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魔王の泉  作者: 白藤うね
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とある女性の拾いもの

 ドドドドドギュルルウウァガシャアアアアアアア!

 突然ですが、おわかりいただけるだろうか。住み慣れたあばら家が今、木っ端みじんに吹き飛んだのです。


 その日、私は湖畔のこじんまりした我が家で、薄暗い魔界の空から差し込む魔素で歪んだ陽光を拙い作りの屋根で遮りながら読書に勤しんでいた。我が家にある唯一のハイテク魔機(タブレット)で読み漁っている小説「人間界に勇者現る」は、脆弱な人間が聖族(かれら)の統領である神の啓示と加護を受け、人間はもちろん人間界に与する魔族や混血、亜人などの助力を得るため世界を回り、満を持して魔界へ乗り込んでくる冒険譚だ。第三者視点で綴られたその物語は筆者の考察や揶揄いを随所にちりばめた観察日誌のようなリアルさでもって私を魅了している。更新はランダム、未だ連載中のその物語は勇者一行が魔王を討ち果たさんと魔王城に乗り込みいよいよ魔王と対決という場面まで先ほど更新された。次の更新はいつだろうか、日に何回か少しずつ更新される物語のクライマックスに胸が高鳴る。

 魔機を片手にお茶のおかわりを入れようかと揺り椅子(ロッキングチェア)から立ち上がった瞬間、今に至ったのだ。

 襲い掛かった衝撃波は慣れ親しんだ小さな一軒家のすべてを吹き飛ばし、瓦礫を巻き散らした。吃驚した拍子で障壁(バリア)が発動しかつ衝撃に耐えられたのは幸運でしかなかった。かくして、魔機とコップを残し、私はすべてを失った。

 人里から離れた森の中、瓦礫と化した我が家と自給自足の要であった滅茶苦茶になった畑に呆然としていても仕方ない。私は現状を理解すべくそう遠くない魔王城へ向かった。


 ひさびさに訪れた魔王城は静まり返っていた。

 損傷した壁や柱は先ほどの謎の衝撃波の被害とは性質が異なるように思える。我が家方面の裏手から魔王城に入ると一番近いのは魔王の間、手っ取り早く知己に確認を取ろうと隠し扉を開け放った。床であった扉を再び床に戻して身を乗り上げる。青天井となり壁も腰より低くまで崩れたもはや部屋とは呼べない残骸の中、知己の傲慢クソ野郎ではない誰かがくたばりかけていた。


「“とりあえず生きろ(ライズ)”」


 とっくに輝きが失われたむき出しの核が、鈍色の赤から死の黒に変色しかけていたのでとりあえず回復を試みる。私の魔法は曖昧で適当な効果なのでどうなるか予測できないが、幸い不発することなく発動し散らばった肉片が核に集まり肉体を再生成しはじめる。しばらく眺めていると核は輝きを取り戻しつつ血肉に埋もれ、一人の少年を形作った。珈琲色の肌、端正な面は瞳を閉じていても麗しく、神に愛され、誰もが傅くことをいとわないよう造られたかのよう。艶のある黒髪はさらりと流れ、起き上がれば肩に届かないくらいの長さの黒髪はお上品に輪郭に沿うだろう。

 血色の戻った頬がぴくりと動き、閉じられた瞼がゆっくりと持ち上がった。


「ねぇねぇ君、ちょっとなにがどうなってるか教えてくれる?」


 夕焼けのような茜色の虹彩に金色の瞳孔、その至高の対宝玉を覗き込みながら私は下手くそに笑んだ。


「現実は小説よりも奇なりというかなんというか」

「事実だ。俺は勇者に殺された」


 少年いわく、なんでも稀に人間界に現れる勇者という存在に討ち果たされてしまったのだとか。魔王かよ、と笑うとまさかのまさか肯定された。私の知っている魔王は金龍族のナンパクソヤローだったはずだが、どうやらヤツはクソすぎていつのまにやら王座を簒奪されていたらしい。


「俺は確かに死んだはずだが生きているのも事実。助かった、ありがとう。」

「どういたしまして」

「城はもちろん周辺も人間共に蹂躙、殲滅されている。周囲に生存者なし、救助は望めない。これからしばらくこのあたりは人間界となる。どうするつもりだ」


 魔族は負けた。役割を終えた勇者たちが去って閑散とした今はわずか、遠からず人間たちの満ちた領域となるだろう。それはきっと魔王城に近い私の住処も。


「静かに暮らせるところを探すよ。一緒に来る?」


 誘えば、夕暮れの宝玉は見開かれ、黄金の太陽がきゅっと小さく縮む。いいのか、不安げに小さく呟かれたのは敗れた魔王としてのあれこれに心を蝕まれているからだろう。そんな不安にならんでも、いいじゃないか負けは負けで。もう終わったのなら、命があるのだから次のことを考えようよ。いいよ、と屈んで手を差し伸べると少年は躊躇いながらも握ってくれた。

 腕を引いて少年を立たせると繊維が舞った。崩れ落ちてった衣服の欠片を目で追って視線を戻すともちろんすっぽんぽんの美少年が。少年も散っていった衣服にあっけにとられていたが、我に返ると視線を逸らし、すこし身じろいで、見るなと消え入りそうな声を発した。なんでしょうこのかわいいいきものは。ちょっとお姉さんイケナイ扉を開きそう。

 とりあえずワンピース型のロングローブを少年に被せてダボダボ具合に萌えつつ、勇者の放った究極魔法の余波で吹っ飛んだらしい我が家(跡地)に向かおう。魔王の間の奥、通ってきた扉を開け裏通路を進み、城の裏手の草原をひたすら歩く。俯いた少年は繋いでないほうの手でローブの裾を持ち上げながら、息も切れ切れに小走りさせられていた。森は近い。

 人間の領域となり魔素が薄れゆく空は淡やかに夜の訪れを待つ。


「しばしの相棒よ、君の名前を聞いてもいーい?」


 朽ちた魔王城が夕日を隠し、魔族の流した地で染まったかのように赤い空が広がる。少年を連れる手に力が籠る。敗残の王が辿る道はきっと険しい。差別意識と憎悪に塗れた人間はこの地に尽きぬ断罪の刃を振るうだろう。魔族にとってはまさにおさきまっくらである。しかし、

 絶望の空に黄金の双陽が昇った。


「アグニート」


 少年は名乗った。その瞳に強い決意を湛えて。

 なんだかんだ魔族の命運も尽きてなさそうだな、そう楽観できるほど頼もしい決意の火。苦難の道を歩みそうな少年に私はただ、


「よろしくね、アグニート」


 下手くそに笑った。

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