プロローグ2~能力者の誕生~
「着いた」
「ここが……地球ですか」
私達は『奴』から聞いた情報や今まで行った惑星に立ち寄り情報を得ながらテレポートで旅を続けた。そして体感で三日後のこの日、ついに目的地である地球に到着する。
「思ったよりも綺麗な場所ですね兄さん。全体の約7割位が水で覆われているとは、中々珍しい星……」
「ああ。まるで4万9873番目に訪れた星のようだな」
「はい……。あと2901番目の星と19438番目の星も、ここの星のように殆ど水に覆われたものでしたね」
「ああ……あそこの星の住人は水の中に住む種族だったが、ここの星の住人はどうだろうか……。それにしても……」
「なんですか兄さん?」
「すべての星の事を記憶しているのだな」
「それは兄さんもでしょう」
「ああ。忘れるものか……いや、忘れられるはずがない。どの星も敗れはしたが皆勇敢に戦ってくれた戦友達だからな」
「はい……ここの星はそんな思い出の星にならないことを祈ります」
「ああ。それでは行こうか」
アンティズメンノ・アルダポースがここに記す第9万4891冊目の手記。
地球という星に降り立ち4日経った。
調べた結果、この星の頂点、主導権を握っているのは人間と呼ばれる種族のようだ。彼らは二足歩行で移動し、様々な言語を話す種族だ。さらに地球には彼ら以外に生物がおり、中には四足歩行の毛で覆われた獣や、空を飛ぶ生物、小さな昆虫に、海の中の生物までいるようで、この星はそこまで大きくはないのだが多種多様な生物がいる惑星だ。
それに彼ら人間は建造物や造形物、化学力もなかなかのもので、藁や木だけではなく石などを駆使した頑丈な二階建ての居住場や、馬に貨車をつけて引かせる「馬車」という乗り物に、電気を利用した暗闇を照らす「電球」という照明器具など様々なところで驚かされた。
人間という種族に進化してもうすぐ1800年経つらしく、それほどの月日でこれ程の文明を築くとは大した成長スピードね。
だがその進化スピードとは裏腹に彼らの性格……人間性とでも言おうか。その人間性は少々悪い。欲深く、傲慢。怠惰で業が深い上に相手を陥れたり、だましたり、恨み続けたりと様々な面で醜いところがある。裏を返せば感情豊かということだけども……。今思うと、今までの星の種族の方達は皆素直で良い方ばかりだった。
だが人間という種族の性などはこの際どうでもよい。問題は『奴』を倒せるかどうかなのだから。
「やっと見つけた。あなたがこの星の王か」
この星に降り立って4日後の夜。地球上をほぼ不眠不休でテレポート移動し続け、この世界を統べる王がいるという王宮へと到着した。
『な、なんだ貴様ら!?』
『どこから入ってきた!?』
『貴様! 王に近寄るな!』
王宮内に到着し王座の間にテレポートをすると、巨大で煌びやかな王座に老人の男性が座っていた。その老人は白馬の毛のように真っ白な長い白髪に、弦楽器の弓のように真っすぐと整えられた白鬚を蓄え、暗闇でもその存在がわかるような美しく光り輝く白ローブを纏っており、ここに来るまでに見たどの国の王達よりも高価な見た目と装飾品、そして気品あふれる雰囲気を出していた。間違いない。彼がこの地球と呼ばれる星の王だ。
「兄さん? いくら何でも強引すぎでは? 彼らは皆驚いておられます」
「多少強引でもいい。無駄な時間を掛けたくないからね」
兄さんは近衛兵の牽制や警告など一切聞き入れず王に近づく。
『銃を構えろ! 発砲を許可する!』
王を警護する兵の中でもとりわけ体格も良く装備も厚い男が兵全員に指示を出す。彼がこの兵達の隊長か? 指示を受けた兵達は肩にかけていた木材と金属で出来ていて、先端は穴が開いている筒のような物をこちらに向けてくる。先程隊長らしき男が言っていた「銃」と呼ばれる武器か。
