アンクルショット
苦しみが続く。
_暖かい布団、ほかほかの食事、造花の生けられた花瓶、シンプルな灰と無骨な…檻。
ワタシは【非日常に囚われた日常】の中に鎖で繋がれている。
胎児の様に、母という常識に捕らわれる様に。
へその緒はワタシをガッチリと離さず、ただそこに【切っても切れぬ縁】をどキツく残す。
羊水風呂の温もりと、肉壁に包まれた牢獄。
そこにワタシは突如捕えられてしまった。
【母性】
「やぁ、ご機嫌如何?」
さも当たり前かのように、少女は温かな食事を用意する。
「お前は誰だ…これはなんなんだ!」
必死で抗議をするが、少女【セツト】は【お手本】があるみたいに丁重に話し出す。
「此処はセツトが用意した君とセツトだけのワンルーム、今は廃墟になったアパートの一室です、身動きは取りにくいと思います。けど でも苦労はしないでしょう?」
セツトと名乗る少女は正座をして、ワタシへ解説を始める。
「君が動ける範囲にあるのはベッド、トイレ、それと…あぁ本、そこに本棚あるでしょう?絵本にエッセイに論文、図鑑に漫画まで取り揃えて置きました。」
セツトは、にこりと笑っている。
「さぁ来てください、机はここです」
と言って見るからに【スイッチ】の様な赤いボタンのみがある正方形の機械を取り出して、「ポチリ」と押す。
するとベッドの脚に繋がれていたチェーンが、がチンと音を鳴らして床に落ちる。
完全に外れてる訳では無い、牢の外に出られる程度の長さになっただけだ。
状況を上手く飲み込もうとするワタシ、をセツトは嫌気がさす笑みで見ながら牢の鍵を、カチャンと開ける。
牢の外に出て様子を伺う、牢の外に出てもあるのは円形のテーブルと赤い…ハルジオンの造花が生けられた花瓶、白く乱雑に塗りつぶされた玄関と扉だけだ。
逃亡を図るのは現段階では不可能に近い。
大人しくワタシはセツトに従うことにした。
「そんなに怖い顔をしないで、さぁお食べ」
白く円形のテーブルにはトレイに乗せられた、食事がある。
生姜焼き_だろうか、豚には見えないが見た目は生姜焼きのそれだった。
あとは白米とひじき、匂いと色でわかる【りんごジュース】がある。
日本食の基本とでも言うか、無難な選択ではある。
「さぁ召し上がれ、お腹…空いてるでしょう?」
やけに可愛らしい柄物の箸を下手に握って、ひじきをつまんで。
ぱくっ。
と食べた。
なんともいえぬ甘さと海藻類独特の臭みを消しながらも、程よい風味は残している。
「美味しい…」
最近食事を摂ったのはいつ頃だったろうか、涙と感動でご飯とひじきを口の中に無我夢中で掻き込む。
「ひぐっ…ひっ…うぅ」
家では安いお菓子1箱で暮らし、家を出てからは未成熟の野菜を泥棒したり、1度はスーパーで大胆に盗みを働いたり…。
酷い生活とは表裏したこの時間に涙と嗚咽が止まらない。
「ふふ、そんなに嬉しかったんですか?」
背を擦り宥めるセツト、ワタシは感動に拍車をかけられ頷いていた。
この子は随分と可哀想な人生を歩んでいたのだろう。
子供とは大抵マトモな家庭、マトモな脳をしていたら橋の扱い方なんて小1の前期で覚えるだろう。
この子は覚えていない、教養が無い、みすぼらしい姿も相まって哀れである。
こんな子を美しく完璧に、強さを着飾らせたい…そう、これが母性の性か?。
ワタシのもう1人、生まれ変わりを…。
この料理はこの子のそんな旅立ちを勇気づけるために作った、毒入り。
可愛い子には旅をさせよ、と言う様に、この子にもまた旅を強いる必要があるのだろう。
少女は泣きながら、口にその肉を運んだ。
「…」
生姜焼きは正直美味しくない、けどタレが良いのかなんとかごまかせる。
なんだろう、豚にしては硬すぎる、牛にしてはクセが強すぎて…食べた事の無い、ボソボソとした食感。
一気に現実に引き戻される。
そうだ、そもそもワタシは監禁されていた、こんな女に背を擦られてはならない_。
そう、思っていた。
こんな女の優しげな声、その声に乗せた次のフレーズには何が来た?
