第1章 第5話~美しき歌声~
驚くことに痛みは無かった。おかしいな……全員の攻撃が衝突する中心に飛び込んだのに痛みを感じないなんて……。そんな事を考えていると仰向けに倒れている僕に武動と芸笑が駆け寄ってくる。
「――――――!」
「――――――!」
あれ? 芸笑に武動? 何言ってるの?
「――――――!」
「――――――!」
今度はラージオさんにオンダソノラさん。この2人は声こそ聞こえなかったが、体中が振動する程の声量で何かを話しかけてきてくれる。流石「声帯大砲のバリトン歌手」と「人間スピーカーのテノール歌手」と呼ばれたことがある。グアリーレさんは口を押えて顔面蒼白だ。
「――――――」
僕は自分の耳では聞き取れないが、皆に安心してもらうように笑顔で「大丈夫です」と笑顔で語り掛ける。だがみんなは安心するどころか更に険しい剣幕で話しかけてくる。
「――――――」
眠い。瞼が重くなってきた。とりあえず「5分だけ寝かしてください」と言うとみんなは僕の肩を抱き揺すってくる。芸笑に至っては僕の体にマウントして両方のほっぺたをつねってくる。けど痛みがないんだから大した妨害にはならない。
「――――――」
僕は「おやすみなさい」と一言言って僕は目を閉じた。
静寂の中、深い眠りにつこうとすると、僕の耳に何か声が聞こえてくる。優しくて心地の良い歌声だ。
「母さん……?」
この聞いているだけで安心する声。もしかして母さん? ……いや。母さんはこんなに高い声じゃない。けどどこかで聞き覚えが……あっ。この声はグアリーレさんだ。なんて優しい方だ。僕が寝ると言ったから子守歌でも歌ってくれているのだろう。この歳にもなって少し恥ずかしいけど、ここは甘えさせてもらおう。
「………………っ!?」
ところが眠くなるどころか、どんどん目が冴えてくる。体中は痛みだし、とても寝るどころではない。僕は少し目を開けて様子を伺ってみる。
「…………グアリーレさん?」
周りに目をやると、みんなが歌っているグアリーレさんを見ている。それもそのはず、グアリーレさんの体は眩い閃光に包まれているのだ。最初は太陽を背にしているだけだと思っていたが、よく観察してみるとその光はグアリーレさんの体から出ているものだと分かった。まるで後光の光を発している女神みたいだ。
「……きろ……起きろ……起きろぉ!」
「……い……痛い……痛った!?」
そして頬に走る激痛に目を完全に見開くと、マウントしている芸笑がつねる攻撃からビンタに変更しているではないか! ちょ! ちょっと!
「げ、芸笑! 痛いってば!」
僕は芸笑を押しのけ体を起こすと、突然の事にあっけを取られ芸笑はキョトンとした顔をしていた。
「奏……虎……?」
「痛いなぁ……ほっぺたが腫れちゃっ……たぁ!?」
「奏虎ぉ!」
「奏虎さん!」
直後僕は芸笑とグアリーレさんに飛び掛かられてしまい後頭部を地面に強打する。目の前に星が出てチカチカしたが、2人はそんなことお構いなしに更に強く抱きついてくる。
「よがっだぁ! よがっだよぉ!」
「奏虎ざぁん! ご無事でよがっだですぅ!」
2人は泣きながら僕の上半身に顔を埋め泣きつく。グアリーレさんの豊かに育った柔らかい双璧はとても心地よかったが、それは別に芸笑の涙と鼻水が服にしみこんできて何とも言えない温みを生み出している。それにしても2人は何でこんなにも泣いているんだ?
「奇跡だ……」
この光景を見ていたラージオさんがポツリとそんな言葉を漏らす。なんだ? 一体何が起きたんだ? イマイチ状況が飲み込めない。
「ラージオさん? これは一体どういった状況なんですか?」
「記憶にないのか!? ……無理もないか。あれ程の事があったのだからな」
「あれ程のこと……?」
ラージオさんに言われて僕は思い出してみる。ええっと……グアリーレさんに事情を話した後、戦いを終らせるためにみんなを探しに行ったんだっけ。それで見つけた時に、4人は一斉に渾身の攻撃を繰りだそうとしていた。僕はその無益な戦いを身を挺して止めようとして飛び込んだ直後、凄い攻撃が飛んできて……
「あ……」
段々鮮明に思い出して来たぞ。まず最初に芸笑の竜巻に巻き込まれて右肘が逆に曲がったんだ。そして次にラージオさんの光線が右わき腹を貫いて、オンダソノラさんの超音波で鼓膜が破れた矢先に武動の衝撃波が直撃して肋骨が折れて……
「もしかして僕……死にかけていました?」
その問いにラージオさんは無言で2度頷く。
「ああ。正直君が目を閉じて「おやすみなさい」と言った時はもう駄目かと思った」
オンダソノラさんに言われて周りを見てみると、辺りには僕を中心に、まるで熊でも解体したのではないかと思う程に血が飛び散っていた。血の量はバケツ一杯では賄えないな。軽く致死量を超えた量だ。恐らくこれは僕の血だろう。
「って僕の体! ん? あれ? 何ともない?」
僕は自分の体をまさぐる。右腕は元の方向に戻っているし、わき腹の傷も塞がっている。肋骨も折れていないし、鼓膜も元通りだ。これは一体……?
