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苦いコーヒーと冷めたほうれん草のソテー

作者: リジェア


 「くそっ、後10分早く出ていれば」

 

 受験生の篠崎悠也は夏休みの初日、本屋からの帰宅中、急な大雨にに見舞われていた。

 悠也の家は図書館から20分程の所にあり帰るにせよ図書館に戻るにせよ、ずぶ濡れになるのは明らかだった。

 

 とりあえず雨宿りしないと。


 悠也は周囲を見渡し雨宿りが出来そうな場所がないか探す。

 『月島珈琲店』

 少し文字の掠れた年季の入った看板が目に留まる。


 喫茶店か……。コーヒーは苦手だけどこの際仕方ない。勉強でもして雨が止むまで時間を潰すか。


 カランコロン、ドアベルの音が店内に響く。


 「いらっしゃいませ。──あれ、篠崎君?」

 「つ、月島先輩?」

 

 店に入ると悠也が密かに好意を抱いていた先輩、月島光がいた。

 

 「久しぶりね。私が高校を卒業して以来だから4ヶ月振りくらい?」


 光とは悠也が2年の時、同じ図書委員だった。帰宅部だからと、放課後に長時間拘束される図書委員をクラスメイトに押し付けられたのだが、本は好きだった為、悠也にそこまで不満は無かった。

 委員会の初顔合わせのとき、学校でも美少女として評判だった光と同じ委員になれたのでクラスメイト達には感謝したくらいだ。

 最初は緊張して何を話していいのかわからなかったが、一緒の当番になった時、悠也が好きな作品を光が偶々読んでいた。恐る恐る声をかけてみると思いの外盛り上がり、以降は当番が一緒になった時には好きな本について話すようになっていた。


 「お久しぶりです!そのくらいですね。先輩はここでアルバイトをしてるんですか?」

 「ええ、ここ祖父のお店なの」


 なるほど、そういえば月島珈琲店という店名だった。祖父のお店なら雰囲気もわかるし働きやすかったのだろう


 「とりあえず席に案内するね。こちらへどうぞ」


 案内されるまま、光の後に続く。学生時代、腰まで伸びていた菫を思わせる紫がかった光の黒髪は、黄色のシュシュで一つに纏められていた。


 相変わらず綺麗な髪だなぁ。


 席に着き店の中を見渡すと壁やテーブル、ところどころに付いた傷がこの店が紡いできた歴史を感じさせる。


 「なんだか懐かしい感じのいいお店ですね」

 「でしょう?私、このお店の雰囲気が昔から大好きなの。今、お水を持ってくるね」

 

 祖父のお店を褒められ、声を弾ませて答えた光はカウンターの中へ向かっていく。


 店内には他に客はおらず、静かな店内からは、光の祖父だろう白髪をオールバックにした店主がゴリゴリと豆を挽く音が響いていた。


 雰囲気もいいしこれなら勉強の集中できそうだ。


 「お待たせ、外すごい雨だね。タオル持ってきたからよかったら使って」


 光がトレーに水と綺麗に畳まれたタオルを載せて戻ってきた。


 「わざわざありがとうございます。急な雨だったんで助かります」

 

 悠也は光からタオルを受け取り濡れた髪を拭う。


 「何にするか決まったら教えてね」

 「はい」


 悠也の前にメニューを広げ、光は再びカウンターへ戻っていく。


 どれにしようかな。


 メニューへ視線を落とす悠也。


 ・ブレンドコーヒー 550円

 ・本日のコーヒー  600円

      ・

      ・

      ・

 ・紅茶       500円


 悠也はコーヒーが苦手だ。幼い頃、親が美味しそうに飲んでいるを見て憧れ、親の目を盗んで一口コーヒーを飲んだが、とても苦く悶絶してしまった。それ以来コーヒーがトラウマとなった悠也は普段喫茶店には行かない。外で勉強するときはファミレスのドリンクバーかハンバーガーショップのドリンクがお供だった。


 喫茶店って結構するのな。今いくら持ってたっけ?


