第1章 第3話~芸笑の過去、鉄の掟とは~
「ただいま!」
「お! 鉄操ちゃん! 大丈夫か!? 街の方から凄い爆音がしたぞ!」
僕は2人を連れてアルヒテクアさんの店へとやってきた。ここならアルヒテクアさんやTREのお客さん達もいて安全だし、何よりしっかりとしたお礼をしたかったしね。
「僕は大丈夫だよ。それよりもアルヒテクアさん! 紹介したい人がいるんです!」
僕は2人にお店の中に入ってもらう。するとアルヒテクアさんをはじめ、店中の人が一斉に女の子の方を見つめた。
「て、鉄操ちゃん……? まさかその歳で結婚相手を連れてくるとは……」
『奏虎君! 結婚するのかい!? おめでとう!』
『おお! 可愛い子じゃないか! 奏虎ちゃんも隅に置けないなぁ!』
「シュフンハイト! 赤飯の準備だ! 今日は宴にするぞ!」
『「「おおおおおおおおお!!」」』
「ちょ! ちょっと待ってよみんな!?」
僕の話を聞くことなくどんどん話が明後日の方向に向かっていってしまう。空いたグラスをフォークで叩いて楽器代わりにする人や、店に備え付けてあるピアノを弾く人。何故か誕生日の歌を歌う集団など、店内は大騒ぎのお祭り状態になる。くそ……! これだから酔っぱらいは……!
「か、可愛い……! それに結婚やなんて……!」
当の本人は顔を真っ赤にして俯いてしまう。ああああ! ご、誤解しないで……!
「ま、まずい! 落ち着け芸笑!」
そんな中、青年は焦った様子であたふたしている。一体何を焦っているのだろうか? すると、彼女を中心に小さな竜巻が発生し、店内のテーブルや食器を巻き込み始める。
『おお!? なんだ!? 店の中に竜巻が!?』
『ぎゃあああ!?』
「み、店が壊れる!?」
竜巻の近くにいたお客さんは竜巻に飲み込まれ2階の吹き抜けまで吹っ飛んだり、竜巻によって巻き上げられた椅子が頭部に激突したりと祝杯モードから一転、店内は阿鼻叫喚の地獄絵図に早変わりしてしまった!
「皆さん聞いてくれ! ここにいる芸笑旋笑は「気持ちの昂りで竜巻を発生さるTRE」なんです!」
気持ちの昂りで竜巻を発生させるTRE? 気持ちが昂ると竜巻が起きてしまうということか! だとしたらみんなに茶化されているこの状況に照れてしまっているから竜巻が発生してしまっているのか……!
『一体どうすれば!?』
『兄ちゃん! なんか策はないんかい!?』
客達はテーブルにしがみつきながら青年に助けを求める。
「こいつの悪口でも言って気を紛らわしてください!」
『わ、わかった! えっと……』
『ぺったんこ! ぺちゃぱい! まな板……ぶへぇええ!?』
「なんやと!? もういっぺん言ってみぃ! ワイのはまだ成長途中なだけや!」
自分の胸をバカにされた女の子は激昂し、罵倒した客にマウントしながら顔面を何度も殴っていた。そうして数十発程殴っているうちに竜巻は収まる、ふう……とりあえずは収まったか……
『流石鉄操君の彼女だ……』
『見どころが違うねぇ……』
「ふ、ふたりとも! とりあえず僕の部屋に来てください!」
これ以上この場にいると、また茶化されたりして女の子が能力を発動しかねない。僕は2人の手を引き、急いで3階に駆け上がる。そして部屋に入り、2人が部屋の中に入った事を確認すると急いでドアと鍵を閉める。
「はぁ! はぁ! ご、ごめんなさい! みんなには後でしっかり言い聞かせておくから」
「おう! 気にすんな!」
「あのハゲぇ……顔覚えたからな……」
僕はとりあえず2人を床に座らせ、息が整うのを待ってから話し始めた。
「それでは改めてお礼申し上げます。先程は危ないところを助けていただきありがとうございます」
とここまで続けたところで女の子と青年が顔を見合わせ、一瞬間を置いた後に笑い出た。ん? 何かおかしいところでもあったかな?