『放てぇえええ!』
『「「うおおおおおお!」」』
玉座に響き渡る叫び声と共に兵達が一斉に攻撃を開始する。武器の先端から火花が飛び出し、爆音が鳴り響いたかと思うと先端がやや尖った小さい金属の塊が凄まじい速度でこちらに迫ってきた。
「おっとっと」
『な、なんだ!?』
『銃弾が当たらない!?』
『どうなっているんだ!?』
だがこの攻撃は私達に届かない。兄さんが能力を発動し、私達2人の周りにテレポートの層を作ってくれたからだ。この絶対防御の前にはありとあらゆる攻撃が一瞬で別次元へと飛ばされ無力化される。
『ひるむな! 皆の者! 全弾撃てぇ! 弾が切れたら順次装填し、奴らが反撃する隙を与えるな!』
『「「うおおおおおおお!!!」」』
再び攻撃が開始された。部屋の中にいる近衛兵100人が一斉に私達めがけて先程の武器で攻撃してくる。銃の中の弾というものが無くなると、腰の袋から新たな弾を取り出して銃に込める。そうして彼らは絶え間なく私達を攻撃する。それにしても銃からする轟音と煙、匂いと来たら……正直かなりの苦痛だった。
「やれやれ……」
「いかがいたしますか兄さん?」
「気が済むまで攻撃させてあげよう」
「はい兄さん。それにしても五月蠅くて匂いますね」
「わかった。ちょっと持っていろ」
兄さんは更に能力を上掛けした。直後、轟音が静寂に変わり、鼻に突く匂いは香しい花の匂いへと変わった。きっと爆音をテレポートで遮断して、強烈な刺激臭を昨日見つけた美しい花畑の空気をテレポートで交換してくださったのね。
「ありがとうございます兄さん」
「いやいや。これくらい大したことないさ。僕も少々気になっていたからね。それにしても……」
兄さんが視線を近衛兵が携帯している武器に向ける。
「建造物と言い、文化と言い、彼らが持っている武器と言い、ここの星の種族の文明には驚かされるね」
「はい。正直この星のテクノロジーを舐めていました」
いままでの星の衣食住といえば、住居は木で組んだ家や土を固めた家や洞窟に住んでいたり、木の上に住む種族やそもそも家を持たない種族もいた。食事は動物の肉や魚。昆虫に木の根や光合成で済ます種族もいたし、衣服に至ってはほぼ裸同然の種族や布を纏う程度。しかしこの星の種族は違う。
木材や鉄筋を土台に、レンガと呼ばれる石やコンクリートと呼ばれる液体を巧みに使用し、丈夫なだけでなく造形美にもこだわった居住を建てたり、食材を加工し、調味料を使い、味わいを増し、さらにそれを長期にわたり保存する技術。更には綿や絹などを巧みな技巧を用いて色とりどりの美しい服を生産している。 武器に至っても、槍や刀でも、超能力を使用したわけでもなく、これほどまでに高度な武器を作っていたりと、今まで見てきた星の中でも最も高い文化とテクノロジーを持っているようだ。
「超能力を使用していないのにこれほどの力を持っているのだ。さらにここに超能力が加わると思うと……今度こそ『奴』を倒せるかもしない……!」
兄さんはまるで少年のように目を輝かせている。無理もない。無能力者とはいえこれ程の兵器を保有した種族にさらに超能力が加わろうとしているのだ。兄さんの気持ちもわかる。
「さて、それではそろそろ話を進めようとするか」
兄さんは能力を発動し、兵の持っている武器をテレポートで消し去った。かつてない状態に陥った近衛兵達は動揺し固まっていた。
『ひ、ひるむな! 突撃しろ! 抜剣!』
『「「うおおおおおおおおお!!!」」』
それでもなお戦意を喪失していない兵達は隊長の命令を受けて腰に携帯している剣を抜き、決死の覚悟で私達に突撃を仕掛けてくる。
「やれやれ……」
兄さんはため息交じりに右手を上げた。直後突撃を仕掛けてきた近衛兵が全員姿を消す。
「話が進まない。少しご退出願おうか」
