋は二〇二号室だ。寝ていて起こさないように軽くノックするが反応がない。

「寝ちゃったかな?」諦めて部屋に戻ろうとする。

「あれ、どうしたの?」真崎が階段を上ってきた。手には缶のコーラを持っている。それを買いに行っていたようだ。

「あの、少しお話がしたくて。事件の事なんですけど……」奈美香は上目遣いで話す。

「うーん、前も言ったけど探偵ってそういうことはしないからなあ……」まいったな、というように頭を掻いている。

「でも、何かは考えていますよね?」

「いや、まあ。うーん、いいよ、わかった。けど、明日にしよう。あんな事があって僕も眠いんだよ」 そう言って真崎は欠伸をする。

「わかりました。こんな遅くにすいませんでした」奈美香は頭を下げる。

「いいよ、じゃあ、おやすみ」

「おやすみなさい」


2、

 結局、奈美香はなかなか寝付けなかった。そのせいで寝坊してしまった。怜奈に起こされて食堂に行ったときにはもうほとんどの人が来ていた。

 猪狩、藤井、怜奈と中井もいる。彼女は従業員と思われる若い男と話している。彼が貴裕だろうと奈美香は判断した。真崎と尾崎は向かい合わせで話をしている。事件の事だろう。そのほかには中年の夫婦だけである。

「おはよう」奈美香は怜奈の隣に座る。挨拶を交わすが口数が少ない。誰もが本調子ではないようだ。

「そういえば、今日、真崎さんと事件の話をするんだけど」奈美香は思い出した事を言った。

「お、いいな、それ」藤井が食いついてきた。

「面白そうね」怜奈も興味を持ったようだ。

「帰るんじゃなかったのか?」猪狩は興味がなさそうである。

「いいじゃない、別に一日中話をするわけじゃないわよ。今日中には帰るわよ」

「ならいい」


 食事中に大竹と年配の刑事、竹口というらしい、その二人がやってきた。

「皆さんおはようございます。今日帰る方もいらっしゃると思います。それは構わないのですが、お聞きしたい事がある場合には連絡いたしますので。また、何かお気づきの点があれば遠慮なくおっしゃってください。以上です。失礼します。」

そう言って二人は去っていった。


 奈美香は真崎に話しかける。

「あの、昨日のことなんですけど」

「ああ、いいよ。朝食が終わったら僕の部屋に来てくれるかい? 彼らも来るんだろう?」

「はい、お願いします!」奈美香は笑顔を見せる。


「失礼しまーす」奈美香は真崎の部屋をノックする。

しばらくして真崎が扉を開ける。「やあ、どうぞ」

 四人は真崎の部屋に入る。すでに荷物が整理され綺麗に片付いていた。

「真崎さんも今日帰るんですか?」怜奈が聞いた。

「ああ、仕事があるからね。」真崎は椅子にに腰掛ける。四人はベッドの端に腰掛ける。「で、何から聞きたいんだい?」

「真崎さんはこの事件どうお考えですか?」

「どう、ね……」真崎は考える仕草をする。「たぶん内部犯だろうね。外の誰かがあの状況を作ったとは考えにくい」四人は頷く。「あと分かっているのは、誰にもアリバイがないって事かな」

「そうですか?」奈美香は首をかしげる。

「被害者が発見されたのは九時過ぎ、僕が最後に見たのは食事のときだから七時半くらい。彼女、お風呂に来た?」

「いえ、来てないです。」怜奈が答える。「私たち、八時過ぎにお風呂に入りました。」

「お風呂に来たかが確かな証拠にはならないけど、まあ、大体七時半から、三十分から一時間の間に彼女は殺されたと考えていいよね。警察が死亡推定時刻を教えてくれれば早いんだけど。その間、何してた?」

