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魔王の泉  作者: 白藤うね
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とある少年の誓い

おそらく視点は交互になります。

「なっ、そんな、まさか!!」

「無駄だ、人間ごときが我になにができようか。泣いて許しを請うて自らの神の膝元まで引き返せ塵芥共」

「なぜだ!なぜだぁぁあ!くっそー!」


 勇者が叫ぶ。魔王であるこの俺があらゆる攻撃を難なく捌くので、全攻撃が無効化されていると勘違いし叫んでいるのだ。まさかはこっちのセリフだ。全攻撃無効化能力などあるかたわけ。必死でいなしてるんだよチクショウ。余裕ぶって挑発でもすれば諦めて帰るかなと思って煽ってみたら、奴ら加護に守護に希望と期待をとバフを重ねまくったとんでもない質量の魂を魔力に変換して捨て身の禁術をぶちかましやがった。

 あ、死んだ。

 そう未来を確信したね。刹那、閃光と衝撃波で周囲の命は文字通り吹っ飛んだ。勇者たちなど遺骸も残らない。五感を吹き飛ばされ爆ぜた俺はきっと肉塊になって核をむき出しにでもしているんだろう。なにも感じない。しばらくして意識も薄れ、いよいよ消滅だな、魔王なんて勘弁だぜ全くろくでもない人生だった、そう思いながら真っ暗な世界に身をゆだねた。

 ゆらりゆらり、心地よい世界だ。命が還る場所ライフストリームとはこんなに心地よいところであったか。魔族も聖族も関係なく混ざる生命の大河に触れた。のに、いつの間にか心地よさは失せる。皮膚が砕けた城の瓦礫に触れ、唾液を飲み下し、ひどく安堵を覚えるほんのり甘い香りを嗅いだ。ひどく重い瞼を持ち上げれば青天井になったぼろぼろの我が玉座の間の光景に見知らぬ女性が加えられている。誰だ。淡い鴇色の髪は先端の達する腰元まで荒れに荒れ狂い毛先を躍らせていて、のぞき込むアクアブルーの澄み切った瞳は贈り物を紐解く子供のようにきらめいていた。楽しそうに弧を描いた薄い唇が高くとも落ち着いた音色を奏でる。


「ねぇねぇ君、ちょっとなにがどうなってるか教えてくれる?」


 なにがどうなってるかわからないのは俺の方なのに。

 見覚えのない女性、大柄だが年若い顔つき。人間でいえば二十代前半であろうか、彼女に正直に勇者にぶっ殺されたことを告げるが反応は薄い。勇者侵略の経緯を改めておおまかに話し、禁術をぶっぱなされたことを言うと、なるほど、と頷いていた。聞くに自宅が突然吹っ飛んだので、状況確認に近くの魔王城へ訪ねきたとのこと。禁術の衝撃波はこの身で体感した以上にすさまじい威力を発したようだ。

 勇者と玉座で戦うなんてなんだか魔王みたいだね、といわれた。意味が分からない俺は魔王だ。平然としているし近くに自宅があったというから魔族だと認識していたがもしや人間なんだろうか。

 蘇生レベルの回復を施されたことに驚きつつ礼を言い、周囲の生命反応の索敵結果をもとに魔王軍消滅を告げ彼女に今後を問うてみた。生き返らせた甲斐なく俺の力は僅かで従える軍も壊滅、人間相手に人質としての価値もあるかどうか。禁術の発動後の隙に玉座まできたのだろうが、おそらくもう人間たちが流れ込んでくる。逃げ道はない。飛び降りるのであれば竜化してグライダー替わりくらいにはなれるかもしれないが。彼女が人間なら俺を突き出して戦果にするも仕方ない。俺の力の大半は失われている、大した抵抗はできないだろう。


「静かに暮らせるところを探すよ。一緒に来る?」


 彼女は一切の憂いなく言い切った。俺を誘った。いいのか、呟いた声が不安に震える。俺は負けたのだ。魔界を魔族を守りきることが出来なかった。そんな役立たずを魔族は許さない。負けた魔王はいらない。彼女と違って金の瞳孔は人間界に紛れることもできない。俺はこの世に居場所がないのだ。そんな俺に彼女は手まで差し出してくれた。その女性にしては大きな手を握って起き上がる。目線は未だ上向きで彼女のすらりとした長身の先にある顔を見上げ、ふと、己を見やった。

 サラサラと崩れ落ち散っていった衣服、露になる浅黒い肌、こじんまりとした雄の証、そう、こじんまり。そこでようやく彼女が大柄なのではなく自分が縮んだことに思い至った。彼女の体は俺が成体の人型であったならば頭一つ半ほど小さいくらいだ。彼女の視線を感じてさらに気付く、裸体を晒していることにも。生前の体躯であれば平然と堂々と晒し彼女の視線を楽しむことも一興であったが、貧弱な幼体はあまりにも恥ずかしかった。見るな、と羞恥を訴えれば前開きのないローブを躊躇いなく脱いで被せてきた。露になるパンツとキャミソールという下着姿に目を逸らす。まこと申し訳ない。勇者に打倒された以上に情けない思いをすることになるとは。

 下着姿のまま平然と俺の手を引いて彼女は歩き出す。引きずってしまう裾を空いた手で持ち上げてずんずんと進む彼女に合わせると小走りになった。彼女が慣れた手つきで当然のように俺の知らない床の隠し扉を操作し、知らない通路を通り、思考停止するほど安全に城外に連れ出された。木々の薙ぎ倒された森が遠めに見える。


「しばしの相棒よ、君の名前を聞いてもいーい?」


 彼女が問い、握った手に力が籠る。彼女は、俺という重荷をこれから背負いこむのだ。俺は彼女を守らなくてはならない。敗残の王が、弱体化した敗者が、差し伸べられた手を取ってしまった。部下も、友人も、好敵も、身内は全て殺された。何をも守れなかった俺に最後に残されたのは彼女だ。

 この手を失いたくない。守れ、王の座にない俺というこの名に懸けて。


「アグニート」


 告げれば、彼女は幼くくしゃりと笑って


「よろしくね、アグニート」


 俺の名を呼んだ。ドクリと、俺の胸に(アグニ)が宿る。


「名は?」

「あぁ、私?わたしは__」


 ウルズ、俺の焔を捧げる運命の女。

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