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魔王の泉  作者: 白藤うね
3/3

少年との日々

 かくして、外見年齢十歳程度と三十路未満の男女の旅が始まったのだった。何分魔族において外見と年齢は一致しないもの。赤子や老人でもない限り取り合わせに不自然はない。

 とりあえず王城を後にして木々が狂い死んだような森を進み、かつての自宅へとアグニートをご招待した。無残な小屋の残骸より興味を引いたのは湖。その湖面は驚くほど透き通り、淡く光っている。


「これは、魔素の泉か」

「そーそー」

「こんなものがあると知っていれば人間共など・・・」

「あー、金龍のクソッタレは知ってたはずなんだけどね。引継ぎできなかったのかなあ」

「金龍?エンペラストルか」

「知ってるの?」

「俺が殺した」


 ああ、そう。としか答えられなかった私にアグニートは顔色を窺うように視線を合わせてくる。アグニートがクソ金龍から王位を簒奪したとしてなんら不快も不満もないのだ。だからそんな不安そうな顔をしないでほしい。


「言い寄られてたのよ。俺の子を孕めー、5人くらい産んだら褒美に食ってやるって」


 イエスを求めているのなら頭がおかしい最低の口説き文句だ。ざーけんなカス死ね!と断ったら城からほど近いこの森に軟禁され、湖畔のスローライフが幕を開けたのだ。奴の誤算は閉じ込めたつもりの牢に籠城されたことだろう。強固な結界と封印術でガチガチにした牢屋に『ぜってぇ出ない(サンクチュアリ)から(オブ)ぜってぇ入るな(ロック)』が発動して内側から鍵をかけてしまったのは幸運でしかなかった。結局結界は勇者達の禁術が吹き飛ばしたけどそれはそれで万々歳である。

 アグニートが狂ってやがるって呟いたけど同意。奴は俺様を拗らせすぎて狂っていた。

 過去を思い出しつつ、そこまで過去ではない今朝までは我が理想郷であった小屋の残骸を漁る。旅立ちに必要なものをできるだけ持ち出さなくてはならないからだ。毛布、ランプ、保存食、衣類、ナイフに工具、掘り出すだけ掘り出してあとで取捨選択しよう。魔王城に群がった人間達が森に食指を伸ばすまでの時間は短くはないはずだ。


「持てるのか?」

「無理だろうねぇ」


 完全に夜の帳がおりたので灯りが漏れないように魔王城側に瓦礫で壁を作って火をおこし、脇に掘り出し物を並べていく。携行必需品にスローライフを彩った趣味の道具の数々。できればすべて持ち出したいがそれはあまりにも現実的ではない。


「悪い。幼体になってしまったために空間収納(イベントリ)が使えないようだ」

「やや、私は成体でありながら使えないのですから。あ、これあげます」


 森で採った素材で作ったアミュレットはたくさんある。上手く作れると淡く光ってなにかしらの付与効果を宿すので作り甲斐があった。アグニートはまじまじとペンダント型のアミュレットを眺め、おもむろに首にかけたがはてさて出立時までにどれだけの数になるか覚悟するがいい。貴重なかさばらない換金予定品なので路銀の調達手段として持ち出せるだけ持ち出すつもりである。


「ウルズ、早急の要でないものは目立たぬところに埋めておいて、折をみて取りに来る、という手もあるんじゃないのか?」

「それだ!」


 瀕死から脱して虚脱状態の元王様に穴を掘らせつつ、なんとか日が昇る前に旅の準備はできた。私もアグニートも両手に荷を持ち、首手首足首に成金も真っ青なほどのアミュレットを装備し住み慣れた湖畔をあとにした。

 アグニートはさらなる回復を試みたのか穴掘りの合間に湖に飛び込んで飲んで泳いでと頑張って内外から魔素を取り込んでいたが、湖で美少年が遊んでいるようにしか見えなかった。眼福でしたごちそうさま。


