02.未プレイ者が物語の改変をするのは個人的に苦痛だが譲れないものがある
流血、暴力行為表現があります。苦手な方はご注意を。
……伯父の話のくだりは、ほんの少しだけ実話
オーメルトの前世、「私」の話をしよう。
高熱の影響なのか、死んだ時の衝撃のせいなのか……理由は分からないが前世の名前は覚えていない。だが、その他はそれなりに覚えている。
「私」は、3歳まではよくいる女の子だった。夢に夢を見て、恋に恋するような、そんな子どもだった。いつか白馬に乗った王子様が現れる、なんて思ったりしたものだ。
そんな「私」が変わったのは4歳になった年だ。
共働きだった両親はその日、仕事でどちらとも家にいる事が出来ないという事で、近所に住む伯父夫婦の下へ「私」は預けられていた。保育園が休みの時は、伯父夫婦の所で過ごすことは何度もあったので、「私」はいつものように、良い子で伯父の家で遊んでいた。
そろそろ昼食の時間という頃、せっかくだから外に食べに行こうと、伯父と伯母に手を繋がれ外へ出た。「私」が来ると、ほぼ外食に出ていた。今日は何を食べようかと、「私」は上機嫌で歩いて、伯父夫婦はそんな「私」を見て微笑んでくれていた。
平和だった。そこまでは。
もう少しでファミレスに着くという時、前方からふらりと、1人の女性が現れた。まるで通せん坊するかのように立つ女性の手には、ギラリと光る包丁があり、眼は伯父だけをひたりと、見つめていた。
なんとなく察したかもしれないが、その女性は伯父の浮気相手だった。伯父ェ。
いつまでも伯母と別れない伯父に、とうとう我慢が出来なくなり「あなたを殺して私も死ぬ!」とやって来たのだ。
あ、と言う前に、伯父は刺されていた。
幼女には刺激が強すぎるものだった。
伯父の腹から赤い血が出て、じわじわと地面が濡れていくのを呆然と見ている事しか出来なかった。まるで金縛りにあったかのような状態でいると、突然、横から別の女性が現れ、女性……女性Aとしよう、女性Aを女性Bが思いっきり叩いた。ぼうっとした頭で「このお姉さんは助けてくれる、良い人なのかな?」と思った。当時の「私」は純粋だった。
女性Bは伯父の浮気相手その2だった。伯父ェ……。
そこから始まるキャットファイト。そこへ伯母もいつの間にか加わっていた。いや、救急車は?
そこへ「こんなこどもの前で何をやっているんだ!?」と、今度は男性が現れた。彼こそ救世主か?と思った。まだ人の善性を信じて疑う事なんて無かったんだ。
男性は伯母の浮気相手だった。
伯母、あなたもか!ここが地獄か!
言い訳を始める伯母。怒鳴り合う女性陣。呻きながらも恨みがましい眼で周囲を睨む伯父。狼狽えながらも怒鳴り返す男性。色々とキャパシティーオーバーで大泣きしだす「私」。騒ぎを聞きつけ現れた野次馬の叫び声。
カオスだ。
その後、誰かが呼んだのであろう救急車とパトカーが来て、大人はお縄になった。
とんでもない事に遭遇してしまった幼い「私」は、その場でぶっ倒れた。熱も出た事、修羅場を見た事による心のケアなどで、数日入院した。カウンセリング事態は、退院後も続いたが。
余談だが、もう会いたくはないと思っていたから別に構わないが、退院する頃に伯父夫婦はもう近所にはいなかった。
まあ、とにかくだ。
こんな体験をしてしまった「私」は、「恋愛は素晴らしいもの」「夫婦はその最たるもの」「愛し合う人たちは美しい」といったものが信じられなくなった。なまじ、伯父夫婦は仲睦まじい様子だったから余計にだ。絶許である。さらに、あの修羅場を見たせいで、他人も恐ろしくて仕方がなくなった。幼女にはきつかったんだよ。
退院した頃は、特に大変だった。軽い時は悪寒が走ったり、鳥肌が立つくらいだが、重い時は吐いたり、ひきつけを起こしたり、ぶっ倒れるなどした。両親はそんな「私」を心配したが、両親も恐怖の対象に入ってしまっていたので、本当、2人は忙しいのに苦労を掛けた。
そんな「私」に転機が訪れたのは小学校2年生の頃だ。
トラウマスイッチさえ押さなければ大丈夫なって来ていた「私」は、それでも周囲から浮いた存在だった。腫物を扱うような、異物に触る様な、そんなものだった。幼いなりに、そうなるのは仕方がないと諦観の思いでいた。
だが、そんな扱いを受ける存在が「私」以外にもいたのだ。
隣の席になった井竹 せいじ。後の「私」の親友となるせっちゃんだ。
彼はゲームがとにかく好きな少年だった。ジャンルは問わず、外で遊べるゲームも中で遊べるゲームも、なんでもやるようなやつだった。「ゲームかそれ以外」といった、小2男子にしてはだいぶドライな少年だった。まだ砂漠の方が水分あるくらいドライだった。
そんな彼と「私」は、なぜか妙に馬が合った。それで、彼とよくつるむ様になり、ゲームを介してだが、徐々に自分のトラウマを解消していった。その間に少年漫画とRPGにはまった。