『うわあああああ!? 仲間が消えた!?』
『こいつ……! 仲間を消しやがった……!』
『化け物だ!』
「殺したのではない。王宮の外に移動しただけだ」
兄さんは落ち着いた口調で話すが、目の前で仲間が消えたのだから取り乱すのも無理ない。
「兄さん? 少し強引すぎるのでは?」
「言っただろう。僕らには時間がない」
兄さんは恐怖と絶望で床に尻もちをついて座り込んでいる兵達に見向きもせず、玉座に座っている王へと近寄る。そして手を伸ばせば届きそうな位置にまで接近すると、兄さんは軽く頭を下げ一礼する。
「王よ。急な訪問申し訳ありません。私の名前はメタスターシ・アルダポースというものです」
兄さんの問いかけに汗ひとつ見せずに耳を傾ける王。流石地球の王と言われるだけの事はある。大した落ち着きぶりね。そして兄さんの問いかけに今度は王が口を開く。
「そんな挨拶などどうでもよい。貴殿のその野心に満ちた目が気に入った。単刀直入に聞こう。目的はなんだ?」
その眼は兄さんにも負けない野心の光を感じた。地球の王だというのにこれ以上の何を望んでいるのか。それに地球外から来た異邦人に、圧倒的能力と力の差を見せつけられたというのにこの落ち着きよう……。この王からは何か危険なにおいがする……。その不敵な笑みにつられてか、兄さんも笑みを返し言葉を続けた。
「王よ。大切なお話があります」
「どのような話だ?」
「ここでは申し上げづらいので別室で」
「よかろう。私だけでいいのか? 他の国の王など呼ぼうか?」
「はい。是非」
「それでは一週間ほど時間をくれ。直ちに招集する」
「いえ。その時間が惜しいです。場所を教えてくだされば、ご一緒にテレポートすることが可能です」
「ほう……その能力……是非とも欲しいのう」
「ふふふ……それも含めて色々お話がありますので」
「よかろう。早速行こうか」
アンティズメンノ・アルダポースがここに記す第9万4891冊目の手記。
今日だけでかなりの事が進んだ。
兄さんがこの世界の王である真王と共にテレポートで飛び回り各国の王を集める。この地球には様々な王がいるということが分かった。各国の王達は様々な種類の王で分けられており、食の国の王や武の国の王。建築の国の王や発明の国の王などが存在し、その全ての王達が真王の王宮に集められ、真王と兄さん、そして私を主に会議が開かれ、話し合いが行われた。
最初王達は皆疑っていた。本当に地球外から来たのかと質問してきたが、兄さんの能力を披露したり、医療の国の王に私達の血液を与え、地球人のモノとは異なる遺伝子構造を持った種族だと証明すると、皆納得し話を聞き始めてくれた。
私達は全てを話した。『奴』の事、自分達の事、能力者の事、そして今までのタイムテレポートの事。全てを包み隠さず伝えた……。
中でも真王が興味を持ったのは能力開花の話と今までの星の話だった。どうやったら能力者になるのか、どれくらいの星がこの宇宙にいるのか、入念に何度も聞き返して来た。その眼は何かを考えている目だった。
「さて……それでは本題です。『奴』を倒すための核となるお話です」
「ほう……それは何か強力な兵器の製造方法か?」
王宮内に設けられている会議室には巨大な大理石で出来た円卓が置かれており、座っている各国の王達の目の前には軽い食事と飲み物。そして私達のカルテや簡単な資料が置かれ、王達はそれらに目を通しながら我々の話を聞いていた。
「いえ、あなた方人間が兵器になるんです」
「何……?」
兄さんのその発言に真王をはじめ各国の王が顔を顰めた。強力な兵器の製造法や『奴』の弱点などの話を想像していただろうに、出てきた言葉は「あなた方が兵器になる」という何とも奇妙で意味深な言葉だったのだからそれは当然の反応だろう。
