第1話
どぞ!
「おはよう。風音優君。そしてようこそ、死後の世界へ。君は先ほど、不幸にも亡くなってしまった。19年という短い人生だったが、君は死んだんだ」
目を覚ました直後、目の前にいた10代後半であろう少年に、唐突にそんなことを言われた。
突然の展開に、頭がついて行かない。目の前の少年は、一体全体何を言っているのだろうか。それにこの部屋、山積みになった書類が積まれている事務机と椅子だけで、後は真っ白などこか現実離れした部屋だ。これが死後の世界? 想像していたのとはずいぶんと違う。
目の前にいる少年は黒髪黒目の日本人のようなイケメンで、その少年の目は、先ほど俺に優しく語りかけてきた時そのままに、優しく朗らかな顔で、驚きに固まっている俺の目をしっかりと見ていた。その優しい瞳に吸い込まれそうになりながら、俺は今一番聞きたいことを聞く。
「あの、俺って死んだんですか?」
そう、そこだ。この目の前の少年は、俺が死んだといったが、残念ながら……でもないが、俺は自分が死んだ記憶がない。いきなり知らない人に君は死んだと告げられて、すぐにはいそうですかと納得できるわけがないし、もし死んでいたとしても、自分の死因ぐらいは知っておきたい。
「覚えてない?」
「はい…」
「別に教えてあげてもいいんだけど…いいの?」
「はい。教えてください」
即答した俺に、少しばかり少年は驚いた顔をして、「分かった」と一言言ってから、ゆっくりと語りだした。
「君はね、猫を助けようとして、トラックに轢かれたんだよ」
「…猫を?」
「そう、猫を。君は大学からの帰り道、赤信号で止まっていたところ、前から白猫が横断歩道を歩いてきたんだ。トラックの運転手は、路肩を走っていた高齢者の自転車に気を引かれていて、猫に気づくのが遅れたんだ。気づいたときにはもう手遅れで、猫はトラックの急ブレーキ音に驚いて固まっちゃってね。それに気づいた君がパッと道路に飛び出して、猫を救い上げるように拾い上げては、そのまま放り投げ、その直後にトラックに跳ね飛ばされて、道路で後頭部を強打して、そのまま救急車がくるほんの少し前に、死んだんだ」
話を聞いているうちに、だんだん思い出してきた。
そうだった。確かあの時、赤信号とか関係なしにその猫の毛並みを見て綺麗だと思ってたんだ。思わず見とれてると、トラックの急ブレーキの音が聞こえて、猫が轢かれそうになってたから慌てて飛び出したんだ。
「猫は…猫は、無事だったんですか?」
その問いに、少年は小さく顔を歪ませ、そして、
「…助からなかった」
「………そんな」
「君が放り投げた後、あの猫は怪我もなく見事に地面に着地したんだけどね。君がトラックに跳ね飛ばされたのを見て、何を思ったのか君に駆け寄ろうとして車道に飛び出してね。対向車線から来ていた車に撥ねられたんだよ」
助け…られなかった……?
「………そんな。………そんな。………………う、うぅうう~」
涙があふれて来て、止まらなかった。自分でも何で泣いているのか分からない。別にあの猫は俺が飼っている猫でもなければ、普段から可愛がっている猫でもない。それなのに、何であの猫のことが頭から離れないんだろう。どうしてこんなに悲しくなるのだろう。分からない。分からないけど、俺はひたすら、泣き続けた。
泣き止むタイミングを見計らって、それまで優しい顔で見守っていた少年が、声をかけてきた。
「それにしても、君はすごいね」
「………?」
言われている意味が分からなくて、首を傾げる。
「いや、だって普通、猫をその身を挺してでも助けようとはしないでしょ?」
少年が説明してくれたが、やっぱり、いっている意味が分からない。
「どうして?」
「どうしてって?」
「猫だって生きている、一つの命だろう? 何で普通助けないんだ? 助けるだろう」
泣いたことによって出てきた鼻を、服の袖で拭いながらそう言うと、何やら少年はぽかんと間抜けな顔をした後、突然笑い始めた。
「あ、あはははははは! そうだよねぇ。そうなんだよ。それが普通。それが君にとっての普通なんだよね!」
そういうと何が面白いのか、少年がまた笑い出した。俺は何がそんなに面白いのか聞くか迷ったが、たぶん今聞いても答えてくれそうになかったので、取り敢えず涙と鼻水をふき取ることに専念する。………というか、何でこんなに鼻出てくるんだろう。あれかな、目と鼻は繋がってるらしいけど、これ涙かな。
少年がその目に涙を溜めて、笑い終わるころには、俺も涙も鼻も止まって落ち着いていた。
「あー、笑った笑ったぁ~」と言いながら涙を拭う少年に、何がそんなに面白かったのか効こうとしたが、それよりも先に少年が声をかけてきた。
「それで、自分が死んだってことは、理解してくれたかな?」
「あ、はい。大丈夫です」
「そうかそうか。じゃあ改めて。ようこそ風音優君、死後の世界へ! 君は奇しくも、その若さで死んでしまった。けれど安心してくれ! ここは転生の間という、死した人の魂を転生させることができる部屋さ! そして僕はこの部屋の、強いては転生の管理人、【命の神】レーヴェン! 君が望むなら、何処の世界にでも転生させてあげよう!」
何と、少年は神様だった!