で、だ。
せっちゃんと「私」は、小2から高3まで、なぜか一緒だった。歴代教師たちから、お互いの世話係認定をされていた気もするが、まあ、それは置いておこう。
長く一緒に彼と過ごしていたわけだが、その間せっちゃんは色々なゲームを「私」に勧めて来た。RPGはもちろん、音ゲー、格ゲー、育成ゲームなどなど……。だが「私」に唯一勧めてこなかったゲームジャンルがある。
恋愛シミュレーションゲームだ。
その頃には「私」も、恋愛がメインじゃないものや、ラブコメでもコメディメインならギリギリ見れるようにはなっていた。それでも、なかなか消化できなかったのが恋愛に関することだった。
せっちゃんには「私」のトラウマを話してあったので、ずっと勧めてこなかったというのもある。だが、高校までは奇跡的に同じだったが、大学は別々となる事を、お互いに知っていた。そうなると、ある種の防波堤になっていたせっちゃんがいない「私」は、もしかしたらトラウマを刺激され、悲しい思いをするんじゃないかと、彼なりに心配していたのだ。良い奴だ。
そこで考えた結果が「乙女ゲーやろうぜ!」なのが奴である。それで「なるほど天才か」という「私」も「私」だが。
という事で。
数年前に出された『花と星の輪舞曲』。既に続編もいくつか出ていたものだが、やるなら無印が良いだろうという事で勧められた乙女ゲーがそれだった。
パッケージイラストを見せられて「この青髪の子、好みだなー」と言った時のあいつの顔は今でも思い出せる。
軽くあらすじ、攻略対象の話をせっちゃんから聞いて、しっかりやるなら受験終わってからだねーと話し合い、数カ月後、「私」の受験合格通知が届き、その日に約束のブツだと渡され……。
「帰る途中で「私」は死んで、今に至るわけですね。はい。」
「よく倒れたりせず、僕と婚約出来たね?」
学園の中庭にある花園。その茂みに私、オーメルトと、婚約者であり本来なら『花と星の輪舞曲』攻略対象の1人であるイルスは居る。
理由は単純。
『花と星の輪舞曲』の主人公、フローラ・ヴェル・エルゲンスが花園にあるベンチに座っているからだ。かれこれ、30分は経っている。放課後だから問題は無いけれど、じっと、何かを待つようにいるのがすげぇや。こっちはそろそろ腰が痛い。
「ああ、それは貴族としての教育のおかげと言いますか……転生してから、それなりに吹っ切れたんです。荒療治とも言いますが。後、あの日にも言いましたが、婚約者でありますが、私はイルス殿下の臣下でもあります。政略結婚ですし、そういうお仕事なんだって割り切ればなんともないなぁ、と。けれど、友人となりたいと言ったのは本心ですよ。」
「……そこからもう1、2歩進めないかな?」
「外見年齢に引きずられている所はありますが、私、精神的にはだいぶ年行ってますから年下は……。」
「外見年齢に引きずられておくれよ、是非。……はあ、今は置いておこう。」
「ずっと心の物置に置いておきましょう?」
「僕は物置にあるものは定期的に出す派なんだ。じゃなくて、フローラ嬢の後を付けて、ずっとここに隠れているけれど、何が目的なんだい?」
さすがにきついのだろう。時々、腰を擦っている。
昨日協力を仰ぎ、じゃあ早速とばかりに行動を起こした本日。やっていることは不審者のそれ。精神的にもちょっと苦痛だ。
だが、ストーカーの如くフローラ様の後を付け、ずっと監視しているのにはもちろん、訳がある。
「昨日お話した通り、私には『花と星の輪舞曲』、通称ハナボシの内容を前世の友人から教えてもらった分くらいしか記憶にありません。気になったから「オーメルト」の最後だけは、調べたからある程度知っていますし、覚えています。けれど、他の事柄……例えばイルス殿下。殿下を攻略するとして、出会いはどこでどう起きるのか。そして、どういった関係になるのか。そして、「オーメルト」はどういった妨害をするのか。それがまったく分かりません。」
そう、私はハナボシをプレイする事無く死んだ。
ヒロインや攻略キャラも、軽い説明を聞いたけれど、「へー、これがそうなのかー」くらいで流したのと、さすがに17年前の記憶だ。顔も名前もはっきり覚えていなかった。「オーメルト」だって、せっちゃんが「ライバルキャラはなぁ……」と言うので、最後のところだけ、どうなるのかだけを攻略サイトで見たくらいだ。
ちなみに、イルスのルートを例にあげると、そこには、
──────・・・
◆オーメルトの最後集
王子ルート
ノーマルエンド・婚約解消からの領地幽閉
グッドエンド ・爵位はく奪からの国外追放
バッドエンド ・返り討ち
トゥルーエンド・処刑
──────・・・
と、あった。
乙女ゲーって修羅のゲームなんだなって思いました まる。乙女ゲー初心者には衝撃は大きかった。