「メタスターシ殿。貴殿は何を言っているのだ?」
『そうですぞ。我々に特攻をさせる気か?』
『我々に爆弾でも括り付けて死ねというのか?』
「言葉足らずでしたね。実際にご覧に入れましょう。真王。誰か人をよこしてください」
「実験台か。よかろう。少し待って下され」
真王は近衛兵の隊長に何かを合図する。数分後、鎖につながれたみすぼらしい男が会議室に入ってきた。体の汚れや痩せこけ浮き出た頬、手足に枷が付いているところを見ると、恐らく囚人か奴隷だろう。
「メタスターシ殿。奴を使ってくれ。なに、人殺しの死刑囚だ。死のうが殺そうがどうなろうと構わない」
「いえ真王。彼は死ぬことはない。アンティズメンノ。よろしく頼む」
「はい兄さん」
私は兄さんに言われ囚人の前に歩み寄る。
「ぐへへへ! いい女だなぁ! おい姉ちゃん! 俺とイイ事しようぜ! げへへへ!」
私の体と顔を舐めまわすように見る男。正直いい気分がしないので気が進まない。だが兄さんの面子もあるので私は渋々男の眼前に手のひらをかざす。
「お? なんだ姉ちゃん? お前も満更じゃ……」
「はぁ!」
「ぐっ!? ぐおおおおおお!?」
私は意識を集中し力を込める。すると男の体は青白い閃光に包まれはじめ、王達は眩しさのあまり目を背ける。そして10秒程経つと閃光が少しずつ収まり、20秒後には完全に光は消え失せ、再び男の体全体がはっきりと我々の前に現れる。
「メタスターシ殿? 一体何が起きたのだ?」
「そうですね。そこの男。何か体に変化はないか?」
「あ? 体の変化だ?」
兄さんに声を掛けられ、囚人の男は首をかしげながら体中を左右上下に動かし始める。
「何かって言われてもなぁ……イマイチピンと来ないぜ」
だが、男はふとあることに気が付いて自分の手のひらを見つめる。
「そういえば……気のせいかわからねぇが、手の平がピリピリ熱いな」
「ほう?」
その言葉に兄さんは少し笑みを浮かべて、改めて男に話しかける。
「男。手をかざしてみろ」
「あ? なんで?」
「いいから……言う通りにするんだ」
囚人の男は言われた通りに誰もいない壁に手をかざす。
「頭の中で手の平から炎が出るイメージをするんだ」
「手の平から炎を? お前頭大丈夫か?」
「いいから。言われた通りにやってみろ」
囚人の男は疑心半疑のまま目を閉じイメージを固め始める。すると男の手の平が燃え始め、王達が驚きの声を上げた瞬間、手の平の炎は火球となって飛び出した。壁に激突した火球は壁を溶かし、部屋の外の廊下を貫通し、更にその奥の壁を溶かした。そうしてぽっかりと開いた穴からは外の景色が見えるようになる。
「おお! メタスターシ殿? これはどういうことだ?」
『奴の手の平から炎が!?』
『ま、まさか奴は……!』
慌てふためく王達。流石の真王も目の前で起きた現象に目を見開いていた。囚人の男に何が起きたのか。その答えを発したのは王達でもなく、兄さんでもなく、火球を放った本人だった。
「な、なんだ!? 俺の手から炎が!? もしかして俺は超能力者になったのか!?」
男は確認のためもう一度能力を発動し、再び壁を吹き飛ばした。そして自分の仮説は夢でも幻でもなく、正真正銘自分は超能力者になったのだと確信した男は歓喜の声を上げる。
「ぎゃははは! 俺は超能力者になったんだ! しかも炎を出すなんて俺にぴったりの能力じゃねえか! イヒヒヒヒ!」
男はひとしきり笑った後、能力を発動して自身を拘束している枷を炎で破壊し、自由の身となる。そしてゆっくりと振り返り不敵な笑みを浮かべながら真王や王達を見つめる。その手には火が燃え盛り、燃え上る火柱はどんどん勢いを増していく。
「よくも俺を牢屋になんかぶち込んでくれたなぁ……。どういうつもりか知らねぇが俺に炎を出せる超能力をくれたのはありがてぇや。この恨みは晴らさせてもらうぜ」