「そこの女の人に感謝するんだな奏虎!」
武動は手の平を上に向けてグアリーレさんを指す。そういえば意識が朦朧としている中でグアリーレさんから後光の光が指していたような……ま、まさか……!
「グアリーレさん? まさかTREに?」
「そのようですね……」
僕の体に顔を埋めていたグアリーレさんは顔を上げ、涙をぬぐいながら答える。
「でもどうしてグアリーレさんがTREに? 何かを奪われたわけでも、奪われそうになったわけでもないのに?」
「へ!? そ、それはその……」
グアリーレさんは顔を真っ赤にして僕から飛び退いた。
「おいおい奏虎君……それは野暮じゃないか?」
「そうだぜ奏虎。あんまり妹を虐めないでくれよ」
「???」
ラージオさんとおんだオンダソノラさん言っていることがイマイチわからない。野暮……? 虐めないで……? さっぱりわからない。
「そ! それより! 奏虎さん! なんて無茶をするんですか!?」
「そうやで! あんな馬鹿の事しないでくれや!」
疑問符を浮かべている僕に芸笑とグアリーレさんは再び言い寄る。
「だって……ああでもしないとお互いやめなかったでしょ? ラージオさん達は一途で暴走しちゃうところがあるし、芸笑達は好戦的ですし、お互いがまるで引こうとしない状況ではああするしかなかったんですよ」
僕の言葉を聞いて4人がバツの悪そうな顔をし、互いに視線を外す。ラージオさんは共演した時に一度役に入ったら公演が終わるまでその役のまま私生活を過ごしたり、オンダソノラさんは自分の意見を何が何でも押し通そうところがあると知っていたし、芸笑と武動もそんな2人の性格を尊重して真っ向から受けるような性格だろうし、僕が取った作戦が一番よかっただろう。
「だがいくら何でも無茶しすぎだぜ奏虎? たまたま即死する場所に当たらなかったり、ラージオさん達の攻撃力が落ちていたから良いものを」
「う……ごめん」
笑顔が消え真面目な顔をして話す武動に言われて気圧される。確かに光線が脳天を貫いていたり、竜巻で首の骨が折れていたりしていたら僕は絶命していただろう。今になってきて自分が行った無謀な行動に恐怖で体が震えてきた。
「けど結局助かったのはそこの女の人の力やけどな」
芸笑がグアリーレさんを見つめる。そう言えば……
「グアリーレさんはどんな能力を持ったTREになったんですか?」
「え? ええっと……」
「グアリーレ。やってやれよ」
「でも……」
「グアリーレさんの能力、ぜひ見てみたいです!」
「はい! 奏虎さんがそうおっしゃるのでしたら!」
グアリーレさんはそう言うと歌を歌い始める。美しい歌声と共に聞こえてくる美しいメロディー。心が癒される。すると僕の体が、いやみんなの体が光輝き優しい色をした靄に包まれる。
「これは一体どういった能力なんですか?」
「ああ。グアリーレは「歌声で傷を癒すTRE」になったようだ」
「歌声で傷を?」
「ああ。実際グアリーレが歌い始めてたら、この靄が君の体を包みだしたんだ。そうしたら傷が治り始め、意識を取り戻したんだよ」
「それだけじゃない。さっきまで沸騰していた俺達の闘志が一気になくなった。ということは心も癒してくれるんだろうな」
「ふぇぇ~~……流石世界一のソプラノ歌手。「人魚の歌声」と称されたグアリーレさんですね!」
「あ、ありがとうございます!」
目に見える傷だけじゃなくて心の傷まで癒すとはなんてすばらしい能力なんだろう。それにしても……
「げ、芸笑?」
「ん? なんや?」
「そ、その……いつまで僕に乗っているのかな……?」
「へ? あ! ご、ごめん!」
芸笑は自分の体勢に気付きやっと降りてくれる。僕に覆いかぶさる状態で抱きつくもんだから危うく上着の隙間から色々見えちゃいそうになっていた。思春期の男である僕には心臓に悪い……
「そうです! 芸笑さんはもうちょっと距離を置いてください!」
「な、なんや! 別に良いやろ! たまたまや!」
「おうおう……モテるねぇ奏虎は」
「だな。グアリーレもオチオチしてられないぜ」
女の子2人のそんな掛け合いを男性人たちはニヤニヤしながら見ていたが、一体どんな意味があるのだろう?