「えっと、夕食が終わってからは怜奈と一緒にいたよね?」奈美香は怜奈に確認した。「うん」怜奈はうなずく。

「俺は部屋にいたかなあ?八時半くらいに風呂に入ったけど」藤井が首を傾げながら言う。

「俺も」猪狩は頷かずに答えた。

「みんな、同じようなものだと思うよ。僕も自分の部屋にいたから」

「それじゃあ、誰にでもできるって事ですか?」奈美香は腕を組んで考える。

「そう。だからアリバイからのアプローチは無意味ってこと。煙草吸っていい?」真崎は煙草を取り出す。

「じゃあ、密室のトリックから、それができた人物を割り出すしかないですね」

「そういうこと。賢いね、矢式さん。」真崎は煙草に火をつける。

「そもそもどうやって部屋に入ったか」と猪狩。

「少なくとも窓ではないわね。さすがに被害者も悲鳴を上げるなりしたと思う。だから、外部犯説は消えるんだけど。内部の人間なら何らかの理由をつければ知り合いじゃなくても警戒されずに部屋に入れたんじゃない?」

「親しい人物なら簡単だけど、そういう人が客に中にいた様には見えなかったし、その辺のつながりは警察が調べるだろうね。話を密室に戻そう」

「どんな方法があると思いますか?」

「色々あるよ。一番簡単なのはカウンターのマスターキーを使った。良く考えたらこの鍵があるんだから密室じゃないね」真崎が笑いながら言う。「あの時間ならオーナーは夕食の後片付けをしていたよね」

「それは、無理ですよ」怜奈が反論した。「伯父さんに聞いたんですけど、あ、オーナーの事です。マスターキーは持ち出されないように鍵をかけて保管しているんです。番号式でオーナーしか知らないそうです」

「君、オーナーの姪っ子なんだ? へえ……じゃあ、この方法はオーナーしかできないね」

「でも、伯父さんにはアリバイがあるんですよ」

「いつの間に調べたんだよ?」藤井は目を丸くしている。

「気になったから昨日のうちに調べたの。えっへん」怜奈は笑顔を見せる。「で、アリバイなんですけど伯父さんはその間ずっと夕食の後片付けをしていました。アルバイトの高石君が証言しています。彼もずっと片付けをしていたそうです」

「用意がいいね新川さん。他の人のアリバイとかはわかる?」

「いえ、伯父さんの事しかわかりませんでした。」

「夏美は食堂にいたって言っていたわ。高石君とお話して、それからお風呂に入ったって言ってるから、オーナーと高石君のアリバイは間違いないと思う」奈美香が説明する。

「じゃあ、オーナーとバイトの子には犯行は無理だね。アリバイトリックをつかえば可能かもしれないけど今はおいておこう。夏美って子のアリバイはちょっと薄いな。食堂から風呂までの間が曖昧だ。そうそう、尾崎さんは部屋で仕事をしていたって言っていた。みんな大したアリバイは持っていないね。君たちはどう思う?」

「さっぱりッス」藤井は両手を挙げてお手上げのポーズをする。

「うーん……」怜奈は考え込んでいるようだが答えは出せないでいるようだ。

「マスターキーが使えないとなると鍵なしで外から鍵をかけたことになります。もしくは鍵はかかっていなかった」

「ああ、それおもしろいね。ということは、鍵がかかっていることを確認した尾崎さんと鍵を開けたオーナーは共犯だね」

「オーナーは確実に鍵を回していた」猪狩が否定する。奈美香は舌打ちをする。

「うーん、駄目か……」

「やっぱり鍵はかかっていただろうね。じゃあどうやってかけたかだね」と真崎。

「色々方法がありますね。良くあるのは糸とかワイヤーを使う方法ですけど」もちろん小説の中の話である。実際に「良くある」かは知らない。

「そんな隙間あったか?」藤井が尋ねる。

「窓なら? レバーに糸を巻きつけて上の換気扇から外に出して、引っ張ればレバーが上がって鍵が閉まると思うんだけど」

「糸じゃ換気扇のところが摩擦で切れる。ワイヤーだと傷が付くと思う。釣り糸なんかだと無難かもしれないけど、そもそもうまくいくかどうか」またも、猪狩が否定する。奈美香は彼を睨む。