そんな男の言葉を聞いた王達は顔面蒼白になる。何人かの王は立ち上がり、座っていた椅子の背もたれに身を隠す。当然近くにいた近衛兵が男を取り押さえようとするが、男は火球を放ち、兵は全身が黒く焼け焦げ絶命。会議室は鼻を覆いたくなる人間の焼けた匂いが充満し始め、会議室は混乱と怒声でパニックになる。
『メタスターシ殿とやら。随分とひっかきまわしてくれたな』
武の国の王が纏っていた上着を脱ぎ去り、屈強な肉体をさらして男を倒さんと立ち上がる。
『そうですぞ! 奴は各国の重要拠点や重要文化財などに火を放ち、1000人もの人々を焼き殺した上に、この王宮にも火をつけようとした死刑囚ですぞ! そんな男をあろうことか火を放つ超能力者にしてしまうなんて!』
『これがあなたの見せたかったものか!』
そんな王達を尻目に兄さんは冷静に男を観察している。燃え上る炎の勢い、破壊された壁、焼け焦げた近衛兵……何度も何度も繰り返し見返す。
「アンティズメンノ……どう見る?」
「はい兄さん。このパワー……歴代最高火力かと思います」
覚醒したばかりの状態だというのに壁を一瞬で融解し、近衛兵を焼死させるこの力。以前までの星の精鋭の戦士でもこれ程の火力と破壊力を生み出すのに数年の訓練を積んだというのに。
「これは素晴らしい! これ程の力を引き出せる種族とは!」
兄さんは満面の笑みで男に近づく。
「なんだオメェ?」
「僕の名前はメタスターシ・アルダポース。宇宙から来た者だ」
「宇宙だぁ? お前、頭おかしいんじゃねぇのか? ……と言いたいところだが、俺をこんなにしたって事はあながち間違いじゃなさそうだな。どれ。俺に能力をくれた礼と地球に来た歓迎の意をくれてやるよ!」
男は少し要領を掴んだのか先程よりも大きく熱い火球を放つ。だが兄さんは表情一つ変えずにこれをテレポートでどこへ飛ばし消し去った。
「なっ!? てめぇも能力者だったのか! くそっ!」
男はやけになってやたらめったら火球を飛ばす。要領を掴んだとはいえそれは威力だけの話で、繊細なコンロトールはまだできないと見える。火球は兄さんを逸れて王達や近衛兵、私にも飛んできたが、それらも全てテレポートで消し去り守ってくれていた。
「男、話を聞くんだ。君の能力では僕には勝てない」
「ちっ! どうやらそのようだな。ここは一旦逃げさせてもらおうか! 折角超能力者になったんだからな! 外で思う存分楽しませてもらう!」
男は直感で兄さんに勝てないと判断すると、先程自分の開けた王宮の外に通ずる穴から立ち去ろうとする。そんな男の行動を見て王達は血相を変えて兄さんに詰め寄り喚き散らす。
『メタスターシ殿! 奴を止めろ!』
『そうですぞ! これ以上被害を広げてはなりません! 奴をとらえて……いや殺してください!』
『その通りだ! 超能力者なんて誰にも止められない! この場で殺してください!』
王達はしきりに兄さんに男を殺すことを懇願する。だが兄さんは中々行動を起こさない。妹であり、いままでの出来事を知っている私には兄さんが迷う気持ちがよくわかる。確かにこの男は凶悪な犯罪者な上に超能力者になり、その能力を凶悪犯罪に使うことは明確。だがそれと同時にこの男は歴代最高の能力者。訓練すれば『奴』を倒すかもしれない最高の戦士になる可能性があるのだから兄さんが揺らぐのは無理ない。囚人が立ち去ろうとする中、行動を起こせないでいる兄さんに真王が提案する。
「メタスターシ殿。今、この場で奴を殺さなければ、我々は今後一切貴殿には協力しない。それが嫌ならば今すぐ奴を殺してくだされ」
「……わかりました。それがあなた方の意思ならばお聞きしましょう」
