01.相談相手は信頼できる相手でも考えるべし
降ってわいたのと、一度やってみたかったので書いてみた。
勢いで始まる。
『花と星の輪舞曲』
よくある剣と魔法の世界で、主人公であるヒロインと攻略対象であるイケメン達が魔法学園にて繰り広げる恋愛物語を楽しむゲーム。
まあ、つまり女性向け恋愛シミュレーションゲーム。乙女ゲーだ。
主人公の少女は強力な癒しの力を持つ「聖なる乙女」と称され、王国が設立した魔法学園に通う。そこで、正統派王子や腹黒騎士、孤高の暗殺者、麗しの生徒会長などのイケメン達と愛を育み、結ばれるというものだ。
乙女ゲー初心者でもやりやすく、比較的取っ付き易い内容のものであるのがウリの一つとされる。
さて、主人公が居るのならもちろん、話を盛り上げるためのライバルキャラがいる。
ライバルキャラはオーメルト・シェペル・トゥウィリクと言い、辺境伯家の娘である。そして、彼女は攻略対象の1人である王子の婚約者であり、主人公へ様々な妨害工作をしてくる存在である。よく言う、悪役令嬢という役割を持った少女だ。
そんな彼女だが、このゲームで唯一のライバルキャラであるせいなのかなんなのか……とにかく、彼女の物語の最後は良い事が無い。主人公が選んだルートにより、平民落ち、国外追放、幽閉、暗殺、返り討ちなどなど……。様々な破滅を、彼女1人が請け負っている。
彼女が何をしたって言うんだ。いや、ヒロインの邪魔なんだろうが。
まあ、とにかくだ。
「そんな少女に生まれ変わってしまった私は、破滅の道を進みたく無いの。どうすれば回避できるのか、あなたに一緒に考えてほしいの。」
学園内で、高貴な身分の者しか利用できないサロンにて人払いを済ませ、私ことオーメルト・シェペル・トゥウィリクは某有名なアニメの司令官のポーズをしながら、信頼できる相談相手に告げた。
「……うん、話は分かったよ。」
正直、気がふれたのかと思われる、荒唐無稽な私の話を否定せず、最後まで聞いてくれた彼は苦笑しながらも静かに答える。
「君が将来、破滅するような事が無いように助けるよ。だけどね……。」
「だけど?」
信じてくれただけでなく、助けてくれるという言葉に嬉しくて思わず席を立ってしまったが、続いた彼の言葉に首を傾げる。
不思議そうにする私に対して彼は、
「その攻略対象の1人で、君の破滅の要因になるらしい僕に、なんで相談しちゃうんだよ。」
イルス・ガオルグ・フィエディスタ第2王子は何とも表現のしにくい顔をしながら私に言うのだった。
──────・・・
「オーメルト・シェペル・トゥウィリク」の話をしよう。
彼女はトゥウィリク辺境伯の一人娘として、17年前にこの世に生を受けた。
医者から、体の弱いトゥウィリク辺境伯夫人には2人目を産むのは難しいと言われていた。その為、男の子では無く、女の子である私が生まれた事で跡継ぎ問題が親類縁者の間で浮上した。心の中ではがっかりしたことだろうし、今後の問題で頭を悩ませただろう。
だが、それでも、初めての我が子。トゥウィリク辺境伯夫妻は、我が子の誕生を喜んだ。大切に、大切に娘を育てようと、夫婦は小さな命に誓った。
……余談だが、2年前に弟が生まれたので跡目問題は一応、解決した。難産だったし、母も命懸けだったが、今も元気にしている。
話を戻そう。
その大事な娘は生まれて4か月が経った頃に3度、生死をさ迷う高熱を出した。原因不明のそれに、両親と屋敷の使用人は、娘が神の御許に迎えられぬよう祈り、懸命に看病をした。
そうして両親たちが必死になっていたその時、オーメルトは夢を見ていた。
ただの赤子には許容できないような、しかし、まだ常識も何も知らない無垢な存在であるから許容できたような、矛盾したものを見た。
鉄で出来た大きな建物や乗り物、様々なものが映る薄い板の様な物、ほかほかの白い食べ物や茶色いが食欲のそそるの液体など。知らないはずのものを、自分は、知っていた。そして、自分はそれが当たり前にある世界で生きていた事も、知った。知っていた。熱に浮かされている間、オーメルトは自身の、前世の少女の一生を思い出していたのだ。
ゲームや漫画が好きな、平凡な少女だった。父と母と少女の、3人家族。それなりに幸せで、それなりに楽しく生きていた。
そんな彼女は、4か月後には大学に進学できると、合格通知を貰ったその日。帰りに寄った本屋から出た瞬間、突っ込んできた車に轢かれ、18年という短い生涯を閉じた。
と思ったら赤子になって、新しい生が始まっていた。
完全に前世の少女の記憶を思い出したオーメルトは、数日だけ前世の両親や友人を思い出し泣いた。だが「いつまでもクヨクヨしてらんねぇ!」と、今度は布団の上で死ぬという目標をゆりかごに揺られながら掲げ、新しい人生を受け入れ、謳歌し始めた。
そうして、剣と魔法があるこの世界で、ワクワクドキドキ、時には悲鳴をあげながら17年生きて来た。