 財布の中身を確認する。


 ──472円。


 ちくしょう。ついでに小説まで買うんじゃなかった。


 参考書やノートを買いに本屋へ行った悠也だったが、つい文庫コーナーへ足を向け勉強の息抜きにと、気になった文庫を一冊買ってしまったのだ。

 

 流石にここまできて何も頼まずに帰れねぇ、何か頼めそうなのはないか。


 悠也は慌ててメニューを捲る。するとあるメニューが目に留まる。


 ほうれん草のソテー 220円

 

 なんとか手持ちで足りそうなメニューを見つける。そして、ほうれん草は悠也の好物だった。


 これだ!


 悠也はテーブルの上のハンドベルを手に取った。

 チリンチリン、と鈴の音が店内に響いた後、光がこちらへ向かってくる。


 「お待たせしました。何になさいますか?」

 「えーっと、このほうれん草のソテーをお願いします」

 「コーヒはいいの?」

 

 悠也はぎくりとした。


 ここは珈琲店だ、やっぱりコーヒーを頼まないのは怪しまれるよな……。どうする?流石にお金がないとは言いづらい。しかし。それ以上き珈琲店の孫娘である先輩にコーヒーが苦手とはもっと言えない。

 

 悩んだ末、悠也は前者を選んだ。


 「すみません。お恥ずかしい話なんですけど、さっき本屋でつい買いすぎてしまって持ち合わせが少なくて……」

 「ふふっ。本好きの篠崎くんらしいね。今度来たときは絶対飲んでね。おじいちゃんのコーヒー美味しいから」

 

 そんな悠也の葛藤など知らない光は気にした様子もなくクスリと笑う。


 「はい!次こそは是非」

 「よろしくね。じゃあ、少し待ってて」


 そう言って去っていく光を見送り悠也はふぅ、とため息を吐く


 とりあえず先輩にコーヒーが苦手なのがバレなくて良かった。でも、流石に次は言い訳できないよな。


 運良く憧れの光がアルバイトをしているお店を見つけ、夏休み中は勉強と称してこの店に通おうと考えていた悠也の目論見は早くも崩れかけていた。

 それほどまでに悠也はコーヒーが苦手だった。


 とりあえず悩むのは後にして勉強するか。


 悠也はテーブルに参考書とノートを広げ、問題に取り組む。


 「お待たせ」


 しばらくすると、光がほうれん草のソテーを持ってくる。


 「ありがとうございます」


 光にお礼を伝え、勉強を再開する。


 「……」


 ソテーを届ける終わったのに光は悠也のテーブルを離れない。視線を感じる。

 

 不思議に思い顔を上げると同時に光は悠也のノートを指を差し


 「ここ、途中の計算間違えてる」

 「えっ?」

 「ほら、ここ。小数点の位置が1つずれてる」

 

 光に指摘され、彼女の白く細い指先へ視線を向ける。

 

 「あ、本当だ。ありがとうござい、ますっ!?」

 

 解答を修正し、光の方へ顔を向けると彼女は悠也のノートを覗き込んでいた。

 長い睫毛に冬の夜空の様な澄んだ瞳にすらりと整った鼻筋、そしてほんのり桜色した小さな唇。

 光の端麗な横顔が視界いっぱいに広がり、心臓が跳ねる。

 悠也が光に見惚れていると、光がこちらを振り向き、その澄んだ瞳と目が合う。


 「うん、今度は合ってる。相変わらず数学は苦手みたいね」

 「は、はいっ!文系とか暗記系の科目ならなんとかなるんですけど、数学だけはどうしても苦手で」

 「そう」


 そう言うと光は顔を上げ、1度カウンターを振り返ったあと再びこちらに顔を向け、何かを思案する様に悠也のノートを見つめる。

 数瞬後何か良い考えが浮かんだのだろうか、こちらに視線を向け静かに口を開く。

 

