ヒ ツ ウ チ ※
※怖い、というか不思議な話なのかもしれません。
ある冬の夜のことだった。
携帯電話のアラームを目覚まし時計代わりに使っていた私は、今でも常に枕元に置いている。
着信音もアラームも、当時気に入っていたアニメのOPの1フレーズに設定していたので、どんな朝でもテンションマックスで目覚めることが出来た。
時には鼻歌を歌いながら目覚めたものだ。
その日は当時毎年恒例だった「映画観賞会」の日だったので、いまでも友人たちと会うとその時の話題が出たりもする。
鑑賞会の日は、当時一人暮らしだった私の部屋に女三人が集合した。ジャンケンで負けた人間が近くのレンタルビデオ屋でホラーを三本、アダルティなものを二本借りなければならないという残念かつ過酷なルールまである。
敗北したのは私で、有名ホラーにB級ホラー、実録・呪いのビデオ的なものと、趣味嗜好がSとMの寄りの人が色々頑張るもの。そして外人の男性二人がテレビショッピングのようなテンションでホにゃラ~っとするものの五本を選択した。
私のビデオレンタル履歴を見られたら、軽く死にそうなチョイスだった。
宅配ピザを食べながら酒を飲み、ビデオをつまみにゲスい話で盛り上がる……。成人していたとはいえ、年頃の女性とは思えない飲み会は深夜まで続いた。
夜は私だけ布団で眠り、残りは小さな炬燵で雑魚寝をする、というのも恒例のスタイルだった。
眠りにつく頃には日付をこえていたのを覚えている。
「~~~~~~~~♪」
着信音が聞こえた。その頃にはもう珍しくなっていた単音の着信音だった。
曲目は、パッヘルベルの「カノン」。誰もが少なからず耳にする有名な曲だ。
「~~~~~~~~♪」
途切れては何度も繰り返された。
(誰の携帯だろう)
そう思い起き上がる。
鳴っていたのは、枕元にある自分の携帯電話だった。
ふと炬燵を見ると、三人が起きていた。
M(仮・私ではない)「電話、でないの?」
T(仮・前のTとは別)「単音とか久しぶりに聴いたわ」
R(仮)「――それ、M(私)の?」
三人がそれぞれ話してくる。
その間もカノンは鳴り続けていた。――留守番設定はしてあり、数回コールが続くと留守番電話サービスになるはずなのに。
そして私は口を開いた。
「……これ、着メロ設定にしたはずなんだよね。それに『カノン』はこの機種には入ってないんだけど」
そう言って携帯の表示を見ると――
『ヒツウチ』
そう短く表示されていた。「非通知着信」なら見たことがあったが、その時の表示は「ヒツウチ」だった。
もちろん知り合いに「ヒツウチさん」など居ない。そして、登録してある名前に「ヒツウチ」と見間違える人もいない。
画面を眺めていると音が消える。
そしてまた「ヒツウチ」からの着信……。
黙ったまま固まる私に、三人が近寄り画面をのぞき込んだ。
M「いたずら電話?」
T「こんな表示はじめてみた! なにこれ?」
R「……電源切って寝よう? やばいよ? みんな気づいてる? 外の音、国道の隣なのに車の音すらしないんだけど……」
その瞬間ぞわりとした。
住んでいたアパートは国道○号線の真横に建っており、片側二車線道路で深夜であっても車が途切れることはない。
それなのに、沈黙すると耳鳴りがしそうなほど静まり返っていた。
「~~~~~~~~♪」
そしてまたはじまる「カノン」。
全員で画面の「ヒツウチ」を見た。
……これに出たらどうなるのか、その考えが頭をよぎったとき、Tが動いた。
風呂場の前に置いていた籠からバスタオルを持ってくると、鳴り続けている携帯電話を私の手からするりと抜いた。そしてバスタオルでクルクルと巻くと、そのまま冷蔵庫に叩き込んだ。
投げ入れたような力強さだった。
T「――寝るからね!」
有無を言わせないその姿に、皆従った。
翌朝夢だったのかと確認したが、枕元に携帯電話は無かった。
そして冷蔵庫には丸まったバスタオルが冷えており、携帯電話は無事だった。その後全員で着信履歴を確認したが、履歴は一つも残っていなかった……。
今でも時折思うのだが、あの時の「ヒツウチ」は誰からの着信だったのか。
そして、もし一人のときに「ヒツウチ」から着信があり、それに出てしまったら……電話の向こうにナニがいたのか。
あれ以降、一度も「ヒツウチ」からの着信は、ない。
後日携帯ショップで働く友人に聞いたところ、当時私が使っていた携帯は――というかどの携帯でも「ヒツウチ」という表示はされないのだと教えてもらいました。
そして、設定にない曲が鳴ることも無い、とのことです。