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『ジャックローズ』

 いらっしゃいませ。


 おや、一見さんでいらっしゃいますね。よくもまぁ、こんな路地裏の隅っこにある。それもカウンター席も5席しかない小さな小さなバーを見付けなさった。



 え? えぇ。それは……これだけ小さいお店ですから、カウンター越しにお客様の会話が聞こえてくる事もありますとも。


 はぁ さようですか? お客様たちで繰り広げられた話を聞きたいと……


 では個人情報は抜きで1つお話しでもさせて頂きましょうか。お飲み物はいかがされますか?


 私のオススメで良いと? 貴方様も変わってらっしゃるお客様だ。そうですね……では、このカクテルを


『ジャックローズ 』


 カルバドス ブラー グランソラージュにレモンジュースとグレナデンシロップをシェイクしたものになります。

 ショートカクテルですから飲み終わるのも早いと思いますが、私のお話もショートなので少しの間グラスと耳を傾けて下さい。



 ※※※※


「ねぇ。君1人? 良かったら奢らせてくれないかな? 」


 カウンター席の端では、頬杖をつき気怠けに細長いタバコを燻らせる女がいた。

 男が声を掛けて隣に座ると、女は姿勢を崩さずに視線だけを男へと流した。


「もし1人で飲みたい気分なら去るよ。でも、こんなに美人な女性が1人で飲んでたら男としては声を掛けたくなるもんさ」


 女は長いダークブラウンの髪を片手で耳に掛けては、男受けしそうな蠱惑的な微笑みを浮かべた。艶のあるグロスを付けた肉感的な唇からは、糸を引くような細い煙が吐き出され、少しすると煙はゆらゆらと、天井から吊るされたシーリングライトへと吸い込まれる様に消えていった。


「アルコールで酔わせる様なセンスの欠片もないのは嫌い。言葉と雰囲気で酔わせてくれるなら奢らせて上げるわ」



 女性としては少し低くも知的そうな声をしていた。胸は小ぶりそうであったがスタイルもモデル並みであり、女優と言われても疑わないであろう美貌をしている。

 男はチャンスを逃さまいと頷くと、熱を帯びた目とは対照的に淡々と女の外見を褒め称えた。



「クスッ 貴方、慣れてそうね。でも、嫌な気分はしないわ」


 男は少し満足気な表情をすると、下らない雑談や当たり障りのない話を飛ばして、女性の恋愛観や価値観を知れる質問をしていった。女が答えると否定をせずに、ただただ落ち着き払いながら、共感しているかの様に優しく頷いていた。


 女も気を許し始めたのか、たんに男が最初から好みの部類だったのか、艶のある話にも抵抗なく話すようになっていた。



「へぇ。エレベーターの中ではしたことないけど、スリルはありそうね。私がした中で一番興奮した場所は……高校の時に教室でクラスメイトとした事かしら 」



 男は鼻の下が伸びそうなのを我慢すると、詳しく聞き始めた。



「放課後にクラスメイトと、たまたま2人になった際に、何故かそういう雰囲気になって、我慢できずに私の方から襲っちゃった。私ってあっちの方はスイッチ入ると積極的なの」



 女は自嘲気味に笑うと男はすかさずに、朝までいたいと告げた。女は男の反応を楽しむかの様に即答はしなかった。

 男は何とかモノにしたいとの思いから押しに押しまくっていた。

 ついに女が折れて首を縦に振った。

 男はようやく女を落とした達成感からか、ふぅ~っと大きく息を吐くとトイレと立ち去った。


 女はグラスを磨いているマスターに声を掛けた。


「私たちの会話聞こえてた? 」


 マスターは黙って頷いた。


「楽しい夜になりそうね」


 女は大人の雰囲気を漂わせていた最初の頃と違い、悪戯っ子の様な笑顔をマスターに向けた。



 男がトイレから出てきてチェックを済ますと、女は立ち上がり意味ありげな笑みをマスターに浮かべ人差し指を鼻に当てると囁いた。


「ご馳走様 。マスターだけに教えてあげる。私の通ってた高校は《《男子校》》よ」



 女は男の後に続きドアを出る際に後ろを振り返ると、マスターにウインクしては楽しそうに笑いながら自分の腕を男に絡めて消えていった。



 ※※※



 どうでしたか。 え? 話もですがカクテルもですよ。

 ジャックローズはスッキリとして甘酸っぱいでしょ?


 ところでジャックローズのカクテル言葉をご存知で?


『恐れを知らぬ元気な冒険者』


 ほら、横を向いて下さい。今日も端で女が飲んでらっしゃいますよ。



お客様も冒険してみては?

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