 「よかったら、私が勉強を教えてあげようか?」


 思いがけない提案に悠也は直ぐ様飛びつく。


 「良いんですか!?願ってもない提案ですけど」

 「ええ、ただ一つお願いがあって……」

 「何ですか?先輩のお願いならなんでも聞きますよ!」


 悠也が上機嫌でそういうと、光は少し緊張した面持ちで続ける。


 「ありがとう!それでお願いなんだけど、私が淹れたコーヒーを飲んで欲しいの」

 「えっ?コーヒー、ですか?」

 

 コーヒー飲んで欲しいという光に動揺する悠也。

 しかしそんな悠也には気づかず光は続ける。


 「私、このお店が大好きで将来おじいちゃんからこのお店を継ぎたいと思ってるの。それで、ここでアルバイトしながら色々勉強してるんだけど、まだお客さん相手にコーヒーを淹れさせて貰えなくて。篠崎くんには私がコーヒーを淹れる練習に付き合って欲しいの。もちろん、お代はいらないわ」


 提案は嬉しい。だが、コーヒーだ。


 他の頼みに変えてもらおうと必死に考えを巡らせる。


 「でも先輩、バイト中ですよね。流石に長時間勉強を教えてもらうわけには……」


 悠也はやんわりと辞退しようとする。


 「大丈夫よ。今はお客さんは篠崎君しかいないし、それでも気にするっていうならコーヒー一杯につき1問教えるっていうのはどう?それならそんなに時間もかからないから」


 しかし回り込まれてしまった。

 コーヒーが苦手なことを素直に打ち明けるか。


 一瞬光から視線を外し、正直に言おうか考える。再び視線を戻すと、光は満点の星空の様に瞳を輝かせ、期待に満ちた目を悠也に向けていた。


 こんな目で見られて断られる男はいないよな……。

  

 悠也は彼女の期待満ちた目に内心苦笑すると覚悟を決める。


 「わかりました。コーヒーの味がわかるかは分かりませんが俺でよければ協力します」


 「ありがとう!」

 

 ぱあっ、と花が咲く様な笑みを向けられ、この笑顔が見れただけでもコーヒーを飲むだけの価値はあるなと思う悠也だった。


 「じゃあ、早速淹れてくるね」


 言い終わると光はポニーテールを弾ませながらカウンターへ向かって行く。


 まあ、なる様にしかならないか。


 悠也はふう、と息を吐くと光が豆を挽く心地よい音を聴きながら勉強を再開する。

 

 「お待たせ」


 数分後、光がトレーにコーヒーを乗せて運んでくる。

 

 「どうぞ」

 「ありがとうございます」


 テーブルに置かれたコーヒーからは湯気が立ち昇り、香ばしい香りが悠也の鼻腔に広がる。


 匂いは嫌いじゃないんだよなぁ。


 「さあ、飲んでみて」


 光に促されカップを手に取る。しかしそこから手が進まない。


 「どうしたの?」


 手が止まった悠也を不思議に思ったのか光が声をかけてくる。


 「か、香りを楽しんでたんですよ」


 ぎこちない笑みを浮かべながら悠也は咄嗟に思いついた言い訳を吐く?


 ずっとこのままっていうわけにはいかないよな。ええい、ままよ!


 覚悟を決めコーヒーを呷る。


 コーヒーの苦味が口いっぱいに広がる。


 「……っ!にがっ」


 悠也は我慢しきれず眉間に皺を寄せ、苦悶の声を漏らす。


 「ごめんなさい。苦かった?……豆を細かく挽きすぎたかな?それともお湯の温度高すぎた?」

 

 謝罪を述べた後、光は顎に手を当て苦味の原因を考察し、思考をまとめる様に小声で呟く。


 「一口もらうね」


 そう言うと光は悠也が飲んでいたカップを手に取り口をつける。


 ちょっ、それ!間接キス!?