「き、君は神様だったのかい?」
「あれ!? 聞くところそこ!? おかしいな、今までここに来た最近の若い子は「転生来たコレ!? チート、チートはあるのか!?」って、それはもう凄い形相で迫ってきて、結構怖かったんだけどな…」
何かブツブツ言ってるな。
「そんなことよりも!」
「そんなことよりも!? 転生できるってことがそんなこと…だと!? ふ。どうやら僕は、とんでもない大物を見つけたのかもしれない」
ダメだ。話を聞いちゃくれない。何やら自分の世界にトリップしてるし。早く帰ってこ~い。
「(ブツブツブツ)。はっ! そ、そう。僕は神様なんだよ! 【命の神】レーヴェンさ!」
何やらブツブツ呟いた後、やっと正気に戻って取り繕ったけど、そんなことで誤魔化せると思わないことだな。
本当は敬ったりしないといけないんだろうけど、あんな姿を見た後じゃそんなことをする気がなくなりジト目を向けていると、その視線にたじたじしながら、神様は無理やり話を進めた。
「そ、それで、君は転生を望むのかい?」
「転生をしなかったら、どうなるんですか?」
「うん? どうなるって、ほら、天国に行くだけだよ」
おお…。本当にあったんだ、天国!
「おお! 天国って、どんなところなんですか?」
「あー、何か目を輝かせているところ悪いんだけど、別に何にもないよ? 天国。ゲームもなければ漫画もないし、食べる必要もないから食べ物もないし、みんな魂だけだから丸い球体がふよふよ浮いているだけで、先に天国にいる魂と世間話ぐらいしかすることないよ?」
何それヤダ行きたくない。それ天国ちゃう。もはや地獄だ。
「転生します」
「だよね」
神様がちょっと苦笑気味に返事をし、ちょっと待っててといいながら、椅子に座って何やら積まれた紙を探り始めた。
「え~っと、風音優君だから、か行か行……あれ? 何で上の方にないんだ? 五十音順に並んでいるはずなんだけど……。あ! あった! って、下から2番目!? 何でしたから五十音順なんだよ、普通逆だろう!?」
と、何やらブツブツ独り言を言った後、
「どっせ~い!」
といって、恐らくか行から上、さ~わ行までの書類を、バッサァと、地面に放り投げた!
「わぁああああ~!!? 何してるんですか! 神様!」
思わず突っ込むと、「知らん、ほっとけ」と言い出す始末。
「風音かざね………お、このあたりか。で、かざねのゆうだから下の方で………」
と、俺の名前を探し始めたので、俺は仕方なく、地面に散らばった紙を拾い集める。ただ、見たことのない文字でどれかどれなのか分からないので、順番とか気にせず、取り敢えずかき集めた。
数分が経って、神様の「お、あったあった」という声が聞こえたので、紙を拾うのを止め、顔をあげる。
「ほれ」と差し出された紙を、俺は持っていた紙を机の上に置いて受け取った。
そこには、やっぱり見たことのない文字が少しだけ書かれており、それ以外は何も書かれていなかった。
「これは?」
「君の、風音優君の、命の紙」
「命の紙?」
「そう。そこには風音優の、全てが書かれている。事細かに。性別、性格、癖、見た目、過去の出来事、そして死因まで。言うなれば、運命の紙。君の人生、その設定が、書かれた紙だよ」
「設定…?」
「そう、設定。その紙には、その人の人生はこうこうこういったものですよ~ってことが書かれている。人は、その紙にのっとって生きている。運命なんてあるのかなって考えたこと、一回ぐらいはあるだろう? あるんだよ。運命。生まれから死ぬ瞬間まで、人はその紙の通りに、運命に従って生きている」
あまりのことに、頭が追い付かない。いや、違う。理解したくないだけだ。
何だ……それは。これまでの俺の人生が、設定だと? 運命だと? 何だよ、それ。それじゃあまるで、俺たち人間は―――
「ま、嘘だけどな」
「………はい?」
「だから、嘘。まぁ確かに? ある程度のことは決められてはいるよ? でもな、その人がどう生き、どう考え、どう死ぬか何てのは、そんな事細かくまで書かれてない。そんなことまで決めてしまったら、俺たち神がつまらん」
あはは、と笑う神様を、ぶん殴ってやりたいと思った俺は、恐らく間違ってはいないだろう。何だよ、人間はただの神の奴隷だとか思っちゃったじゃんか。
「お、何だその顔、もしかしなくてもお前、「人間は神の奴隷だ」とか思っちゃった? ごめんね~。怖がらせるつもりはなかったんだけど、ついね、からかいたくなっちゃうんだよね。てへぺぶべらっ!!?」
あ、つい殴ってしまった。
………ま、いっか。
神様を殴ってしまったことに、反省はするが、後悔はない!