真王の言葉に兄さんは渋々行動を起こし、テレポートを使用し囚人の前に出現する。あと一歩で外へと通じる穴から脱出できるというのに、兄さんに行く手を阻まれた囚人は苦虫を噛んだような顔をしながら身構える。
「非常に残念だがあなたには消えてもらう。さようなら」
兄さんは右手の指をパチンと鳴らした。直後男は音もなくその場から消え失せる。
「消えた?」
『メタスターシ殿! 奴はどこに行ったのですか!?』
あまりにも急な出来事に戸惑う王達に兄さんは今自分がしたことを説明し始めた。
「あれ程の力を持った素晴らしい人材を殺めるのは気が進みませんが、あなた方の協力を得られなくなることは避けたい。そこで敬意を表して地球の隣にある金色に輝く美しい惑星に飛ばしました」
『金色……? まさか金星の事か!?』
「金星というのですか。大変美しい星でしたが生物が住むにはまるで適さない星でしたね。気温も高く有害な空気、さらに硫酸の雨も降っている。もって1秒が限界でしょう」
『なんと! 金星はそんな環境の星だったのですか! その話詳しく聞かせてください! 大変貴重な資料となります!』
あれ程怒声を上げたり物陰に隠れてパニックを起こしていたのに、学問の国の王と名乗る小柄の男はまるで少年のような目で兄さんに詰め寄り、詳細な情報を聞こうとする。そんな兄さんは苦笑いをしながらも説明を開始した。一方他の王達は皆絶句し何とも言えない表情を浮かべる。兄さんの圧倒的力を前にして恐れているのだろう。それにしても……
「兄さん。やり過ぎでは?」
「ん? 何がだ?」
「今の行動です。殺せと言われたにしても本当に人を殺めるなんて……」
「またその話か。言っただろう。我々にはもうなりふり構っている余裕なんてないんだ。お前だってわかっているだろう?」
「……はい」
「……わかっているならもうこの話はなしだ」
兄さんは冷たい視線を私に向けて王達に話を振り、会議の続きを始める。
「それでは皆様……会議を続けましょう」
アンティズメンノ・アルダポースがここに記す第9万4891冊目の手記。
兄さんの説明を聞き、真王の協力と人材提供により本格的な能力者作成が始まった。
最初は命令を聞かない囚人を能力者にするよりも、こちらの命令を素直に聞く近衛兵達や各国の優秀な人材が能力者になることとなったが、何千人もの人々を能力者にしても最初の囚人の男のような強力な能力者は誕生しなかった。
そこで再び死刑囚が使われることになった。
放火殺人者や鈍器殺人者、刃物殺人者などの危険人物を能力者にしてみると、やはり強力な能力を発現したが、言うことも命令も聞かない上に反逆を起こす死刑囚達に困った王達と兄さんは様々な方法を考えた。
こちらの命令を聞くのであれば罪を軽くしてやるだとか、こちらの命令を聞かなければ兄さんが手を下すだとか、様々な方法が試されたが数日後に死刑執行予定だった者達や、終身刑などの死ぬ覚悟や心の準備が出来ていた者達にはそれも効果を出さなかった。
そして最終的な案としては、発明の国が作成した爆発式首輪だった。命令違反を行った者の首輪が爆発し、死亡するという恐ろしいものだ。しかしこれもあまり成功とは言えなかった。なぜなら比較的言うことを聞く死刑囚は普通の能力者が多く、死んでも真王に報復したいだとか、死んでも本能の赴くまま暴れたいだとか、死んでも真王の言うことなど聞かないだとかいう死刑囚に限って強力な能力者が多かったのだ。
ここで兄さんや王達は何か規則性があるのではという話が出てきた。もしこの規則性がわかれば、強力な能力を保有した上に従順な兵ができる。そう思った兄さん達は明日から兵士や志願兵以外の者も能力者にすると言い出したのだ。
私は非戦闘員以外の者の能力を開花させるのにはあまり気が進まないのだが……兄さんが望むのなら……私は……
明日も早い。今日はここまでにしよう。