2-1 自衛官、異世界でペットを拾う
派遣された初日に最大目標は達成されたので、部隊主力はさっさと日本に戻された。
異世界情緒を楽しむ暇もなかったので、少し残念だと思っていると、そのまま別世界に派遣された。
ほんとに日本は中継に戻っただけで、飛行機の乗り継ぎより短い時間しか帰れなかった。
まぁ、半年の予定だったから別にいいんだけども。
次に派遣された世界は、事前偵察隊も派遣されていない世界、というか我々が事前偵察隊として派遣された世界だった。
なので、事前情報は何もない。言語も含めて、拉致された日本人がいるかどうかも全て我々が調べなければならない。
事前偵察隊の派遣戦力は、我々情報分隊12名の他に偵察隊30名、拠点構築、防衛用に施設科30名、普通科50名である。
人の寄り付かない山中の森に拠点を設営したのはいいが、そこからが大変だった。
周辺のモンスターを駆除したり、マッピングしたり、モンスターを駆除したり、トラップを設置したり、モンスターを駆除したり。
ぶっちゃけ山でイノシシを見かけるどころではない頻度で日本では、というか地球ではお目にかかれないモンスターどもが襲い掛かってきた。
幸い頭に弾をぶち込み続ければみんな動かなくなるので、距離さえとれれば苦労しないが。
狼っぽいの(ただし96式装輪装甲車よりでかい)や、熊っぽいの(狼よりは小さい)とかはまぁそういう動物だろうと思えばいいとして、ゴブリンやオークとしか表現できない二足歩行で原始的な棍棒を持ってるような奴とか、バカでかい芋虫や、鳥のような虫のようなよくわからないクリーチャーもいた。
まぁ、クリーチャー系はキモイといえばキモイが、一番恐怖を感じたのはやはり狼だった。
「でかい」というのはそれだけで生命の危険を感じるものである。
もっとも、他がこちらを見るや襲い掛かってきたのに対して、バカでかい狼だけはこちらを一瞥すると離れていった。
熊は5.56mmをありったけ撃ちこみ続ければ動かなくなったが、あの狼のサイズだとカール・グスタフくらいは撃ちこまないと突進はとまらなさそうである。
まぁ、熊も5.56mmを四方八方から弾倉が空になるまで撃ち続けて仕留めたので、見るも無残な状態だった。
いずれにせよ5.56mmは対人ならともかく、モンスター対策に威力不足なので、7.62mmや12ゲージの標準装備化も検討した方がいいと報告をあげておく必要がありそうだ。
まぁ、そんなこんなで宿営地付近の安全を確保してから情報収集を開始したわけだが・・・
「人の手が入っている気配がないですね」
桧山二曹が川の水を汲みながら言った。
「宿営地をばれないようにって山奥に設置しすぎたのでは?」
「まぁドローン飛ばしてみても見えたのは森、森、森だったしな」
「道がないから車両が使えないのはわかりますけどバイクなら問題なかったのでは?」
我が分隊は現在、絶賛徒歩で人里を目指して行軍中である。
「とにかく目立つことするわけにはいかないから本隊派遣まで車両は使うなとのことだ。仕方ないだろ」
我が分隊の恰好も迷彩服ではなく、ローブを被って顔も見えにくくしている。
武器だけはどうしようもないので、HK416とUSPにはサプレッサーをつけている。
狙撃手の桧山二曹が持つHK417だけサプレッサーが無かったので未装着である。・・・一番必要じゃないのかなぁ。
と、じっと川を見つめていた鴨野曹長が眉を顰めている。
「鴨野曹長、どうかしたか?」
「いや、なんか川の色変じゃないですか?」
見ると、わずかに川が赤く色づいているように見える。
「・・・血ですか?」
水筒に川の水を汲んでいた桧山二曹が水筒をひっくり返して水を捨てている。
「赤いからって血とは限るまい。とりあえず上流を確認してみるか」
滝のような高低差を流れ落ちるわずかに色づいた川の上流部を見やりながら言った。
上流に向かって歩き始めてから5分後、俺は河原を見渡せる茂みで伏せていた。
視線の先、風上の川岸には全長10mはあろうかという狼が寝転んでいる。
寝転んでいるというよりも、伏せているというか、倒れているのかもしれない。
なぜなら、川に浸かっている上半身には大きな傷があり、そこから大量の血が川に流れだしているからだ。
いくら体がでかいとはいえ、流れ出している血が多い。もう死んでるんじゃなかろうか。
確認しに行きたいところだが、なんせ人なんて丸呑みできそうな大きさの狼である。
近付いてみたらぱっくんちょなんて笑えない。
とはいえ、無視して進むのもあれなので、確認はしなければならない。
ジャンケンで負けゲフンゲフン・・・部隊長として隊員の安全のため、後顧の憂いを断つため、茂みから這い出して狼に接近する。
近くで見るとわずかに腹が動いている。
寄生生物とかが腹を破って飛び出てくるのでなければ、呼吸はしているようである。・・・いらん想像をしてしまった気がする。近寄りたくない。
とはいえ、戻るわけにもいかないので、狼に近づいていく。
どうやら傷口は首にあるようだ。
近付いてはっきりしたが、呼吸はしているようだ。
首についている傷跡は噛み付き痕に見える。・・・え、これに噛みつくサイズの何かがいるってこと?
うわぁ遭いたくねぇと思っていると、こちらを見ている瞳と目が合った。
・・・狼がこっちを見ていた。起き上がる気力もないようだが超怖い。
『隊長!逃げてください!』
突如無線に切羽詰まった声が響く。
と同時に、ずしんずしんと何かが歩くような音というか、振動を感じ顔をあげた。
頭の中で恐竜を現代にクローン技術で蘇らせてパークを作ろうとした映画のテーマが流れたが、振り払う。
そこに”やつ”がいた。
おそらくこの狼に噛みつき痕をつけた張本人であろう怪物である。
Tレックスというよりは、羽のないドラゴンといった感じのそいつは、俺のほうに目を向けると明確な敵意とともに大声で吼えた。
GAAAAAともグオーとも判別のつかない咆哮に縮こまりそうになるが、訓練された体は適確に行動した。
体格差を考えるなら、間違いなく逃げ切れない。ならやることは1つしかない。
目の前の脅威を排除する。
そう頭で考えるよりも先に、手はセーフティーを解除して引き金を引いていた。
が、目標が大きすぎて大したダメージになっていないようである。そもそも皮膚を貫通しているか怪しい。
怪物は弾の当たった腹のあたりをバリバリと掻いた後、再び咆哮した。
怒らせただけでやはり効果は無さそうだ。
『ハチヨン発射用意良し』
「撃て!」
無線に向かって叫ぶように命令する。
ドンという発射音とほぼ間を置かずに怪物の腹のあたりで爆発がおこった。
ハチヨンこと84mm無反動砲。我が分隊の最大火力である。
これで効果がなければ俺は餌になるしかないのだが、その心配は無用だったようだ。
咆哮もあげることなく、腹に大穴のあいた怪物は倒れた。
とはいえハチヨンでないと倒せないとなるとそうそう遭遇したくはないものだ。
『隊長、後ろー、後ろー』
倒れた恐竜っぽいようなドラゴンっぽいような怪物を見ていると、再び部隊無線で慌てた声が聞こえた。
え?と思って振り向くと、起き上がった狼と目があった。
あ、これはもうダメかもわからんね。
<どうやら助けられたようだな、感謝する>
声が聞こえたわけでもないのに狼がそう言って鼻先を体にこすりつけてきた。
え?こいつ意思疎通できんの?