 予想外の事態に平静を失う悠也に対して、光は特に気にした様子もない。


 「確かにこれはちょっと苦いね。次はもう少し苦味を抑えてみる」


 光はそう告げると再びカウンターに戻ってゆく。


 え!?まだ続くの?


 水を飲み、口の中の苦味を洗い流していた悠也だったが、光の言葉に先程の苦味が再び口の中に蘇った様な感覚になる。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 あー、口の中がまだ苦い。


 結局、その後悠也はコーヒーを3杯飲むこととなった。光はカウンターへ戻り食器を洗っている。

 すっかり雨も止みそろそろ帰ろうと片付けを始めると、視界の端に皿が入る。


 そう言えばまだ食べてなかったな。


 コーヒーの事でほうれん草のソテーを食べるのを忘れていた悠也は、片付けを終えるとすっかり冷めてしまったソテーに箸を伸ばす。


 うん!冷めててもうまい。噛めば噛むほどほうれん草の甘みが広がるなぁ。


 苦味を完全に上書きしてくれたほうれん草のソテーに感激し、悠也はあっという間に完食する。

 水を飲み一息つくと荷物を持って席を立ちレジへ向かう。


 「先輩。今日はありがとうございました」


 支払いをしつつ光へ声をかける。


 「こちらこそありがとう。次こそは美味しいって言ってもらえる様に頑張るね」

 「次……、ですか?」

 

 思わず引き攣った笑みを浮かべる。


 「また練習に付き合ってくれると嬉しいんだけど……」


 上目遣いでこちらをみてくる光に悠也はドキリとする。


 この破壊力は反則だろ!


 「……。わかりました、次は来週で良いですか?」


 一瞬躊躇うも、光の視線に耐えきれず口を開く。


 「ありがとう!私も一人で練習したいしそのくらいの間隔がちょうどいいかも」


 悠也の返答に満足し、光は嬉しそう声を弾ませる。


 「わかりました。先輩、ではまた来週」

 「ええ。悠也君、また来週」


 カランコロン、ドアを開け店をでる。


 コーヒーの件はともかく先輩と来週も逢えるのはラッキーだな。


 そう心の中で呟くと悠也は帰路につく。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ──カランコロン。

 悠也が帰った後、光は食器の片付けを再開する。


 「あっ」


 食器を片付ける手が止まる光。その手にはコーヒーカップが握られていた。


 そう言えばあれって間接キス、だよね?


 コーヒーの事に夢中で気づかなかったが、ふと先程までのことを思い出す。光の顔が熱を帯びる。


 「どうした光。手が止まっておるぞ。……ん?顔が赤いぞ、まさか風邪か?」


 祖父の言葉にはっ、と意識を取り戻す。


 「な、なんでもないよ、おじいちゃん。大丈夫」


 慌てて食器洗いを再開する。


 「そうか?辛いようなら今日は早く上がっても良いからな」

 「うん。ありがとう。でも本当に大丈夫だから」

 「ならいいが……」


 祖父との会話を終えると光は再び物思いに耽る。


 悠也君、絶対気づいてた、よね?

 

 結局、この日は悠也の顔が頭から離れない光だった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 夏の終わり、月島珈琲店では光の練習が続いていた。


 「どうぞ、今日のは自分でも良くできたと思う」

 「そうなんですね!では、いただきます」


 カップを持ち上げる。

 夏休み中、悠也は毎週の様にコーヒーを飲んでいた為、以前ほどの苦手意識は無くなっていた。


 コーヒーにもかなり慣れてきたな。


 カップに口を付け、一口飲む。


 「……!」


 香ばしい香りとすっきりとした苦味。それにわずかに酸味が効いていて今までで1番飲みやすいかも!