「固い! 固いなぁ!」
「え?」
「あんた歳はいくつよ?」
「僕? 僕は17歳ですが……」
「なんだ俺達と同い年じゃねぇか!」
「ワイらより年下に見えたけど同い年だったんやな!」
「そ、それが何か?」
「敬語で話す必要ないだろ! タメ口でいいぜ!」
「え? た、タメ口ですか……?」
「ああ! 同い年に敬語使われるのなんかムズムズするんよ。せやから敬語禁止!」
ここだけの話、僕は友達というものが居なかった上に音楽演奏の時の団員や共演者は皆年上の人だった。そのため敬語を使う機会が多かったから、敬語で話すのに慣れており、逆に同世代の人……しかもタメ語で話すのは全くと言っていいほど慣れていない。けど目の前の2人はそんな僕の考えなどつゆ知らず、さあ言ってごらん? という顔をしていて今か今かと待っている。
「わかった。タメ語で話すよ」
僕は観念し両手を広げて降参のポーズをする。その言葉とジェスチャーに満足したか2人は満面の笑みを浮かべ、僕は話の続きを始める。
「それじゃ話を続けるよ。さっきは危ないところを助けてくれてありがとう。あ、自己紹介がまだだったね。僕の名前は奏虎鉄操。よろしく」
僕が改めて感謝の意を述べて握手を求めると、2人とも快く握手を返してくれた。女の子の手のひらは柔らかく、青年の方の手のひらは固く厚かった。そして僕の自己紹介が終わると、2人も続いて自己紹介を開始した。
「ワイの名前は芸笑旋笑! 元お笑い芸人や!」
「俺の名前は武動音破! 元武術の国出身の武術家だ! よろしく!」
2人の自己紹介が済み、お互いの名前と出身がわかったところで僕は2人に質問を開始した。
「武動君に質問いい?」
「おいおい。君付けもしなくていいぜ」
「え? あ、うん。それじゃ武動? 君の能力って何?」
見たところとてつもない攻撃力を持ったTREなのはわかったけど、僕は一体どんな能力なのか気になって詳細に知りたくなった。
「お? 俺の能力に興味があるのか? いいぜ教えてやるよ! 俺は「大気を殴って衝撃波を生み出すTRE」だ!」
「衝撃波?」
「その通り!」
笑顔で空を殴る動き2回行う武動。その動きはまるで無駄のないフォームで、その拳は僕の目ではとても目で追えない速度だった。
「俺が能力を使った時の事覚えてるか?」
「ええっと……確か手を伸ばし切ったところで何もない空間にヒビが入ったような。それに凄い音がしていたよね?」
「その通りだ。衝撃波の正体は音と空気の振動だ! なんかよくわからないものが出ているとか夢物語じゃなくてな! いや、超能力自体が夢物語みたいな話だったな! がっはっは!」
音と空気の振動……成程。大気にヒビが入ったのは空気を揺らすためで、あの爆音は音の振動を生み出すためだったって事か。
「芸笑の能力は……さっき言っていたね。気持ちの昂りで竜巻を起こすんだっけ?」
「そうや! だからワイは能力を発動するときは笑って気持ちを昂らせるんや!」
「それってもしかして嘘笑い?」
「言い方悪いけどそうやな。戦いの最中にマジで笑えるほどワイは戦闘狂やないしな」
芸笑さんの言う通りだ。戦いの最中に本気で笑うなんてそれこそマンガの登場人物のような戦闘が大好きな人じゃなきゃ無理だ。あ、そういえば……
「芸笑は元お笑い芸人って言っていたよね?」
「ああ! そうや!」
「なんで芸笑はTREになってしまったの?」
「「………………」」
僕の質問に2人は黙り込む。芸笑は苦笑いをしてバツの悪そうな表情を浮かべながら両手の指を絡ませ合う。その様子を察してか代わりに武動が口を開く。
「奏虎。TREってのはどうやって生まれるか知っているのか?」
「え? その人の宝物を奪われたりした時の感情が爆発して……あっ!」
