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僕らは虚像で出来ている  作者: 汐井那癒
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プロローグ

 大きな満月から降り注ぐ月明りが、人工的な光が一切ない空間を怪しく照らし出す。

 まるで舞台のスポットライトのようにその空間に照らし出されたのは、神秘的な月明りには不釣り合いな、おびただしい赤で染め上げられた一人の人間の死体だった。

 見るからに高級そうな紅い絨毯に大きな体を力なく横たえたその死体は、驚きと苦悶が混ざったような表情を浮かべ、見開かれた瞳には満月が霞んで映り込んでいた。

 真っ白なバスローブ姿のまま自身の血液に沈んだ死体は、見たところ四十過ぎといったところだろうか。黒く染めているであろう短髪は濡れていて、少しはだけた胸元から見える肉体は血に濡れていてもよく鍛えられているのが見て取れる。

「相変わらず派手な仕事するね」

 突然、時間が止まっているかのように静かだった空間に、ハスキーな声が響いた。声の主は部屋の入口に寄りかかり、口元に楽しそうな笑みを浮かべている。

 腰のあたりまで伸びたブロンドヘアは、廊下の明かりでキラキラと輝き、スラリとした体形が女性にしては高いであろう身長を見事に美しさへと変えている。黒いブラウスに黒い膝丈フレアスカート、黒いタイツに黒い革靴という黒ずくめの服装をしているにもかかわらず、上品な華やかさが滲み出ている人物は、静かにドアを閉めてから鍵をかけ、ゆっくりと死体に近づいた。

「血まみれじゃない。これは後片付けをする人たちが大変ね」

 クスクスと愉快そうに笑うと、さらりとブロンドヘアをなびかせて、部屋にいるもう一人に視線を向ける。

「少しは私の分も残しておいてよ。今回は共同作業ではなかった? ねえ、スノー」

 スノーと呼ばれた人物は、血に濡れたナイフをベッドの上でちらつかせながら、妖艶な笑みを浮かべた。

「遅刻して来たくせに偉そうね。何が共同作業よ。これは元々私の仕事よ、ローリエ」

 露出の高い黒いドレスに身を包んだスノーは、パニエで膨らんだ短めのスカートを少し捲り上げ、数本のナイフが収まっているホルダーを付けた美しい太ももを撫でながら、どこか興奮した笑い声をあげた。

「君みたいな美しい若い子と一夜なんて夢みたいだって言ったのよ、その人。警戒心なんて微塵もないの。でもこのホルダーとナイフを見たときの顔と言ったら! 見せてやりたかったわ」

 そう言うと、スノーは黒い手袋をはめた両手で血の付いたナイフを弄んでから、ベッドの上の毛布で血を拭い、ホルダーへしまった。そしてローリエと同じようなブロンドヘアを軽く揺らしながら立ち上がり、ローリエに近づくと無邪気な笑みで

「仕事終了。帰るわよ。お腹すいちゃった」

 と、まだ幼さの残る声で言うとローリエの手を取った。

「全くスノーったら……。それではとびっきりのディナーでもしましょう」

 呆れたように笑いながら、ローリエはスノーの手を握り返す。

「当たり前じゃない。今日はこんなに素敵な夜なんだし、盛大にやったってバチは当たらないわ。行きましょう、ローリエ」

「そうね。せっかくだし遅刻したお詫びも込めて我が家でおもてなしさせて頂戴」

「素敵ね。期待してるわ」

 そして二人は楽しそうに笑うと、胸元からそれぞれ一枚のカードを取り出して、死体の上へ優しく落とした。

「本当に月が綺麗ね」

 とローリエが言うと、すかさず

「あなたとなら死んでもいいわと言うのが正解でしょうけど、私はあなたと死ぬのはごめんだわ」

 とスノーが笑う。

「こっちこそあなたとはごめんだわ」

 ローリエのその一言に二人はまた笑いながら、ゆっくりとドアを閉めて部屋を出て行った。



 そして最後には、血に落ちた男とその上に飾られた、ローリエの葉の絵が描かれたものと、スノードロップの絵が描かれた、どちらもトランプサイズのカードだけが、月明りの中で寄り添うように輝いていた。




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