 「どうかな?」


 光が不安げにこちらを覗き込む。

 

 「えーっと……」


 カップをテーブルに置き考え込む悠也。


 確かに今日のコーヒーは今まででも群を抜いて飲みやすかった。でも、美味しいって言ってしまったらここでのこの時間が終わってしまう様な気がする……。


 悩んだ末、悠也は口を開く。


 「先輩、今日のコーヒーは今までで1番飲みやすかったです」

 「そっか!よかった。私も少しは成長してるみたいね」


 悠也の答えに安堵の表情を浮かべる光。


 「凄く上達してると思いますよ。今日のはかなり飲みやすかったですし」

 「ありがとう!次もよろしくね。今度こそ美味しいって言わせてみせるから」

 

 悠也の言葉に気を良くする光。次に向けてのやる気を漲らせると、カウンターへ戻っていく。


 悠也は美味しいと伝えられなかった事に罪悪感を覚えながらも、この練習会が続く事を喜んでいた。


 さて、そろそろ帰るか。


 悠也は片付けを終えると、今日もお店に居座る為に頼んで、すっかり冷めてしまったほうれん草のソテーを口に運ぶ。


 うん、今日もうまい。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 季節は過ぎ2月中旬。今日も月島珈琲店ではいつもの光景が繰り広げられていた。

 

 「今日のコーヒーは上手くできたと思う!今日こそは絶対おいしいと言わせてみせる」

 

 気合充分にコーヒーを出す光。


 結局、今日までおいしいって言えなかったな。


 光のコーヒーは十分過ぎるほど上達していた。光は悠也には言わなかったが、悠也は光がもう他の客にコーヒーを出している事を知っていた。しかし、悠也はこの時間を手放し難く、今日まで光に素直な感想を告げられなかった。

 

 でも、今日こそはちゃんと伝えよう。


 コーヒーを持ち上げ覚悟を決める悠也。今週末には入試がある。つまり、受験勉強と称してこの店に来るのはこれで最後だ。カップを傾けコーヒーを口に含む。


 うん。いつも通りおいしい。思えば苦手だったはずのコーヒーがいつの間にか好きになってたな。


 軽やかな口当たりに穏やかな酸味。ナッツの様な芳ばしい香りが鼻を通り抜け、口の中には微かな苦味が残る。


 「……うん。おいしいです、先輩」

 「……!そっか、私、やっと篠崎くんにおいしいって言ってもらえるコーヒーが淹れられたんだ」


 念願が叶って瞳を潤ませ感極まる光。

 そんな光を見て、悠也は罪悪感を感じる。


 本当の事を言わなきゃ。


 「先輩、本当は──」


 悠也は重い口を開く。


 「本当は、かなり前からおいしいって思ってました。でも、それを言ってしまったらお店でのこの時間が無くなると思うとなかなか言えなくて。ずっと言い出せなくてすみませんでした」


 独白する悠也を光は温かな眼差しで見つめる。そして、少し決まりの悪い表情で呟く。


 「私もね、本当はもうお客様相手にコーヒーを出してたの。でも、私もこの時間が無くなるのは寂しいと思ってたし、おいしいって言ってもらいたかったから黙ってた。それにね、気づいてたの。篠崎君がコーヒー苦手だった事に」

 「え?」


 今まで隠せてたと思っていた事を指摘され、呆然とする悠也。


 「だって珈琲店なのに初めて来た時コーヒーを頼もうとしないし、コーヒーを飲んだ時も、口をつける前から眉間に皺を寄せてるんだもん。最初は香りが良くなかったのかなって思ってたけど、何回か続いてたし流石に気づくよ」

