1/8760のサンタクロース
僕は布団の中で息を潜めていた。
そろそろ十一時になったかな。まだかな。
暗くて時計の針が見えない……もうそろそろ……そろそろ十一時だよね……
―― カラカラカラカラ
あっ……窓が開く音がする!
―― ビュー!! ババババ……
冷たい風が部屋の中に流れ込む! 来たんだ! サンタさんが来たんだ!
僕は布団を跳ね飛ばして起き上がる。
開け放たれた二階の部屋の窓。真冬の風にはためくカーテン。そしてやって来た、赤いコートに白いヒゲ……
「サンタさぁぁん!」
「カズオくん! メリークリスマス!!」
「やったあああ! サンタさんだ! 今年も僕の家にサンタさんがやって来た!」
サンタさんはちょうど窓から入って僕の部屋に降りた所だった。
僕はベッドからジャンプしてサンタさんに飛びつく。サンタさんは転倒し、僕らはもつれあって床の上を転げ回る。
「本当にサンタさんなんだね!?」
「もちろんじゃよ! カズオくん、今年のプレゼントじゃ!!」
サンタさんは大きなリボンのついたダンボール箱を両手で抱え、リュックサックも背負っていた。
「わあああ! ありがとう! 開けてもいい!?」
「勿論じゃ! ホーッホッホー!」
僕は急いでリボンを解き、ガムテープを剥がして、ダンボール箱を開ける。中には巨大な、茶色いとぐろを巻いたハリボテのウンコが入っていた。
「ギャーッハッハッハッハー!!」
僕はたまらず笑い転げる。
「ヒイーッヒッヒッヒッヒィ!!」
サンタさんも笑い転げる。
「うんこじゃん!! これうんこ! うんこだー!! ギャハハハハハ!」
「そうじゃ!! プレゼントはうんこじゃー!! ギャーッハッハッハ!」
僕が尚も笑い転げていると、サンタさんは突然真面目な顔をして正座した。
「サンタさん……?」
サンタさんは黙ったまま、両手でダンボールの中からウンコを取り出し、高く掲げ……頭に被った! ウンコはすっぽりとサンタさんの頭を包んだ。
「うんこサンター!!」
「そうです。私はウンコサンタ」
たまらず僕は腹を抱え、激しく床の上をのた打ち回る。
「ぎゃああああああ! うんこサンター! ギャーッハッハッハ!!」
「ハッハッハ。見たまえカズオくん、ちゃんと前も見えるんじゃ」
「すげー!! ちゃんと被れるように出来てるんだ!」
「凄いじゃろう? ハッハッハ……おっと! こんな事を言っている場合ではなかったわ! カズオ! 私は今日、お前を倒しに来たのじゃ!」
サンタは不意に立ち上がり、ファイティングポーズをとる。もちろんウンコは被ったままだ。僕は少しだけ反応に困った。
どうしよう……よし決めた! ウンコは流して応戦体制を取ろう!
「そう来るだろうと思ったぜ! この一年どんな修行を積んで来たかは知らないが、僕だって遊んでいた訳じゃない! 見せてやるぜ……今の僕の力を! ルミナイズ! スタードラゴンワールド!」
「フハハ、知らないというのは恐ろしいのう! 五分後、貴様は這いつくばって許しを請うだろう! ルミナイズ! ダークネスドラゴンワールド!」
「「バディィィ、ファイト!!」」
バディファイトは僕の三勝一敗で終わった。
懲りないサンタが次はWiiUでスマブラをやろうと言い出したので、僕は使い慣れたデデデ大王でサンタが繰り出すキャラ達を次々とボコボコにした。
それからおやつの時に食べずにとっておいたポテトチップを開封して一緒に食べた。あと、がぶ飲みメロンソーダもコップに分けて飲んだ。
―― ドン、ドン、ドン!
誰かが外から、部屋の扉を叩いた。僕は慌てて時計を見る。まだ十一時五十五分じゃないか!