「さてと! そんな心休まる時間も捨てがたいが急がなきゃな!」
武動が立ち上がり、首を左右にコキコキと動かしながら辺りを見渡す。
「ん……何か来るな」
「ちょっと派手に暴れすぎましたからね。警備隊やら宝物狩り部隊やらがすっ飛んできますよ」
武動に言われて周りを見渡してみると廃虚街の建物は軒並み壊され酷い状態になっていた。更には轟音や竜巻、それに光線と言った目に着く攻撃があった日には誰でもTREが暴れていると気づくだろう。となると、警備兵達や宝物狩り部隊がここに来るのも時間の問題だ
「今日の王宮奇襲作戦は一旦やめだな」
「せやな。身を隠さないと」
「俺らもズらかろうぜ」
「そうだね。何かとお尋ね者だし」
みんなは立ち上がりながらどこに身をひそめるか考える。あ、だったら……
「皆さん! アルヒテクアさんのお店に来てください! あそこなら安全です!」
「良いのか奏虎?」
「また迷惑掛かるんやないか?」
「大丈夫だよ。アルヒテクアさんはこういうのが大好きだから」
危険な事、危ない事、そういうのが大好きな上に、匿ったりするのも大歓迎のアルヒテクアさんだから問題ないだろう。
「そうか! なら奏虎! みんなを道案内してやってくれ!」
武動は振り返り準備体操を始める。
「武動はどうするの?」
「俺はここでひと暴れして囮になる。その隙にみんなを店に連れて行くんだ」
「陽動か。いいね俺にも一枚かませろ」
武動に並ぶようにラージオさんが立つ。
「え? 大丈夫ですか?」
「は! 俺を舐めるな! グアリーレのおかげで喉も体力も万全だ! それに……」
「それに?」
「宝物狩り部隊と警備隊をひねりつぶしたい!」
「はっはっは! 上等です! やりましょう! え~っと……」
「ラージオ・ウン・カンターテ。ラージオと呼んでくれ」
「俺は武動音破。音破で良いですよ!」
「よし! ここは任せていけお前ら!」
2人は敵の声がする方向を見据えて仁王立ちで叫ぶ。
「後で会いましょう!」
「無理だけはすんなよ!」
「兄さん! あんまりやり過ぎるなよ!」
「大丈夫よ! どんな傷でも治して見せるんだから!」
僕らは2人を残してその場を去る。その数分後に廃虚街から轟音が鳴り響き、天に上る光線が見えた。
「おう! 帰ったぜ!」
「お邪魔しまぁす!」
2人と別れてから20分後、アルヒテクアさんのお店にラージオさんと武動が到着した。
「へいらっしゃい! 武動君と……そちらさんは?」
「俺の名前はラージオ・ウン・カンターテ。元オペラ歌手で……」
「お! 元音楽家かい! なら鉄操ちゃんの同業者だな! 歓迎だぜ!」
ラージオさんはアルヒテクアさんに肩を抱かれながら店の席に連れてこられ、僕らの席の近くに座らされる。
「さてと。みんな揃ったな」
着席して間もなくラージオさんが僕と芸笑と武動を見つめる。そしてたった今座ったのにラージオさんは立ち上がり、床に正座で座り込む。
「この度は申し訳ない事をした! 面目ない!」
勢いよく額を床に叩きつけながらラージオさんが土下座をする。尻が妙に上がった不格好な土下座だったが、もの凄い誠意と謝意が伝わってくる土下座だ。
「兄さんだけの問題じゃない! 僕も皆さんにご迷惑をおかけした!」
ラージオさんの土下座につられてオンダソノラさんも座っていた椅子を後方に倒しながら駆け寄り、土下座を開始する。ラージオさんの土下座はラージオさんとは違い、とても綺麗な形をした、土下座とはこういうものだと言わんばかりのものだった。
「おいおい! お二人とも気にしないでくれよ! 顔を上げてくれ!」
武動はそんな2人に駆け寄り顔を上げさせる。
「元はと言えば俺らが紛らわしい格好をしたせいで誤解を招いちまったんだ」
「言い訳無用! こちらがもっとそちらの話を聞いていれば……!」
「いやいや! あの状況じゃ無理もない!」
「ええい! こっちのせいだと言っているだろうが!」
「そうだ! 素直に謝罪されるんだ!」
「ラージオ兄さん! オンダソノラ兄さん! 全然懲りてないじゃないですか!」
「「ぐっ……!」」
2人はグアリーレさんの一喝で黙り込む。
「アッハッハッハ! まあ何はともあれお互い無事で何よりや! とりあえず乾杯しようや!」
芸笑の一言と気持ちの高揚で発生した竜巻で場は再び和やかなものになり、アルヒテクアさんが次々と運んでくる料理を平らげながら談笑に浸る。
「そういえば君たちに聞きたいことがある」
「なんですか?」
ラージオさんが手羽先を平らげ、骨をテーブルの皿に投げるように戻しながら僕らに訪ねてくる。
「君たちは真王達を倒すべく王宮に行くと言ったな? 是非俺達も同行させてくれ」
「え?」
ラージオさんとオンダソノラさんは僕ら2人に詰め寄りながらそんな提案を出して来る。
「俺達も同じTRE同士、真王に恨みを持っている」
「そうだ。僕らの大切なホールを壊された恨み……晴らしたいんだ」
「ホールの事だけじゃない。この国の、いや世界中の人々から宝物を奪いTREにさせているのが許せない。真意はわからないがこの手で葬ってやる」
「どうだろう? 是非力添えさせてくれ!」
2人は真剣な目つきで僕らを見据える。良いも悪いも……
「是非力を貸してくれや! あんたらがいれば百人力やで!」
「一緒に俺達と真王を倒そう!」
4人は互いに手を差し伸べ握手をする。確かにこの四人が集まれば真王を倒すのも夢じゃないかもしれない!
