ラーメンは飲み物です!
テレビを見ていると、今話題のラーメン店について紹介されていた。店の名前は『ラーメンおうとー』。この店のメニューは一品のみと強気で、商品名はずばり『おうとーラーメン』である。
『見てください、このラーメン! なんと、麺も具も細切れになっていて、すべてが液状なのです!』
おうとーラーメンは一般的なラーメンと違って、液状の――噛む必要のないラーメンらしい。見た目的にはあまり食欲を抱かないが、評判は上々のようで、連日長蛇の列ができているとか……。
テレビでは店主の男(社長)がインタビュアーに、
『ラーメンは飲み物です!』
と語っていた。
人は珍しいものに引き寄せられる。そして、評判になると雪だるま式に大きくなっていく。何事もそういうものだろう。ラーメンだって例外ではない。
「おうとーラーメンねえ……」
どうやらこのラーメン屋、職場の近くにあるらしい。昼休みか仕事帰りに行くこともできる。一回くらい行ってみようかしらん? 俺も案外ミーハーなのだ。
◇
昼休み。
午前は仕事が忙しかったので、昼休みの時間がいつもとずれてしまった。もうじきおやつの時間である。でも、昼時は混雑のピークだろうから、今は良いタイミングなのではないかと思う。
『ラーメンは飲み物です!』
飲んでやろうじゃないか、おうとーラーメンとやらを。
ラーメンおうとーは多少並んでいたが、すぐに入ることができた。商品はおうとーラーメンのみなので食券を買う必要はない。店内は意外と広かった。カウンター席へと案内される。
調理場の様子は見えないようになっていた。鏡面加工されていて、うつっているのは自分の間抜けな顔。
何分かして、おうとーラーメンが運ばれてきた。
「いただきます」
おうとーラーメンは液状なので、箸は必要ない。卓上にはレンゲが置いてある。俺はレンゲでラーメンを掬って飲んだ。
うん、うまい。
味はもちろんラーメンだ。わずかに酸味があって、それがアクセントとなっている。行列ができるのもわからなくはない。
あっという間に飲み干すと、俺は会社に戻った。
◇
おうとーラーメンに取り付かれた俺は、その後、毎日のように店に通った。そのうち、この店で働きたいと思うようになった。調べてみると、社員を募集しているらしい。年収は今の会社とそう変わらない。
俺は転職することに決めた。
おうとーラーメンについての情熱を語ったところ、それが相手によく伝わったのか、無事ラーメンおうとーの社員として採用された。
初日、俺はベテラン社員に連れられて、おうとーラーメンの製造工場へと行った。工場は店のすぐ近くにあった。
「契約書に書いてあったと思うけど、おうとーラーメンの製造過程その他諸々は、誰にも話しちゃいけないよ。もちろん、SNSにアップするのもNGだ」
「ええ、わかっています」
「もしも、規則を破ったら……ふふふっ」
社員さんは不気味に笑った。
クビになるだけじゃすまない――損害賠償などを請求されるのだろうか? しかし、その笑みはもっと闇の深さを感じさせる。イリーガルな感じ……。
ぞっとした。
「さあ、入ろうか」
工場の中に入ると、そこにはたくさんの人がいた。商品を陳列するように人が並んでいて、彼らは一心不乱にラーメンを食べている。
「……これは?」
「おうとーラーメンは彼らによってつくられるんだ」
「彼らによって……?」
社員さんの後に付き従って歩く。工場は四つのエリアに分かれていて、どこも人が並んで座っている。
エリア4に着くと、ピピピピ、と電子音が鳴った。
「ん、時間だな」
「……時間?」
「よーく、見ていなさい」
エリア4の人はラーメンを食べていない。ぱんぱんに膨らんだ腹を押さえて、苦しそうに呻いている。
そこへ大きな袋を手に持った係員がぞろぞろとやってきた。衛生面の観点からか、防護服のような服を着ている。
彼らはぷくぷくに膨らんだ腹を思い切り殴った。
「うおええええっ」
ぶちゃびちゃびしゃ。エリア4の人々は嘔吐した係員は。吐瀉物をこぼさないように袋に入れる。袋に入った吐瀉物は……あれは……ラーメン?
「おうとーラーメンはこうやってつくられるんだ」
「こうやってって……」
「ラーメンを食べさせて、胃の中で軽く消化させて、絶妙なタイミングで吐き出させる。このタイミングが重要なんだ。早すぎると熟成されないし、遅すぎると酸っぱくなりすぎる」
「え、じゃあ、おうとーラーメンって……その……」
「そう、嘔吐ラーメンだね」
俺は吐きそうになった。
「おいおい、こんなところで吐かないでくれよ」
「こんなのおかしいですよ。人が吐いたものを提供するだなんて……」
「おかしい? そうかな? 世界にはたくさんのクレイジーな料理があるんだよ。たとえばフォアグラは、ガチョウやアヒルにたくさんむりやり餌を食べさせて肝臓を肥大化させる。んで、それを殺して、肥えた肝臓を高い金を出しておいしく食べるわけだ。フォアグラと比べると、いささかだけどおうとーラーメンのほうが健全じゃあないかい?」
「いや、それは――」
「人間に対してひどいことをするな、なんて言わないでよ。我々は彼らに対して、報酬を出している。人が動物を使って料理を作るとき、報酬を出しているかい? 出していないだろう? 我々のほうが、よほど健全だよ」
「……」
どう考えても、理屈としておかしかったが、反論することはできなかった。というか、ショッキングな光景を見せられて、それどころではなかったのだ。
「さて」彼は言った。「明日から、君にはこの工場で回収係をやってもらおうじゃないか」
「え、それは……」
「嫌だ、なんて言わせないよ。拒否権なんて、存在しないんだよ」
「……わかりました」
こうして、俺は地獄のような仕事をすることとなった。
◇
もう、耐えられない……。このままでは、俺は壊れてしまう……。
ラーメンおうとーの社員になってから一か月、俺は会社の悪事をすべてSNSにあげることにした。
文章を作り、アップしようとした瞬間――。
ドアが外からこじ開けられ、サングラスにマスクをした男が三人突入してきた。
「だ、誰だ!?」
「愚かなことをしようとするから、こうなるんだ……」
首に何かを注射される。これは……麻酔???
一人がマスクとサングラスを外した。初日に工場を案内してくれたベテランの社員さんだった。
「何回か忠告したんだけどね……。こんなことになってしまって、とても残念だよ」
俺は……どうなるの、か……? 殺され、るのだろうか……? それ、とも…………
「これからは、おうとーラーメンの製造者として頑張ってくれ」
製造者? それって――――
◇
俺は毎日、腹が破裂しそうになるまでラーメンを食べさせられる。そして、一時間ほど満腹の苦しみを耐えた後、やってきた係員に、膨らんだ腹を思い切り殴られる。
「うおええええ」
胃液と共に吐き出されたラーメンが、おうとーラーメンとして食べられる。おうとーラーメンを食べる人は、何も知らないのだ。どうやってラーメンが作られるのか……。
何回も、何回も、同じことの繰り返し。
食事がこれほどまでに苦しいとは……。
「お疲れさまでした。本日のお仕事はこれにて終了となります」
放送が流れて、俺たち製造者は狭い寮へと帰っていく。給料は雀の涙ほど。まるで奴隷――いや、奴隷なんだ、俺たちは。
早く、元の生活に戻りたい。だけど、どうすれば脱却できるかわからない。俺はいつまでこんな苦しみを味わい続けなければならないのか。動物のように、死ぬまで……?
わからない。わからない。
『ラーメンは飲み物です!』
と言った社長の姿が脳裏に浮かんだ。