「気が付いたか? TREになった奴はみんな辛い思いをしてるんだ。だからおいそれとそんな事聞くもんじゃねぇぜ?」
「ご、ごめん……」
確かに言われてみればそうだ。仮に僕が楽器を奪われてTREになっていたとしたら、その時の辛い経験などポンポンと他人に話したりするような事はしないだろう。これは完全に僕の不注意だ。
「ええよ。むしろ良くぞ聞いてくれた。ワイは気を使われていらん同情や気遣いをされるのがあんまり好きじゃないんよ。だからこうして聞いてくれてワイを理解してくれようとしてくれた人は殆どいなかったから嬉しい。せやから奏虎に武動。あんたら2人にはワイがどうやってTREになったか教えたる」
芸笑は一呼吸おいて話し始めてくれた。
「ワイは笑いの国出身のお笑い芸人で、デビューしてからまだ3年しかたってない若手やった。でも当時は期待の大型新人って言われとって、国中で引っ張りだこの人気お笑い芸人やったんやで?」
芸笑はムフーと鼻から息を噴き誇らしげに胸を張っていた。
「国で大ブレークして国外でも公演しとったワイはイケイケやった。けどそんな時に真王の奴が現れたんや」
「真王? 一体何で?」
「ワイもわからんかった。なんでも探し人がいるらしくてな」
探し人……そういえばさっきの宝狩り部隊の人間もそんな話をしていた。僕を油断させるための嘘話かと思ったけど、どうやら本当の事だったようだ。
「ワイも運がなかった。有名になったからこそ奴らに目を付けられて拘束された。そしてワイは奴らに笑いを捨てろと言われたんや」
「笑いを捨てろ? それは笑いを奪われたって事?」
「そうや。ワイに笑い活動をするなと言って来たんや」
「え……? そんなのその場で適当にいえばどうにでもなるんじゃ?」
お笑い活動をするななんてもはや口約束のレベルだ。その場では従うフリをしてしまえば良いだけの話じゃ……?
「そう。ワイもそう思った。だが事はそんなに単純な話やなかった」
芸笑さんは話を続ける。
「その場にいたのが真王だけやなくて真王の息子と孫がおったんや」
「息子と孫?」
「そうや。問題なのは孫の能力やった。奴は「相手を鉄の掟で縛るTRE」やったんや」
「鉄の掟……? っ! 鉄の掟だって!?」
僕は思わず身を乗り出して芸笑に詰め寄る。鉄の掟……その言葉はこの前アルヒテクアさんが濁した言葉だったのだから。
「芸笑! その話詳しく聞かせて!」
「な! な! な!」
「どうかしたの芸笑? 早く話の続きを……」
芸笑は顔を真っ赤にして目を丸くしていた。一体どうしたのだろうか? 早く続きを聞かせてほしいのに……
「あ~……奏虎? いくらその話に興味があるからっていくら何でも近すぎるんじゃないか?」
「え……? あっ!」
武動に言われて気が付いたが、僕と芸笑の顔の距離は30㎝ほどにまで接近していた。あまりにも気になり過ぎて芸笑に近寄り過ぎた! こんなところを見られたら誤解され……
「お~い! 鉄操ちゃん! お友達に飲み物と食べ物を……」
「ア、アルヒテクアさん……!」
「あ~……差し入れはここに置いておくぞ。すまん! 邪魔したなお2人さん! ごゆっくり!」
アルヒテクアさんは部屋の入り口付近に軽食を置いた後、僕に親指を立てて満面の笑みを向けながら部屋を出ていった。
『あんた? どうしたんだいそんなにニヤけて?』
『シュフンハイト! 鉄操ちゃんがあの女の子とチューしようといしてたんだ!』
『なんだって!?』
「「………………」」
下の階からはアルヒテクアさんとシュフンハイトさんの会話が聞こえてくる。その会話を聞いて僕と芸笑は顔を真っ赤にして茫然と俯く。あの2人……! あとできつく言ってやる!