人 肉…?。
「聞こえませんでした?これは、人のお肉ですよ」
生易しい微温湯はワタシを溺れさせる。
水を吐き出すように、脳の回路が胃のモノを全て吐き出せと信号を出す。
視界が途端に眩む。
頭痛と嘔吐感、寒気に焦燥感_これは。
「やっと効きましたか?ひじきには死なない程度の毒も盛りました、もちろん臭みが少ないのはそのせいです。」
吐こうにも、今これを吐き出したら今度は餓死で死ぬかもしれない、受け付けなくなってしまうかもしれない。
いやだ…もう、空っぽにはなりたくない!。
苦痛と葛藤に苦しみ、死を恐るワタシを見て再びあの【ファンタイム】は訪れる。
「あぁ素敵です!もっと怖がって!ねぇ!?苦しいでしょう、死んでしまいそうでしょう!!」
猟奇の眼を覗かせるその双色の眼光に晒される、怖い、死と直結はしてないはずなのに…!。
嫌だ、死にそうな程苦しい、次第に胃へ熱湯が注がれてるかの様な熱さへ変わる、焼ける、酷い。
気を何度も失いかけて、その度にセツトの歓喜余った狂気の眼がワタシを脅かす。
そして、その苦痛は次第に落ち着いてきていた…。
「がはっ…はっ…はぁっ」
ひゅーひゅーと空気が流れる中、掠れる音が混じって聴こえる。
何時間と苦しんだのだろう、セツトは飽き飽きとこちらを見ている、何時間も見ていて体力も集中力も散漫になってしまう24時間マラソンみたいに。
「…怖かったですか?」
ふふふ、と目を細めてセツトは眺める。
その態度が気に食わなくて、天国から突き落とされ、死にかけていたワタシを余所にコイツは鑑賞気分で優雅に座っている。
「何がしたいの…何が楽しくてこんなこと…!お前はクズだ!人が苦しんでる所を平然と眺めて!」
酷い罵声暴言、中傷をコイツにぶつける。
何がセツト…コイツの【行動】を掻き立てるのか、それを暴きたかったのと、憂さ晴らし、純粋な疑問…多々あったからそれを全てぶっぱなした。
けれどセツトは。
「楽しいよ、君は人を虐めたことがないんですか」
「…は?」
つい素の態度が出てしまった、純に、何を言ってるかわからない。
楽しい…ほんとにそんな気の狂った事を、当たり前に言えるのか?。
「セツトはありますよ、最初は猫の毛を全て燃やして殺しました、何度も叫んで苦しんで…何を言ってるかは分かりませんでしたが、苦しんでるのは分かりましたね」
聞きたくもない、演説が始まる。
「君にもあるはずですよ、そう、例えば…」
「親を殺した、とか」
ズキリと、穿つ衝撃が心を襲う、先程あんなにも苦しんだのに…更に古傷を、深く抉ってくるみたいに。
「…冗談ですよ」
仕切り直して、セツトはコチラから目を逸らす。
「食事が先になってしまって挨拶も遅れてしまいましたね?自己紹介させてください」
セツトは立ち上がり、1度つま先を踊らせ背と腹をリバーシさせる。
下手なバレリーナの様に。
「セツトは樺生 刹封って名前、セツトって呼んでほしいな」
入学式当日、親しくもないクラスメイトが仲間を作ろうと必死で女たちに話しかけてるみたいな、そんな空気。
「これでも15歳なんですよっ」
と胸を張る、以外と胸は大きいので年相応なんじゃあないかと納得がいく。
「…良かったらでいいんですけど、君のお名前も教えて欲しいです」
躊躇いがワタシを追う、名前なんて知って何になる?こんな女に名を教えたくない…。
首を横に振ると、セツトは冷めきったアノ肉を口に押し付けてくる。
「ダメでしょうか?」
と笑う樺生。