「どこへ向かう」

「おおきめの人里が近くて、人間が寄り付かない森か山があるとこ、かなぁ」

「ならば心当たりがあるがどうする」

「付いていきます!」


 魔族区域はいずれ人間が押し寄せる。となれば安全なのは人間区域。亜人が多くて、か弱い人間がひきこもる壁のある城塞都市。危なくて、安全なところ。


 アグニートとの旅路は心地よかった。彼は私に恩を感じているのか心を砕いてくれるし、私は外見の幼い彼に気負うことなく接することができた。幾年もの孤独なスローライフはそれはそれで緩慢に安寧を貪れたが、心躍る二人旅もまた。


「“つかれたー(リフレッシュ)”“しんどいー(リジェネレ)”、休憩!」

「それは詠唱なのか?」

「いやあ、感情と言葉に自然と力が宿るの。だからコレ!って効果を定めた魔法は使えないの」

「ふっ、魔法の使い方まで変わってるな」

「までってなに?どういうこと?」


 魔王という至高の御方だったアグニートは最初こそ野宿や旅の工程に苦戦していたが、割とすぐに知識と技術を吸収していった。


「んー、更新されないなぁ」

魔機(タブレット)か」

「色んな小説が読めるんだよー、おすすめは『人間界に勇者現る』ってやつでね、あの日から更新が止まっちゃったの」

「そうか、はやく再開されるといいな」

「うん。他にも『愛しの焔』とか『獄炎の魔王』に『牢屋番の人間調教日誌』もおもしろいよ」


 『愛しの焔』は子煩悩な黒龍貴族のエッセイ、『獄炎の魔王』は青年龍が狂王から魔王の座を簒奪するサクセスストーリー、『牢屋番の人間調教日誌』は発禁エログロ色んなものがポロリする人間心身解剖研究書。まだまだオススメはたくさんある。魔機はたくさんの物語がつまっているのだ。

 タイトルをもういくつか紹介するとアグニートは何か考え込んだ。けど、何を考え込んだのかは教えてくれなかった。


「その魔機はどうやって手に入れたんだ?」

「スライムのシラムって人がくれたの」


 クソ金龍のクソみたいな求婚を叩き捨てて閉じ込められて閉じこもって。でも『ぜってぇ出ない(サンクチュアリ)から(オブ)ぜってぇ入るな(ロック)』は入るなであり入れるなではなかった。私に同情したシラムさんは魔機と転送魔方陣の描かれた巻物(スクロール)を放り込んでくれて、その後も何かと融通をきかせてくれた。彼ももう、潰えてしまったのだろうか。惜しい(スライム)を亡くしたものだ。

 今回の敗戦で失ったものは多い。アグニートもぽつりぽつりと身の回りにいた人たちについて話してくれるときがあって、復活してもらってから特段その感情の発露はなくても心は傷ついているのだろうなということはなんとなくわかった。


 魔王城の裏の森を進み山を越えて、人間領に近いところで一度人里に降りた。侵攻の際に魔族の村々は焼き払い新たに建造したのだろう真新しい質素な建物が並んでいる。強奪した土の上で亜人が中心の開拓民が和気あいあいと元魔界を闊歩していた。


「アグニート、大丈夫?」


 永らく引きこもっていた私ですらあまり気持ちのいい光景ではないのだ。窺い見た魔王であった彼の視線に乗せた感情は読めないが、冷静に嘲った。


「どちらにでも尻尾を振る雑多な混ざり物になどに俺は揺さぶられはしない。いずれ塗り替える」


 亜人は長い歴史の中で魔族にも人間にも迎合してきた。ゆえに基本どちらの陣営でも日和見野郎として見られている。しかし、寿命の短い人間のほうが禍根が残りにくく付き合いやすいのだろう。亜人が魔族に迎合するときは人間側の差別意識が特に強い場合かよほど人間側に勝機が見えない時くらい。塗り替えるということはいずれ彼は再び魔王として領地の奪還に立ち上がるのだろうか。