「ふむ。俺も気を使って部屋からいなくなってやるか」
「ぶ、武動! 余計みんなが勘違いするからどこにも行かないで!」
「そ、そうや! あんたもここに居てくれな!」
「了解した」
武動の店の人達のようなニヤニヤ顔が少しイラッと来たけど、そこは取り合えず無視して芸笑の話しの続きを聞くことにする。アルヒテクアさんの差し入れのお菓子や飲み物に手を伸ばし、僕と芸笑は一旦気持ちを落ち着かせ、会話が再開した。
「鉄の掟……まぁそのまんまやけど、一度そいつと鉄の掟を結んでしまうと、そいつが解除するまでその掟に縛られるっちゅうもんや」
「鉄の掟で縛る……それは具体的にはどれくらいの力があるの?」
「絶対的パワーや。例えば水以外飲んじゃダメって約束したら本当に飲めなくなるし、呼吸禁止って約束したら勿論呼吸できなくなる。そん位の絶対的パワーや」
「そこまでの影響力があるのか……それは確かに厄介だね。ってことは芸笑が約束させられたのは……」
「そうや。お笑い活動及び、お笑い芸人を辞めるっていう約束や」
「でも、その場で鉄の掟を結ばなければいいんだよね?」
「うん。鉄の掟はお互いが了承しなければ完全な能力が発動しないっていう条件があるみたいなんや」
互いが了承……つまりお互いがその約束でOKしないと鉄の掟が成立しないってわけか。それほど強力な能力だから流石に無条件でってわけにはいかないのか。
「お笑いが出来なくなるくらいならワイは死んだ方がマシやとそいつに言ってやったんや。でもそんな事は奴らも想定していたらしくてな。あるものを用意しておいたんや」
「あるもの? それって一体……?」
僕の問いに芸笑は言葉を詰まらせる。目を泳がせ何かをこらえるような表情をして、数秒の間を置いた後、ゆっくりと言葉を発した。
「人質や」
「そんな……なんて卑劣な奴らだ……!」
「しかもただの人質やあらへん。その場に集められた人達はみんなワイのファン達やった」
「ファン……それは芸笑のお笑いの……」
「そうや。ワイのお笑いが好きで、ファンクラブまで作ってくれていたワイの大切なファンの人達や。奴らそんなファンのみんなを拘束し銃を向け、ワイがその場で鉄の掟を結ばなければ射殺すると言ったんよ。だからワイ……」
芸笑の顔からは笑顔が消え、瞳には涙をためて言葉を詰まらせている。大切なファンを人質にされて、鉄の掟を結ばなければ殺される。やることがとことん卑劣な奴らだ。アルヒテクアさんが覚悟しておけと言っていたのはこういうことか……
「芸笑……」
「え……?」
僕はポケットからハンカチを取り出し、芸笑の頬をつたって流れ落ちる涙を拭きとり、肩に手を乗せる。
「ごめん。辛いことを思いださせて……でも芸笑の事が知れてよかった。ありがとう……」
「奏虎……ありがとう」
芸笑の顔には笑顔が戻る。その満面の笑みはとても眩しく天使のような可愛らしく無邪気なものだった。僕の心臓は鼓動を速くし、少なくとも1秒間に7回は心臓が脈打っていた。顔は火照り汗も噴出してくる。可愛い……思わず見惚れてしまう。
「あ~……ゴホン!」
その時、武動の咳払いの音で我に返る。そして冷静に今の状況を見てみると、また勘違いされてもおかしくないわけで……
「そうだ鉄操ちゃん! お友達2人に今日は泊まって……いって……」
そしてまた丁度いいタイミングでアルヒテクアさんが部屋を覗いてくるわけで……
「あ~……その……ごゆっくりぃ!」
アルヒテクアさんの事だ。絶対今の状況をお店の人達に言うだろう。絶対にまた茶化される……どうして僕はこんなにも運がないんだろうか……?