これからも、大変だけれど楽しい毎日を過ごすんだと思って来た。
だが、今日。王立フロダシア魔法学園ですれ違った少女と出会い、そうもいかなくなった。
少女は「フローラ・ヴェル・エルゲンス」。
噂には聞いていた少女だった。
15歳の頃にエルゲンス侯爵家に養子入りした元平民。なにやら、とてもすごい力を持っているらしく、平民でいるには惜しい人物だとか。それで、彼女を見出したエルゲンス侯爵が後ろ盾兼養父になったとか。
本来ならば16歳で貴族の子息令嬢は学園へ入学する。しかし、彼女は15歳で侯爵家に入った事から、1年は猶予を貰い、貴族社会を学んでから、2学年時に編入するという話も。
容姿は知らなかったが、桜色のゆるふわヘアーに、新緑の瞳を持つ、可愛らしい容姿の彼女を私は学園で見た事が無かった。
その事から、「ああ、彼女が例の」と思い至れた。だが、その時はそれだけの感想だった。
この世界では侯爵と辺境伯は同等の爵位にある。
だが、その中で、トゥウィリク辺境伯領は王都から遠い地にある事、エルゲンス侯爵領は王都に近い所にあるという事から、この2つの家は地味に仲が悪い。2人の領主の性格が根本的に反りが合わない、と言うのが正しい気もするが。
ともかくだ。
そういう事で、突っ掛かる気は微塵もないが、へんに軋轢を生むものでもないと思い、無難に挨拶をして、用事もあったから、さっさとその場を去ろうとしたのだ。彼女も返事を返してきただけで、余計な話しないで良かった!と内心思い、にこやかに去ろうとした時だった。
「やっぱりハナボシの世界だ……!」
ヒロインになれるなんてラッキー!と、歓喜のこもった、しかし、小さな呟きだった。小さかったが、聴力には自信のある私は、その言葉を拾えた。
はて、「ハナボシ」とはなんぞや?しかも、世界とは?フローラ様は何を言っているのか?
もう去ってしまったし、彼女に聞きに行くのもなあ、と思い、歩きながら言葉の意味を考えた。
考えて、考えて……そういえば、前世の友人が「私」に貸してくれたゲームの略称が「ハナボシ」だったなと、ふと思い出した。
「そうだ、『花と星の輪舞曲』の略称!あいつにメインキャラよりライバルキャラの子が見た目好みだって言ったら哀れみの目で見られたっけか。なっつかしー。でも、勝気な女性ってツボだったんだもんなぁ。色彩も結構好きな色だったし。名前は確かオーメルトって言った……あれ?」
自分の髪を見る。詳しく色の名を言うならツユクサ色だが、大まかにいえば青い髪をしている。
瞳は何色だ?黄色い瞳だ。
名前は?オーメルトだ。
「……あれ、私、死ぬの?」
ゲームの「オーメルト」の最後は破滅オンリーだ。良くて平民落ちや国外追放だ。
「いや、私の今生の目標は布団の上で穏やかに死ぬことだ。え、でも、どうしたらいいんだろ……。」
ある理由から、どうしたら自身の破滅フラグを回避できるのか、私は分からなかったのだ。
どうしよう、どうしようと、途方にくれる事数分。
「……そうだ、イルスに相談しよう!」
元々会う予定があったにしても、軽く混乱していた私は、本来なら自身を破滅に向かわせるフラグを持つ、この国の第2王子であり婚約者であるイルスへ相談する事にしてしまった。
──────・・・
冷静になると前世の事を暴露するわ、自身の破滅フラグ持ちに相談するわと、とんでもなく危険な橋を渡ったわけだが……結果として、イルスは私の破滅回避の道を一緒に模索してくれることとなった。
彼は婚約者であるが、同時に国を思う同士で、友人である。やはり持つべきものは親友だ。頼りになる。
「まったく……君は地の頭は良いのに、なんでアホの子になるんだろうね。」
「私も不思議だわ。けれど、こんな一歩間違えなくても頭のおかしい話、信じてくれてありがとう。」
「昔から不思議な事を君は言っていたからね、今更だよ。」
それも、そうか。
つまり、これは日頃の行いが良い方に転がったという訳だ。嬉しいような、嬉しく無いような微妙な物だけれど。
「ところで、この世界が君の言うゲームに酷似した世界だと分かったけれど……なぜ、今の今まで気付かなかったんだい?」
「あ、えっと、それは、その……。」
不思議そうにイルスは私を見る。
そりゃあ、そうだろう。前世の記憶は赤子の頃からあって、ゲームのおおよその内容だって知っているのに、そんな私がなぜ気付かなかったのか、不思議だろう。
大抵、こういう状況になる前にフラグを叩き折ったり、上手く立ち回ったりするはずだもんね。
でも、仕方がないんだ……だって……。
「私、「オーメルト」の破滅した時の内容は知っているけれど……その他を知らないの……。」
「え、なぜ。」
「……知識が無い。プレイ、したこと無いのよ。」
「え?」
破滅回避、出来るかなぁ……。
のんびり続く。