「わ…わかった、わかったからもうその肉を食べさせないでっ!」
身を引きそう言うと、樺生も安心したように箸を引く。
「ワタシは…ワタシは瀬々谷 欒…別に何の変哲もない、名前でしょ…。」
視線を樺生から避けるが、樺生はワタシの名を知って異様な高揚が湧き上がっているのが分かる。
「とても素敵な名前ですよ…そう、マドカさん、いえマドカちゃん」
マドカちゃんはあからさまに嫌がる様子をしていた、暗闇を見て本能的な恐怖を示すように。
それがヤケに好きで…もっと、もっと怖がらせたかった。
それもセツトの本能的欲求、脳みそが心から求める快楽。
そこからはとても楽しい日々が始まる。
彼女の髪を綺麗に切る、刃を目の先に突き出すと身を引く。
その怯える姿もまたクセになった。
震える体の彼女の髪は綺麗に切り揃い、自分好みのスタイル、長さになる。
まさにお人形さん、飾られただ傍観するだけ…そう、観察されるだけの。
人ではない扱い、それがたまらない。
ある時には着なくなった自分の服を着せた、特になんの仕掛けもせず、ただ彼女は疑り深く服の端から裾の縫い目まで まじまじと「恐怖の種」を粗探ししている。
その恐る様子がまた舌なめずりと どうしようもない火照りを頬へ、指先へ流行らせる。
2桁も行かぬ少女の怯える姿のなんと完璧なことか!ただ話すだけで、ただ指に触れるだけで常にネタが入る。
毎晩毎晩切なく股を胸を弄り続けてしまう、あの怯えた瞳が、暗く澱んだ顔が、汚れた身体がとても愛おしい…だからこそ。
「壊したくない…」
完璧だったから、殺す気も犯す気にもならない、他者は平然と殺したこともある、全ては金のためと欲求のためだけど。
けれど この幸せな時間を 彼女は続けられないことを、わかってはいたんだ…。
樺生はワタシを殺さない、という事がわかった。
それどころか世話をしてくれる、前より幸せな生活、監禁 日々言動行動全てに気を配らなければならない心労の絶えない時間が続くとわかっていても楽だ。
死ぬ事はないし、変な奴は樺生1人しか居なかったから。
だから慣れてしまった、恐怖が薄れていったのだ。
その「感情の薄れていく事」がよくなかった…わかってはいたんだ。
涙を流し身を震わせる度にあの女は笑い顔を紅潮させ、ただならぬ形相をしている。
ワタシが怯えることが楽しくて監禁している。
その重要条件が欠けてしまったら、どうなってしまうのか…。
綺麗になり、多少は安心のある生活、その日々の中。
ワタシは今後、ワタシとなっていく要因を埋め込まれていく。
セツトは笑っている。
縄で手足を縛った女子高生、口にはガムテープを貼り、目も隠し 耳栓もつけている。
今が起きているのか眠っているのかもわからない、正確な微睡みの中ただならぬ焦燥と畏怖に抗い続ける。
セツトは笑っている。
それを見て股を弄り快楽を得る。
彼女は拘束された女子高生に興奮している訳では無い、いや 多少はあると思うが…。
「…あの子に見せたら、どんな反応をするんでしょうか…」
今後もっと2人の楽しいお話は続きますが、幸せな結果になるか否か、皆様で考えてみてください。
恐怖に快感を覚え、少女誘拐 監禁をし障害を及ぼす女 樺生 刹封。
ワケありのみすぼらしい少女、瀬々谷 欒。
ちなみに小説内で語る事は無いのですが、樺生 刹封が働いてるところは【アンチ】と呼ばれる裏社会に暗躍する暗殺企業です。
人を殺せばお金が入るので樺生は都合良くそこで収入を得ています。
…続きます。