「待ってよ! まだ五分あるもん!」
「もうお別れを言いなさい! いつもここから長くなるのよ……!」
外から、お母さんの声がした。
僕はサンタさんを見た。
「カズオくん……いつも勉強、頑張ってるようじゃな……こんな事、ワシの言えた義理ではないが……偉いぞ、カズオくん」
「うん……僕ちゃんとお母さんの言う事も聞いているよ。サンタさんとの約束はみんな守ってるから。だから待ってよサンタさん、まだ五分あるよ、最後まで遊ぼうよ」
「それはまあ、うむ……ああ、このウンコマスクは箱に戻しておこうかの」
「待って! 今日はクリスマスだよ! そうでしょう! グスン……最後まで……最後までウンコは被っててよう……」
「ハハハ……じゃがこれはサンタ……わしからのカズオくんへのプレゼントじゃから、こうして、箱にしまっての……あと四分か、バディファイトなら出来るかの」
「四分じゃ途中で終わっちゃうよ……」
僕はたまらなく悲しくなってしまった。
こんな事じゃいけないのに。まだ三分三十秒あるのに。最後の一秒までサンタさんと遊びたいのに。こんな気持ちでいたら遊べないよ。どんどん時間が無くなるよう……どうしよう、どうしよう……
「いらっしゃいませ」
「えっ……?」
サンタさんは急に立ち上がり、姿勢を正した。
「こちらのお席へどうぞ」
サンタさんは、普段僕がべんきょうに使っているデスクを手で指し示す。
僕は言われるがまま、椅子に座った。するとサンタさんは、さっきがぶ飲みメロンソーダを飲むのに使った空のコップをデスクに置いた。
「いらっしゃいませ。メニューをどうぞ」
サンタさんはそのへんのノートを僕の前に置く。わかった! レストランごっこだ! 僕はノートをみて、注文をする。
「じゃあこのキッズプレートとキッズポテト、キッズドリンクバーを下さい!」
「かしこまりました」
サンタさんはデスクを離れる。何が出て来るんだろう……戻って来たサンタさんは、ポテトチップの袋を持って来て僕の前に置いた。
「これがキッズプレート?」
「いいえ。うんこプレートです」
僕は椅子から転げ落ちた。
「頼んでねぇー!! ウンコプレート頼んでねぇー!!」
「こちらはうんこポテトになります」
「ギャーッヒッヒッヒッヒ!! ウンコポテトー! ウンコポテトー!」
「こちらはキッズドリンクバーのカップになります」
「ギャヒ……キッズドリンクバー……普通ー!! ウンコじゃねえ! ギャアハハハヒイッヒイッヒイッ! そこウンコドリンクバーじゃねえのかよギャアハハハハハハ!?」
「うんこソフトクリームは別料金になりますが?」
「別料金かよ!! ウンコソフトクリームもつけて下さい! いややっぱりいらねー!! ウンコソフトクリームいらねー!!」
サンタさんが踊り出した。僕の部屋の座卓の周りを踊りながら回る。
「ウーンコ、ンコンコ、うんこっこー」
僕も急いで起き上がり、サンタさんの真似をして、踊りながら歌う。
「ウーンコ、ンコンコ、うんこっこー」
「ウーンコ、ンコンコ、うんこっこー」
―― ドンドンドンドン!!
僕の部屋の扉が、激しく叩かれた。
「時間よ! 出て行きなさい! それ以上そこに居たら裁判所に通告するわよ!」
扉の向こうから、お母さんが叫ぶ。
サンタさんは扉の方に振り返り、叫んだ。
「はい! 今帰ります! 申し訳ありませんでした! カズオ君さようなら! また来年……」
「待って! 待ってサンタさん!」
「和夫さん! 貴方ももうやめて! 御願いだからもうやめて……貴方もう高校三年生なのよ……」
扉の向こうのお母さんは、泣いているようだった。
お母さんに泣かれるのも悲しいけれど、僕には僕の、サンタさんへの想いがあった。
「信じてるもん! 僕、サンタを信じてるもん! サンタクロースは居るんだ! 本物のサンタクロースは居るんだよォォ!! だから……だからサンタさん、来年も来てよ、僕、絶対東大行くから! 来年も来てよォサンタさん……」
サンタさんは答えられなかった。知っている。お母さんに裁判で完膚なきまでに打ちのめされ無条件降伏したサンタさんは、僕には一年のうち一時間しか接見出来ないのだ。午前0時を過ぎた今、僕とは会話をする事も許されないらしい。
窓を開け、背中を丸めて出て行くサンタさん……
僕は小六の頃に中二病にかかり、サンタさんをさんざん困らせた。その事も、サンタさんが外の世界に安らぎを求めた原因になっていたのかもしれない。
「僕、いつまでもサンタクロースを信じてる……だから来年も会いに来て……サンタさん……」
窓の外は、真冬の風吹き荒む冷たい街。僕が窓から身を乗り出した時、サンタさんの姿は既に見えなくなっていた。