「やっぱり俺どっか行っとくわ。お邪魔だろうからな! イヒヒ!」
「ま、待って! お願いだからどこにも行かないで!」
「そ、そうやで! ワイどうにかなっちまいそうや!」
「えぇ~……お邪魔しちゃ悪いよ~……」
「そ、そうや! まだ話には続きがあるんや! 最後まで聞いてぇな!」
今度は芸笑が強引に話を切り出す。
「ワイは奴と鉄の掟を結びお笑い活動が出来なくなった。ネタを考えようとすると頭が割れそうになるし、ネタを話そうとすると口を縫い合わせたように開かなくなる」
「それが鉄の掟の力か……」
「そうや。だけどそこまでされたのにワイは能力が発動しなかったんや」
「え? 大切なお笑いを奪われたのに能力が発動しなかったの?」
「うん。真王や孫も驚いとったがワイも驚いた。お笑いが出来ないって言うのに能力が発動しないなんてまるで……」
「お笑いが……芸笑にとっては宝じゃなかった。ってこと?」
「そうなるな。そして能力の発動しない者なんて仲間にする価値も何にもないと判断した奴らはワイと人質を解放した。ご丁寧にお笑い禁止の掟はそのままにしてな」
「酷い……そんなのあんまりだ……」
「でも逆に良かったかもしれん。その場で能力が発動してTREになっとったら、ワイもファンのみんなも真王に捕らえらとったかもしれへんからな」
確かに芸笑の言う通りかもしれない。その場で強力なTREや役に立つTREになった者は囚われの身になって、真王の下でこき使われると聞いた。と考えるとTREにならなかったのは不幸中の幸いだったのかもしれない。あれ?
「でも芸笑は今はTREだよね? それはどうして?」
今現在、芸笑は「気持ちの昂りで竜巻を起こすTRE」になっているんだから、今の話だと矛盾が発生している。
「そう。この話にはまだ続きがあるんや」
芸笑はテーブルに置かれた飲み物を飲み干して喉を潤す。
「国中の者達から宝狩りをして、しこたまTREを生み出した後に真王達は次の国へと旅立ったんや。そしてワイは国中をゾンビみたいにただ無心に歩き渡った。そんなワイの目に入ってきたのは生きる気力を無くした者や、無理矢理TREにさせられた者やワイと同じく鉄の掟を結ばされて好きな事が出来なくなった者……国中がそんな人達で溢れかえっていた」
確かにそんなことが起きた後では国中にそんな人達がいてもおかしくない。
「ワイはそんな人達を見て思ったんや。この国中の人達を笑顔にしてあげたい。またワイのお笑いで笑いの渦を巻き起こしたい! そのためには奴らを倒してまたお笑いをできるようにしななあかん! ってな。絶対やってやろうって心が昂ってきた瞬間やった。ワイの体から黄色い閃光が飛び出して、次に目の前に現れたのが……」
「現れたのが……?」
「竜巻や。そん時にワイは「気持ちの昂りで竜巻を起こすTRE」になったんや」
成程。それで理解できた。国中で笑いの渦を巻き起こしたい。そのために真王やその孫を倒すという強い気持ちが引き金となってそういう「気持ちの昂りで竜巻を起こす」能力を持つTREになったというわけか。
「それと同時に気が付いたことがあるんや」
「気が付いたこと?」
「ワイの本当の宝はお笑いじゃなくて人々の笑顔やったんや。ファンのみんなの笑顔、人々の笑顔。お笑いは大好きやけど、ワイにとってお笑いはそれを叶えるための手段に過ぎなかったんや」
「本当の宝はお笑いじゃなくて、みんなの笑顔か……。素敵な宝だね」
「へっへっへ! そうやろ! そしてワイはすぐさま行動をおこした。急いで旅の準備をして真王達の後を追いかけた。急いで奴らを倒してこれ以上犠牲者を増やさないようにしなければと思ってな。そしてその道中でこいつと会った」
「そう俺だ!」
親指を自分の方に向け歯を見せながら笑う武動。2人はそういう経緯で出会ったのか。
「俺は悪党退治に精を出していてな。そんな真王達を許すわけにはいかんから奴らの後を追っていたんだが、その道中で芸笑と会った。こいつ凄い方向音痴でな! 真王達とは逆の方向に進んでいて……」
「ば、バカ! 余計な事言うな! さっさと話せ!」
芸笑は顔を真っ赤にして武動に叫ぶ。逆方向って……いくら何でも方向音痴ってレベルじゃないんじゃ?