「ゆ、優君。きみ、神様を殴るとは、なかなかやるね。ここまで思いっきり殴られたのは、久しぶりだよ」
「反省はしますが、後悔はありません!」
「言い切った! それも清々しい笑顔で! く、確かに僕が悪いから、何にも言えないんだよね…」
畜生、と、むちゃくちゃ悔しそうな顔で言うが、そんなことならからかわなきゃいいのに。
「さて、茶番はここまでにして「茶番?」うそうそごめんて。で、優君に聞きたいんだけど、君、何処に転生したい?」
「どこに?」
「そう。地球でもいいし、別の世界でもいい。中には、剣と魔法の世界、なんてものもあるよ」
剣と魔法の世界…。それれは、もしかしなくてもアニメや漫画、ラノベみたいな世界のことだろうか。
俺の顔を見て、大体察しがついたのか、神様が苦笑気味に語る。
「うん。君たちの世界で言うアニメや漫画、ゲームやラノベみたいな世界もあるよ。で、もしその世界に行くなら、少しばかり特典も上げるよ」
「特典?」
「そう。特典。所謂チートだね。せっかく転生したのに、すぐ死んでしまうのは嫌だろう? あんまり強いのはあげられないけど、すぐに死なない程度にはしてあげるよ」
そこまで聞いて、少しばかり考える。正直、異世界にはいってみたい。俺はオタクではないが、それなりにラノベを読むし、ゲームもする。一時期、魔法は実在するなんて、本気で思っていた時期もあった。でも、やっぱり、異世界は危険でいっぱいなんだろう。平和な日本で生きていた俺に、果たして異世界で生きていけるかどうか………って、転生だったら、もしかしなくても赤ちゃんから?
「あの、それってまた赤ちゃんから生を受けるんですか?」
「いや、別に若返らせて異世界転生することもできるよ。ただ、その時はその世界に悪影響が出ないよう、過剰すぎる知識は消させてもらうけどね」
なるほど。記憶を消されるのは少し怖いけど、でもそれは仕方がないことだろう。一応チートももらえるようだし、異世界に転生…してみようか? 年齢は15歳ぐらいまでにしてもらって……うん。これでいこうかな。
「決めました」
「おう、どうする?」
「異世界に転生させてください。年齢を15歳まで若返らせて」
「…それで、いいのかい?」
「はい」
「そうか。じゃあ、優君の適性を見てみようか」
「適正?」
「そう。剣と魔法の異世界に行くんだろう? なら、その世界では君はどういった適性があるのか、先に調べてみないことには、どういった特典をあげるかも判断できないからね」
「分かりました」
「それじゃあ、その紙に血を垂らして」
この針でプスッとね。といって小さな針を渡された。
「血を?」
「うん。そうしたら文字が浮かび上がってくるから。そこに君の適性が記されているんだよ」
「分かりました」
「その間に、僕は転生できる世界を探しておくからね」
そういうと、神様は徐に目を瞑ると、何やら神様の頭が小さな光で包まれていく。頭の周りに、小さな光球が無数に現れ、それはまるで星々のようで、そこは小さな宇宙のようにも見えた。
俺はそれを少しばかり見ていると、人差し指に針を刺して、小さな血の泡を出すと、擦りつけるように紙に付けた。すると瞬く間に血は、紙に溶けるように消えていき、ぼや~っと文字が浮かんできた。ただ、やはりこの文字も知らない文字で、全く読めないので、神様が終わるのを待つことにする。
神様を見てみると、まだ転生先の世界を探しているようだったので、それが終わるまで、大人しく待つことにした。
ありがとうございました!
レーヴェン:オランダ語で、「命」。