8-9 救われない世界と変わらない日常
シュバルツスタンの町長は、数か月前に比べて飛躍的に大きくなった自分の街を眺めていた。
もっとも、街といってもこの世界のことなので、バラックが並んでいるだけなのだが、それでも街が大きくなるのはうれしいことだった。
とはいえ、食糧事情は決して余裕があるわけではない。
「とはいえ、なんとか1年持てばどうにかなりそうかな」
違う方向に目をやると、大規模拡張中の農場が目に入った。
教団から来たというル・インジョという男が、いくつかの品種の苗と労働力を連れてきてくれたおかげである。
なんでも、教団の管理していた都市が最早崩壊寸前で、そこから出てきたのだという。
住まわしてくれるのなら、いくつかの農作物の苗や種子と、労働力を提供できるというので、もともと来るもの拒まずの面もあり、受け入れたのだが、いまのところ成功だったと言える。
とりあえず、今は農場の拡張を急いでいるが、害獣から作物と人間を守るための防護柵も考えなければならない。
町長は、先が長くないことを自覚してはいたが、街のために前向きなことをやれるというのは、喜ばしいことだった。
「死ぬまでには、明日の食事の心配をせずに暮らせる街にしたいなぁ」
しみじみと町長は呟くのだった。
ル・インジョは、シュバルツスタンの農場に設けられた見張り台の上から、外の荒野を監視しつつ、足元の農場の作業を眺めていた。
教都にいたころは、農作業はおろか、日常の警備業務すらしていなかった彼だが、ここに定住するからには働かねばならなかったので、教都から連れてきた奴隷を束ねて、開拓に従事している。
幸い、町長も好意的なので、開拓は順調である。
教都のような統制もなければ、人工肥料もない中での農業なので、教都ほどの農業生産は望めないが、その分人口も少ないので、どうにかなるだろうと彼は考えていた。
もともと、ここに彼が定住することになったきっかけは、防護車に乗って教都から脱出したときに遭遇した、謎のロボット集団との会話である。
特に行く当てもなく部下と3人で食料を積んでうろうろしているときに遭遇したので、最初は肝を冷やしたが、別に好戦的ということはなかったので助かった。
で、せっかくならそんなロボット集団のところに住みたかったのだが、あっさり断られた。
そのうえで、農作物の苗を持ってシュバルツスタンに行けばいいと言われた。
半信半疑で行ってみたら、あっさり3人とも受け入れられた。
んで、農場を拡張したいが人手も苗も無いというので、教都に一度とんぼ返り。
教団幹部はかなりが外に出たようだが、残っていたのもいたし、奴隷はかなりの数が残っていた。
農場の管理者も何人か残っていたので声をかけ、防護車2台で積めるだけの苗と種子を積んでシュバルツスタンに戻った。
町長の協力で、街の人間も使って農場の大拡張を開始。
それはよかったのだが、ル・インジョも含めて保衛部だった3人は特に農業に関してできることは無いのだが、ぶらぶらしてるわけにもいかず、見張り台を作って害獣駆除をすることになった。
武器は無いよりマシという感じのクロスボウとナイフなので、どちらかというと罠をしかけたり、防護柵を造ることのほうがメインである。
教都時代からは考えられない重労働だが、これが生きるということだと納得していた。
働くこと自体に不満はない教都から来た面々だったが、実はかなり我慢していることがあった。
保衛部長自身は、教都時代、どちらかというと好き勝手やっていたタイプの人間である。
そんな彼が声をかけて連れてくるような人間もまた、同タイプであった。
つまり、信者で良さそうなのを見つけると呼び出しては弄んでいたのである。
とはいえ、シュバルツスタンで同じようにすれば追い出されること必至なので、かなり欲望を持て余していた。
そんな彼らが、代価で関係を持てることを知るのはもう少し後の話で、またそれによってシュバルツスタンがこの世界の花の都になっていくのだが、それはまた別のお話。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「この度はご迷惑をおかけしました」
官邸の主に頭を下げているのは放射性廃棄物処理機構理事長の増山だった。
「うむ、まぁ大したことはしとらんよ。職員3名は残念だったね」
「は、殉職ということで機構のほうで合同葬をすることになっております」
自衛隊に戦死者がいないのに、まさかの異世界での死者が作業員というのは政府にとっても予想外だった。
「私は出れんが花は出すし、官房長官が行くことになっている。」
「大臣と長官も出席と伺っております。重ね重ね、お力添え感謝いたします」
処分場は結局、別の場所に移って再開している。
元の場所の地盤が緩んでいて雨が降るだけで危ないというのと、捜索活動中に自衛隊が原住民と接触したため、念のため場所を移したのである。
「それでは失礼いたします」
部屋を出た増山は、待たせていた車に向かう。
機構の理事長室に戻った彼は、再び副理事たちに疎まれながら、ゴルフの練習をする日々を過ごすのだった。