「あんた否定ばっかりしてないで何か自分で意見出しなさいよ!」

「いや、特にない」猪狩は素っ気なく答える。奈美香は舌打ちしてもう一度睨む。

「まあ、まあ」真崎がなだめる。「それなら、機械を使った方が良い気がするな。僕はよく知らないけど結構小さなサイズになると思うよ」

「でも、それなら回収しなきゃいけないですよね?」

「うん、問題はそこだよね。誰にも気づかれずに回収しなきゃいけない。あそこにいたのは僕ら以外では尾崎さんとオーナーだね。けど、オーナーにはアリバイがある。かといって尾崎さんもそんなそぶりはなかったと思うよ」

「あの時、まだ犯人がいたとか?」藤井が思いついたように言う。

「それは昨日も出たわよ。康平がずっと見ていたから、それはないわよ」奈美香はきっぱりと否定する。藤井はがっかりしたようだ。それなりに自信があったらしい。

「うーん、そろそろネタ切れかな?」真崎が腕を組んで考え込む。

「今のところそれらしいのはワイヤーで窓の鍵をかけたか、機械で扉の鍵をかけたか。前者なら犯人は一階の部屋の人ですよね。入り口から入ったら鈴の音でわかるから。自分の部屋に窓から入るしかないわ。後者なら尾崎さん……」

「か、ここにいる五人」真崎はイタズラっぽく笑う。藤井と怜奈は驚いたが、奈美香は微笑み返す。猪狩は相変わらず無反応だ。

「一階の部屋は誰がいたかな?」

「えっと夏美ちゃんと……」奈美香は考えたが思い浮かばなかった。

「武井さん夫婦」怜奈が代わりに答える。これも調べておいたのだろう。何度か見かけた中年夫婦の事だろう。

「ま、どっちにしてもちょっと弱いね。でも、そろそろお開きかな」

「そうですね。ありがとうございました。」奈美香は頭を下げる。

 四人は立ち上がり部屋から出て行こうとした。

「君の意見を聞いてないね。猪狩君」

「……わからないです。」猪狩は答えた。「わかっているのは、重要な何かを忘れていることだけです」そのまま猪狩は出て行った。



3、

「結局分からなかったわね」帰りの電車の中奈美香は言った。真崎もS市らしいが車で来ていた。なので猪狩、藤井、奈美香、怜奈の四人となった。猪狩はずっと窓から海を眺めている。

「ま、俺ら素人だし。警察に任せるしかなかったんだよ」と藤井。

「けど、悔しいわね」怜奈はそう言ったがすぐに「ごめん不謹慎だね、これ」と言った。人が死んでいるのを思い出したのだろう。

「けど、まだ詰めれそうじゃない?」奈美香が言い出した。「とりあえず、尾崎さんは犯人じゃないと思うの」

「二階にいたからか?」

「厳密に言うとちょっと違うけど。あの時間みんな自分の部屋にいた。だから、犯人は堂々とドアから入った。どういう口実を使ったかはわからないけど。とりあえず疑いを持たれずに部屋に入った。そういう点では尾崎さんにもできる。けど彼の場合、密室にする方法が思い浮かばないのよ。真崎さんが言ったように機械を使ったとしても回収しなきゃいけないし。やっぱり一階にいた人の方がリスクは低いと思うの」