「まあいいや。話を続けるぜ。俺は真王を倒したい。芸笑はその孫を倒したい。利害は一致したから俺と芸笑は奴らを追った。だが国に到着する頃には既に宝狩りを終えた後。それでもあきらめずに奴らを置き続けた結果、最後にこの国に行きついた。この最果ての国『ノンビーヌラ』にな!」
「成程……それでこの国に来たのか」
「そして奴らが王宮に居ることは分かったんだが、俺らも少々派手にやり過ぎてな」
「まあワイらの能力はどっちも派手で目立つからな!」
確かに2人の能力は派手だ。芸笑は大笑いする上に巨大な竜巻を生み出すし、武動も大音量の爆音に衝撃波。どちらも破壊力や敵を倒すのには優れているが、隠密行動には程遠い能力だ。
「そんなこんなで真王の命を狙う凶悪な反真王派のTREがいるってんで警戒が厳重になっちまって身動きが取れなくなったんだ。それである作戦を思いついて宝狩り部隊を探している最中に奏虎。お前に会ったというわけだ」
「そうだったのか……。まぁおかげで僕が助かったんだけどね。それで作戦ってなに?」
「古典的な策だが宝狩り部隊の装備を奪って変装して王宮に乗り込むって言う作戦だ」
「成程……確かに古典的だけど効果がありそうだね」
宝狩り部隊の連中はみんな国外から来た者達だから王宮の警備兵達とは殆ど面識がない。だから2人が変装して入っても顔バレすることはないだろう。あ、だったら……
「2人とも。僕もその作戦に協力させてよ」
「「え?」」
2人は僕の発言に首をかしげる。
「僕を人質にして王宮に連れて行けばもっとすんなり真王の前に行けるんじゃない? 芸笑の話を聞く限り、TREにさせられる前は必ず真王とその孫の前に連れていかれるわけだから、より簡単に接触することができるはずだよ」
僕の作戦に2人は黙りながら考え込む。
「確かにそうかもしれないが……その分お前が危険な目にあうぞ?」
「そうやで。仮に失敗したときにあんたは音楽が出来なくなる鉄の掟を結ばれることになるで?」
「その点は大丈夫だよ。僕の宝物は音楽じゃなくてこのトランペットだから」
僕は部屋の隅に置いておいたトランペットを膝の上に持ってきて2人に見せる。
「おお……綺麗な楽器やな」
「こいつがお前の宝物か」
「うん。これはプロになって初めての演奏会を両親と共演することになった時に、両親がくれた楽器なんだ」
「ほう……。両親ってのはさっきの髭はやしたおっさんと酒場にいた美人さんか?」
「ううん。あの二人は育て親。僕の両親は真王の王宮で専属音楽家をしていたんだ」
「真王の王宮で……」
「正直今頃掴まってTREにされているかもしれない。けどもしかしたら監視の目をかいくぐって逃げ出しているかもしれない。だから僕は2人の帰りを家で待っているんだ」
「成程……だから監視の多いこんな時でも危険を顧みずに家に戻っとったってわけか」
「そう。もしかしたら家に帰ってくるかもしれないからね。帰ってきたらこの思い出のトランペットで演奏してあげるんだ。お帰りなさいってね」
「良い願いやな。ってことは……」
「そう。だからこのトランペットがあれば、最悪音楽活動が出来なくなってもかまわない」
腕を組み、口をへの字に曲げながら難しい表情をする武動は真っすぐ僕を見据える。
「でも危険な作戦に変わりはないぞ?」
「失敗する気はないんでしょ?」
僕のその言葉に2人は顔を見合わせ息を吹き出す。
「はっはっは! それもそうだな!」
「よっしゃ! いっちょやったるか!」
その時、びドアが開きアルヒテクアさんが巨大な袋を抱えて部屋に入ってきた。ガシャンガシャンと金属が擦れ合う音がするが中に何が入っているんだ?