 潰れた元我が家で回収できたマントで下着を覆った痴女形態の私と、ボロ布で目隠しをしてダボダボの服を腰紐で丈だけ調節したアグニートという怪しすぎる旅人が大量のアミュレットを売るために開拓村にのりこんだ。結果、魔獣もうろつく開拓村で微弱ながらも付与効果のついたアミュレットはなかなかのお金になり、衣服や生活必需品の細々としたものを購入できた。別の開拓村からトラブルがあって逃げてきたという設定は予想以上に亜人の心を打ったらしく、村への残留を進められたが固辞しておいた。

 再び人里から離れゆったりとした旅程の中で幾度も狩りをして、採集をして、野宿をして、夜空を見上げ、朝焼けに目を細めた。そしてなんやかんやあって、人間界の大陸端のほうの防衛都市プレミゴスというところの近くの山中に居つくことを決めた。今度は湖はないが小さな池がある。飲み水には適していないようだけど、水源は近い。約一年根無し草を楽しんだし、やはり漫然と穏やかに暮らすには定住が一番。

けもの道しかない峰を進んだ人が来ることがほぼないだろう場所の少し開けた場所で、アグニートが木々を薙ぎ倒し切り株に板を渡し、生きてる樹が柱になるように掘ったり突っ込んだりして家屋を形成した。


「材木も生樹も“なかよくなあれ(ヒュージョン)”!おうちになーれ!」


 樹木と木材が融合し、住居全体が樹木の混合体として命を混ぜ合わせた。開けっ放しの縁側と1DK屋外倉庫付きという湖畔のあばら家とは違い、アグニートが設計建築したおかげで立派な間取りに。庭から直で土間、居間、奥が寝室で左に貯蔵庫右に倉庫がある。居間は湖畔の思い出を汲んでくれて玄関代わりの縁側になっていた。寝室がひとつしかないけどいいのか聞いたら、なにが?って聞き返された。荷物を広げる間に少し歪な棚やベッドが作られては設置されていく。アグニートが万能すぎてすごい。


「誰にも“見つかりませんように(インビジブル)”!“壊れませんように(グロース)”!」

「ウルズが万能すぎて辛い」


 なぜ辛いのか。解せぬ。

 新築の我が家を住み慣れた巣にすべく荷物を解き、配置していく。必要なものを魔機のメモ機能に書き留めながら、もうすこし木を切って庭を作って開墾しよう畑作ろうとそわそわわくわく計画を脳内構築していくのは楽しい。


 ピロリン


 魔機から通知音が鳴った。ポップアップには「人間界に勇者現る」の更新を知らせる簡素なメッセージが。思わず立ち上がり大きくガッツポーズをとった。敬愛する執筆者は生き残っていてくれた。更新を再開するほど生活が安定できたのだろう。小説の続きはもちろん同族の無事のしらせでもあるそれはひさびさに魔族としての喜びをもたらせてくれた。アグニートも魔機に顔を寄せる。


「よかったぁ」

「ああ、よかった」


 小説では乗り込んできた勇者一行と我らが魔王が壮絶な戦闘のうえ相打ちとなり、魔族は結果的に負けてしまった。が、その戦闘の間に魔王は戦闘員以外に退避命令を出していたらしく、各方々から無事の声が届いているという。領土を奪われ住処を追われた魔王軍は戦力と王を失いながらも、魔王に託されたとある作戦を遂行するためにこれからも戦い続けるのだ。そう締められていた。


「あぁ、負けちゃった。でもすごい戦いだった!魔王様ステキ!あぁでも死んでしまったのよね。続編匂わせてるけど魔王様はもう出番がないのよね、残念。ほんと高潔で威厳のある大好きなキャラだったのに」

「お、おう」


 アグニートが照れている。頬を薬指で掻いているけれど、ごめんね物語(フィクション)とはいえ魔王を魔王の前で褒めそやしちゃうと面映ゆいよね。

 それからアグニートはまた何やら考え込んでいて、でもやっぱり何考えてるのか教えてくれなかった。

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