「あ、あのぅ……」
「ん? どうかしましたかグアリーレさん?」
「わ、私は皆さんと違って攻撃的な能力を持っているわけではありませんが、私も是非協力させてください」
「本当ですか! グアリーレさんがいれば心強いです! どんな傷も癒すことができるんですから成功率が上がります!」
「いいのかグアリーレ? 危険な戦いになるぞ?」
「それはわかっているわ。でももう2人だけや他人に迷惑ばかりかけるわけにはいかないもの。やれる人がやらなきゃ」
「……ふっ! 流石俺達の妹だ!」
「最高だよグアリーレ!」
「それに……芸笑さんだけに抜け駆けはさせない……」
「んな! なんの話やねん!?」
「ふふふ……今夜は一緒に沢山お話しましょうね?」
グアリーレさんは芸笑の顔を一点に見つめて笑っている。
「おいお三方」
と、そんな時アルヒテクアさんがラージオさん達の背後に追加の酒や料理を持って現れる。
「今ホールが壊れたって言ったよな?」
「え? あ、はい。僕らの宝物であるホールは宝狩り部隊にやられて……」
「建物が壊れたんならよ……俺が直してやるよ」
「「「へ?」」」
3人はイマイチ何を言っているのかわからない顔をしている。あ、そうか……
「ここにいるアルヒテクアさんは「建物を建てたり、直したりするTRE」なんです。ですから皆さんのホールを治せるかもしれないということです」
「「何!?」」
その一言にラージオさんとオンダソノラさんは目を見開きテーブルに体を乗り出す。
「そ、それは本当ですか!?」
「ああ。いつでも良いから連れてってくれよ。そしたらあっという間に元通りだぜ」
その言葉を聞き2人にしばし沈黙が訪れる。緊急事態に頭の処理が追い付いていないのだろう。そして……
「「やったああああああああああああ!!!」」
「「「うわぁあああ!?」」」
突如2人は口から光線と超音波を出しながら叫ぶ。それによりカウンターに置かれた酒瓶やジョッキは超音波で砕け散り、天を仰ぎながら叫んで飛び出した光線が天井に大きな穴を開通させがアルヒテクアさんの店は大惨事となる。
「俺達の宝物が戻るのか!」
「こんなに幸せな事はない!」
「ダアアアアアアアアア!」
「ラアアアアアアアアア!」
2人はよほどうれしいと見えて所かまわず叫び能力を発動する。
「兄さん! 気持ちはわかりますけど落ち着いてください!」
「ぎゃははははは!!!」
「ははははははは!!!」
「もう! ~~~~♪!!」
「「はふう……」」
暴れ出して手のつけようがない2人をグアリーレさんが歌い気持ちを落ち着かせる。
「がっはっは! 随分面白い奴らじゃないか! 気に入ったぜ! よっしゃ! 明日の決起会兼ねて祝杯を上げようや! 賑やかにやろうぜ!」
「「「おおおおおおおお!!」」」
その後も光線あり、竜巻あり、超音波ありの派手な宴は夜にまで及び、僕らは明日に延期になった王宮奇襲作戦の為に早めの眠りについた。
ここまで読んでくださりありがとうございます! ニコニコ大元帥です!
歌には人を癒す力があると思いグアリーレちゃんの能力がああなりました! 人魚の歌声。素敵ですね。死ぬ覚悟があるなら聞いてみたいです(笑)
次回は王宮へ! ……の前に武動音破君の過去話となります!
次回もよろしくお願いします!