1-1 自衛官、準備をする
望みもしない異世界派遣部隊勤務になった結果、滝ケ原駐屯地勤務になってしまった。
独り身の気軽さ故、転属はどうってことないが納得はいかない。何のための米国研修だったのか。
何にせよ、いきなり連隊が増えて滝ケ原駐屯地はキャパオーバーではないのかと思ったが、いらぬ心配だった。
”機動的に組み替える”中央機動連隊なので、基本的に常時存在するのは本部中隊だけらしい。
もっとも、本部中隊といいながらも自分のような戦闘職種もいたりするかなり変則的な編成である。
この駐屯地が選ばれたのは富士演習場に隣接しているので一時的に部隊を集めるのに都合がいいのと、米海兵隊キャンプ富士に隣接しているからだと言われていた。
「一尉、聞きましたか」
作る間もなく転属させられた米国出張の報告書を書いていると習志野時代の部下の鴨野曹長が声をかけてきた。というかやたらと元部下ばっかり見るような・・・。
「何を?」
「今回は偵察教導隊から抽出されてやってる派遣先の事前偵察、次からうちの分隊の仕事らしいですよ」
「ふむ」
しばし腕を組んで考えた後
「ところで、お前は俺と同じ分隊なのか?」
と言ったら鴨野曹長はずるっと漫画のようにずっこけた。
「編成の確認もしないで何やってるんですか。みんな一尉の元部下だったから転属になったって言ってますよ」
ということは、習志野時代の顔馴染みばっかりということか。
「それはそうと、フォート・ブラッグ基地はどうでした。みんなそれを聞きたがってましたよ」
「まぁ、あれだ。やっぱアメリカはでかいわ」
多分彼らが聞きたいのはそういうことではないが、一言で言えと言われても難しい。
かなりどぎつい訓練ではあったが、やはり実戦で磨かれた戦術というのは得るものも多い。
「習志野をもっとでっかくして空自の基地もくつっけたみたいだったな」
フォート・ブラッグの素直な感想を述べる。
「は、はぁ」
鴨野は微妙な顔をしている。
「それはそうと、派遣部隊の詳細が決まりましたよ。今回は即応機動連隊の編成を基本にするみたいです」
「ということは、戦力の中核は機動戦闘車か。ヘリは持っていくのか」
鴨野が顔を近づけて声を小さくした。
「米軍がヘリを派遣するからこっちはなしって話ですよ」
「米軍のヘリを自由に使わせてもらえるとも思えんが・・・米軍は米軍の思惑で動くだろ」
「CH-53Eを6機だそうですよ。そこらへん飛び回って資料集めて帰ろうって思惑が透けて見えますね」
あんな整備に手間がかかって部品すら枯渇気味の機体を6機も持って行って、まともに使えるとは思えないのだが。
「まぁ、直に折衝が終わって派遣部隊が発表されるみたいですよ」
それまでにまともな編成になることを祈ろう。
数日後に派遣編成が発表された。
日米双方の現場指揮官が頑強に政治サイドに抵抗したらしく、まともな編成に落ち着いたといっていいだろう。
日本側は即応機動連隊の編成をベースに少しいじったものになっている。
戦力の中核は機動戦闘車隊1個大隊と普通科1個大隊。他に連隊本部と本部管理”大隊”が置かれてこれで1個連隊という編成である。
かなり特殊な編成だが、1個連隊で独立して最長1ヶ月動かなければならないということで、補給科をはじめ、いろいろと膨らんだ結果、本部管理中隊が大隊になった。
特筆すべき点としてはUH-1Jが編成に組み込まれたことだろうか。とはいえ、2機だけで1機は予備という扱いだが。
本来なら普通科がもう1個大隊あるはずだが、その分米軍が入ってくる形になる。
米軍は今回は海兵隊のみで、AH-1Zが4機とUH-1Yが6機と運用要員の他、多少の歩兵とのことである。
当初言われたCH-53E主軸の編成からすると随分と攻撃的な布陣のようだが、何があったのだろうか。
何にせよ派遣日時も決まったので、あとはそれまで訓練するだけである。
結局、自分の部隊は鴨野曹長以下、全員顔見知りだった。
本部管理大隊付情報分隊というのが部隊名になるらしい。
全員が”S出身”だというのに偵察部隊扱いなのかという気もするが、本部管理大隊直下なので緊急対応部隊的な扱いも兼ねるのだろう。
派遣までの日々はとにかく各種訓練と語学習得に力を入れた。
今回派遣される異世界は、すでに召喚(一応日本政府的は”拉致された”ということにしているが)されて帰還した人間が1人いるらしく、言語に関してはある程度分析が済んでいるので、片言程度には通じるだろうとのことだった。
1人で異世界に飛ばされて言葉も通じず大変だっただろうな、などと思ったがなんでも魔法的な何かでどうにかなったらしい。
つけてたら言葉が通じる指輪とかあったら大儲けできるだろうな。などと考えたところで、結局政府が欲しがってるのはそういうものなんだろうなと思い至った。
今の科学技術で実現不可能なものを、何か不思議な力で実現している世界がいくつもある。しかも相手の世界の総合的な技術水準はせいぜい中世程度しかない。さらにいちゃもんつけれる理由まであるとなったら、武力に物を言わせてとってくればいいってなるわな。
ちなみに、今回派遣される理由は、「異世界の王国で監禁されている日本人2名の救出」ということになっている。
なんでも、先の言語情報をもたらしてくれた帰還者は異世界に召喚された時、同時に他にも2人一緒に召喚されたらしい。
勇者として魔王と戦え的なことをその国の王に言われ、互いに面識はなかったがただの一般人にそんなことできるわけないという意見は一致して3人とも拒んだらしい。
が、段々脅迫めいてきたので1人は従い、他の2人はあくまで拒んだらしい。
で、従った1人が帰還者で、主観で10年ほどかかって魔王を倒したら光に包まれて失踪した1週間後の日付に帰れたらしい。が、魔王と戦うことを拒んでいた2人の氏名は失踪者名簿にきっちり入っていた。
事前偵察の情報でも、どうも王城の地下牢に入れられているらしいとのことなので、救出となったらしいが・・・。地下牢に10年て生きてるのか?
何にせよ、他の日本人がいないかの調査も派遣理由の一つなので、王城のほうは早めにけりをつける必要があるらしい。
事前偵察では王城の地下牢までは確認していないようだが、武力を背景に交渉するのか、こっそり行って連れ出すのかは現地の状況次第だろう。
準備したり訓練したりで派遣当日まではあっという間だった。