 「顔に出てたんですね……。すみません」


 バツの悪そうな表現を浮かべる悠也に光は続ける。


 「でもね、夏の終わりくらいからかな。リラックスした表情で飲む様になったし、呷るように飲んでいたのも少しずつ味わう様に飲んでくれる様になってた」

 「そういえば、夏休みの最後に来た時くらいからコーヒーの苦手意識がだんだんなくなって、味わう余裕が出てきましたね」

 「でしょう。だからこそ絶対おいしいって言って欲しくて

私も頑張れたの」


 こちら見つめ、凛とした表情で語る光に悠也は羞恥を覚える


 「すいません。先輩がそこまで考えてくれていたとは知らず、失礼な事をしてしまいました」

 「いいのよ。私もお客様に出せるようになった事を言わなかった訳だしお互い様って事で」

 「わかりました。ありがとうございます」


 光の提案に悠也は深々と頭を下げる。


 「でも良かった。今日おいしいって言ってもらえて、悠也君週末試験でしょ。だから今日が最後かなって思ってたし」

 「俺もずっと言わなきゃって思ってました。最後に言えて本当に良かったです。それに……先輩のおかげでコーヒーが好きになりました!」


 お互いに胸の内を打ち明け安堵の表情を浮かべる。しばらく見つめ合う。そして、どちらからともなくはっとすると視線を外す。

 光が恥ずかしそうに口を開く。


 「じゃ、じゃあラストスパート勉強頑張ってね。今日はわからない問題があったらいくらでも聞いてくれていいから」

 「は、はい。ありがとうございます。わからない問題があったらお願いします」


 悠也もしどろもどろになりながらも答える。

 光が去っていくと、高揚した気持ちを抑える様に悠也は勉強に取り組む。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 すっかり日も傾きそろそろ帰ろうと、悠也はいつも通りすっかり冷えたほうれん草のソテーを堪能した後レジへ向かう。


 「篠崎くん。今日はありがとう。試験頑張ってね」


 光の鼓舞に悠也はやる気を漲らせる。

 

 「ありがとうございます。全力を尽くします」

 「でも、これで最後と思うと少し寂しいね」


 少し悲しげな表情で微笑む光。


 「試験終わってもまた来ますよ。俺、先輩のコーヒー好きですし」

 

 光に笑って欲しくて、そう告げる。


 「ありがとう。待ってるね」


 光はいつもの花の咲く様な笑みを浮かべる。

 そんな光を見て悠也は心の中で誓いを立てる。


 「先輩。俺、大学に合格したら真っ先に報告しますね。ずっと助けて貰っちゃいましたし」

 「うん。わかった。連絡待ってるね」

 「では、また」

 「うん。またね」


 別れを告げ帰路につく。寒空からは雪が降り始めていたが、そんな空模様とは正反対に悠也の心は晴れやかだった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 数週間後、合格発表の日。

 

「俺の番号はっと。……1528か。受かってます様に!」


 悠也が受験した大学構内の掲示板前には多くの人が集まっていた。なんとか人の波をかき分け、掲示板が見える位置にたどり着くと自分の番号を探す。


 「えーっと。1504、1511、1517……1526、『1528』。あった……。あった!」


 自分の番号を見つけ歓喜の声をあげる。悠也はすかさずスマホを取り出すと電話をかける。


 「……もしもし、篠崎くん?」


 数回のコールの後光が出る。


 「先輩!俺やりました。志望校に合格しました」

 「……!おめでとう!頑張ったね」


 約束通り真っ先に光に合格を伝える。嬉しい報告に光は祝福の言葉を述べる。


 「ありがとうございます!それと先輩、あともう一つ伝えたい事があります」

 「え?なあに?」


 一呼吸置き、勇気を振り絞って口を開く。


 「先輩!俺、ずっと光先輩のことが好きでした。付き合ってください──」


  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ──カランコロン。桜舞うある日。今日も月島珈琲店のドアベルが心地よい音を響かせる。


 「いらっしゃいませ。……あら、悠也くん」

 「こんにちは、光先輩」

 「こちらはどうぞ、注文は何にしますか?」

 「──ブレンドコーヒーで!」


 もう。ほうれん草のソテーは必要ない。


拝読してくださりありがとうございます。

評価いただけると幸いです。

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