ちなみに、イルスのルート分かってるじゃねぇか!と思われるだろうが、「王子ルート」や「騎士ルート」と言う風に、サイトのその部分にはそれぞれの名前が記載されていなかった。通称だけだ。リンクは貼ってあったけど飛ばなかった私にも非はあるかもしれないが……。今は「オーメルトの婚約者=イルス=王子」と分かっているから繋がるだけである。
「分からないのなら彼女の後を付けて、攻略対象と思しき人物と接触を確認。その後、いったん対策を練ろうかと。それに彼女も、いつからかは判断しかねますが転生者なのは確定でしょう。私と違い、しっかりこの世界の事を把握して言う様子でしたし……。無策では突っ込めません。」
「君なりに考えていたんだね。いつものように戦地に突っ込むのかと思ってたよ。」
「さすがに相手の手の内が分からない時はしませんよ!?……まあ、後、彼女が攻略対象(仮)にどういう行動をとるのかで、彼女との付き合いをどうするかを考えるべきかな、と思いまして。」
「……見た印象では、警戒するような子には見えないけれど?」
第一印象はそうだろう。私も思った。
けれど、こういう流れのラノベは私は前世で読んだことあるのだ。コメディ強いのでだけれど。
「好きなキャラと本当に結ばれる!そのために頑張る!っていうタイプでしたら、まあ、大丈夫だと思います。手助けはしませんが、陰ながら応援はします。けれど、ハナボシに出てくる攻略対象全員と結ばれたい……逆ハーレムっていうのですよね、それを目指して、他人を蹴落とす事を躊躇わないで行える人物だった場合……私は、ゲームの役的に、絶対に嵌められることになるでしょう。」
本来なら主人公であるフローラ様に意地悪をする、ライバルキャラの「オーメルト」。
けれど、この世界で生きている「オーメルト」はこの私だ。恐らく、ていうか絶対に原作とは性格が違うはずだ。意地悪する気がまず無いし。そうなると、ゲームでは発生するはずのイベントが起きない事になる。
では、起こすにはどうするか?
簡単な事だ。起きていなくても、起きた事にしてしまえば良い。
フローラ様に転生した人がどのくらい頭の回る方か分からないが、逆ハーを狙うなら、確実に私は冤罪を掛けられる。そういうキャラだし。
それに、養子とは言え彼女の家は侯爵家の人間だ。権力も活用するだろう。我が家とエルゲンス侯爵家は仲が悪いから、積極的に手助けするだろうな。きぞくこわい。
だが、だが!私は布団で眠るように死にたいのだ!「ああ、楽しい人生だった……」とかなんとか言って!
「なるべくなら原作に忠実に行きたいところです。ですが、ゲームの流れを知らないですし、私は平穏に死にたいんです。ならば、断腸の思いで原作改変をし破滅フラグを回避する所存……!!」
「うん、熱い思いは伝わってきたよ。メル、動きがあるよ。」
おっと、いけない。マルタイから意識を逸らしてしまうとは……。
こそこそ茂みから見てみると、フローラ様の前に立つ男子生徒が1人。あれは……。
「あれって、シューエルじゃないかな?」
「そうですね……。フローラ様、だいぶグイグイいきますね……。」
シューエル・ファン・エーデローワ。
燃えるように赤い髪に、宵闇のような瞳を持つ、美丈夫。実家は騎士を多く輩出する事で有名な公爵家で、そこの次男坊だ。
そんな彼は、イルス殿下の護衛騎士だ。ついでに言うと、私たちの幼馴染です。
護衛騎士なのになんで傍にいないのかって?……理由を話せないし、ストーキングする為に邪魔なので、まきました。正直すまんかった。
「うーん……対応の仕方から、なんとなくシューエルは攻略対象っぽいですけれど……なんか、ボディタッチが、その……。」
「そうだね……仮にシューエル狙いでここに居たとしても……初対面で、あれは……。」
恋愛偏差値も底辺、乙女ゲー初心者でもわかる。あれは「運命の人との出会い!キャッ(はぁと)」って感じのものじゃない。ていうか、手付きがいやらしい。きわどい。……護衛騎士やってるが相手公爵家様だぞ……身分上ぞ?シューエルも嫌そうだぞー気付け―。
「あ、強制的に話し切り上げましたね、あれは。」
「そのようだね。……これは、警戒した方が良いかもね。さすがに、あれはないだろう。」
ですよねー。
うわぁ……基本平和に生きて来たっていうのに……面倒だよう……。これから警戒して学園生活送んなくちゃいけないなんて……。
「ほらほら、気を落とさないで。少しでも情報は得られたんだ。前向きに考えよう。」
「……そうですね。では、フローラ様が去ったらサロンに行きましょう。作戦会議です!」
「作戦会議ですか。楽しそうですね?」
「そんな楽しい物ではない、よ……。」
「え……。」
「是非、俺もその作戦会議とやらに交ぜてください。殿下にメル?」
「「ヒェッ。」」
いつの間に後ろに来てたん?シューちゃんや。
完全に2人きりか幼馴染だけの空間だと名前呼び&気安い話し方。
そうじゃない空間では殿下呼び。
メルは愛称。