「話は聞かせてもらったぞ。鉄操ちゃん……鉄の掟の件は聞いたんだな?」
「うん。聞かせてもらったよ。これが辛い話だったんだよね?」
「それもそうだが、まだもう1つある」
「え?」
「どちらかと言えばそっちの方が覚悟のいる話なんだ。本当は今この場で話してしまおうかと思ったが……大事な作戦前だ。今回の作戦が終わったら話してやる」
「え~……また? まぁいいよ。確かに作戦前に士気を下げるわけにもいかないからね。それでその袋の中身は何?」
「これか! 宝狩り部隊の装備が欲しいんだろ? 2人分用意してあるぜ!」
アルヒテクアさんはそう言ってテーブルの上に食器があるにもかかわらず豪快に袋の中のものをぶちまけた。中身は宝狩り部隊の服装で、鎧や内着や武器などの一式が揃っていた。
「アルヒテクアさん? これどうしたの?」
「これか! この前店を襲撃してきた奴らがいただろう? そいつらからかっぱらったんだ」
「おお! これはありがたい! ありがとうございます!」
宝狩り部隊からかっぱらったというワードにツッコミを入れないあたり、流石武術家というところか? それともノリがいいだけか?
「丁度ええな! よっしゃ! 早速乗り込むぞ!」
「え? 今から行くの!?」
「そうや! 今からや! いつ真王がこの街からいなくなるかもわからんのやで?」
「芸笑の言う通りだ。善は急げ! 乗り込むぞ!」
2人は宝狩りの装備を着ながら話す。確かに彼らの言う通りだ。宝狩り部隊が来てからもうすぐ一か月経つ。そろそろ国中の人間をTRE化し終わる頃かもしれないし、そもそも世界の王がこんな危険な場所にそうそう長居するとも思えない。2人の言い分はもっともだ。
「アルヒテクアさん。行ってきます」
僕も身支度を済ませながらアルヒテクアさんに話しかける。
「おう。本来なら俺が代わりに行くべきだろうが、俺は今までの事やら何やらでTREだってのがバレている。きっと見破られちまうだろう。それに俺は鉄操ちゃんを止めるべきだがここはあえて止めないぜ。鉄操ちゃんも男だしそろそろ自分のやりたいことは自分で決めてやればいい。他の誰からも強制されずにな!」
「アルヒテクアさん……」
「それに将来のお嫁さん候補にもいい所見せないとな!」
「うん! ってアルヒテクアさん!?」
「がっはっは! 行ってこい! 鉄操ちゃん!」
「よっしゃ! いくで2人とも!」
「おう! 今日この日で奴の悪だくみも終わりだ!」
僕と芸笑と武動は店を後にし、この国の中心街の王宮に向かった。
ここまで読んでくださりありがとうございます! ニコニコ大元帥です!
今回は芸笑の過去話がメインでした! 今の芸人さんはお笑いを奪われたらどういった能力が開花するのか? と考えた結果生まれたのが芸笑の能力でした。 実際の人達ならどうなるんでしょうね?
さて! 次回の展開は面白くいきます! 次回もよろしくお願いします!