「じゃあ、夏美ちゃんか武井さんたち? そういえばあの夫婦のこと全然わからないよね」

「そう。彼らが一番あやしい。けど一番あやしまれるのに殺したりするかしら?」

「オーナーと高石だけアリバイがある」突然、猪狩が口を開いた。三人は飛び上がりそうになる。

「うわっ! びっくりしたお前聞いてたのかよ」藤井が胸に手を当てているよほど驚いたようだ。

「何? じゃあ、康平はあの二人が共犯って言いたいの?」

「そうは言ってない。それに共犯じゃなくても方法があるかもしれない」

「アリバイトリック? 何かあるかしら?」

「さあ? それは知らない」そういうと猪狩はまた窓のほうに視線を戻す。


 結局、議論はまとまらなかった。S駅に着くとまず怜奈と別れる。彼女だけ方向が違う。地下鉄に乗り二つ目の駅で藤井が降りた。その次の駅で二人は降りる。歩いて二十分ほどで二人の住む住宅街である。

 二人はしゃべらなかった。猪狩はいつも通り黙っていた。ずっと考え込んでいる。


 何か忘れている。

 いや、間違えているのか。

 どっちでも同じか。いや……たぶん忘れている。

 なぜ、密室なのか。密室は単に不可能を示しているだけ。誰にもできない、だから自分にもできない。アリバイを確保できないから、そうせざるを得なかっただけだ。

 では、どうやって密室にしたのか。何かを見落としている?

 うつ伏せの死体、刺さったナイフ。血。テーブルの上、鍵。

 被害者を最後に見たのは、夕食のとき?

 時計? 隠してあったと言っていた。そういえば、いつの間にか音が止んでいた。タイマーで止めたのか。


 ああ、


 そうか。


 猪狩は笑った。嘲笑した。

「うわっ! びっくりした……どうしたの、急に?」奈美香が睨んでいる。

「いや、別に」猪狩はまだ笑っていた。


 先に奈美香の家に着く。

「じゃあ、また」奈美香が手を挙げる。

「ああ」

「あんた、なんか思いついたの?」

「いや、別に」

「ああ、そう。じゃ」首を傾げながら奈美香は家の中へ入っていった。

五分ほどで猪狩の家に着く。

「ただいま」

「お帰り」母の涼子が迎える。「どうだった?」

「散々だった」

「つまらなかったの?」

「いや」

 涼子は首を傾げる。

「ねえ、タウンページある?」

 涼子はさらに首を傾げた。


4、

 海から帰って来た翌日の月曜日、奈美香は猪狩の家に向かっていた。彼が何か思いついたように思えてならなかったからだ。

 奈美香にはまだわからない。いくつも可能性を挙げては消去。それの繰り返しである。答えにはたどり着きそうにもない。

 条件が足りないのか、もしくは間違っているのか。

 そういえば動機は?密室の謎に気を取られて忘れていた。しかし、自分にはわからないだろう。もしかしたら、警察が動機から犯人を割り出すかもしれない。 

 しかし、まだ先のはずだ。それに、何か動かぬ証拠を見つけるかもしれない。犯人の毛髪が見つかるかもしれない。被害者の爪に犯人の皮膚が付着しているかもしれない。そうなれば密室のトリックなど意味を成さないだろう。そう考えると自分達は情報が圧倒的に少ないし、やっている事も無意味に思えてきた。

 いや、無意味は百も承知だった。観測された不合理が気に入らないだけの事だった。

 そう考えているうちに猪狩の家に着いた。インターフォンを鳴らす。

「はい」女の声だ。おそらく母の涼子だろう。

「あ、おはようございます。矢式です」

「あら、ちょっとと待ってね」

 しばらくの間、そして扉が開く。

「おはよう。奈美香ちゃん」涼子が微笑む。

「おはようございます、おばさん。」奈美香は頭を下げる。「康平君いますか?」

「それがねえ、朝からどこか出かけていったのよ」

「どこに行ったかわかりますか?」

「わからないのよ。でも昨日帰ってくるなりタウンページ見てたわね」

「そうですか。ありがとうございます。」

 タウンページ、何を調べていたのか。真崎の事務所だろうかと奈美香は考える。やっぱり何かわかったのか。奈美香は行ってみる事にした。


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