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ある意味怖い話  作者: 谷口由紀
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地下鉄にて……

「二人の女性」


 あれは当時独り暮らしをしていた時のことだ。

 当時A知県某所で働いており、ほぼ毎日終電に駆け込む日々だった。……ちなみにサービス残業七時間、連続勤務15日など、今でいうところの完全ブラック企業である。


 そんな過酷な勤務が終わり、なんとか終電に間に合った。

 地下鉄を待つ人はまばらで、私の前にはサラリーマンの男性。少し離れた右隣の列は先頭が女性で後ろにサラリーマン。左隣の列は女性が一人。――後は覚えていないが、そこはN市地下鉄のなかでもさほど混雑しない駅のせいか、そこで電車を待っていたのは20~30人前後だったと思う。


 あと数分、そうぼんやりと待っていた時違和感に気づいた。

 

 ゆらり……ゆらり……


 右斜め前の女性が両足を前後に開いて揺れている。

(平日の夜なのに、酔っ払いか)

 そう思った。

 酔っ払いが最前列なんて危ないじゃないか、そう思うのに違和感がぬぐえない。


 そんな時、地下鉄独特の音楽とともに「電車がまいります」の表示が電光掲示板に流れた。

 あれほど揺れていた女性の動きは、ピタリと止まっている。

 そして電車の光が見えた時だった。


 斜め前の女性が――飛んだ。

 

 それを見た私の前と彼女の後ろにいたサラリーマンも追いかけて飛び降りる。数人の人は大きく手を振って、車掌に気づかせようと必死だった。

 だれしもがギリギリまで前にでて、落ちた彼女のために! と動いていた。



 ……私以外は。



 私の脳は即座に「ギリギリまで下がれ」と身体に指令をだしたのだ。


 自分の意志で飛んだ(ように見えた)女性に対して、自分ごときに何ができるというのか? 助け上げるほどの筋力はないし、どこぞのヒーローのように電車を素手で止められる超人的パワーもない。

 助けに行けば即バッドエンド。そして流れるエンドロール……。


 む リ だ !!


 ならば他の人のように前にでて、少しでも電車に知らせる努力をすべきではないのか?


 ――何人もの人がもうやっている!


 なら今の自分に何ができるか?

 そしてそこまでの分析が瞬時に行われた結果、脳内の全私が満場一致で「壁際まで下がり、耳をふさぐ」という、今思うと人として残念な行動を選択したのだった。


 電車が間に合わなかった場合、彼女とそれを助けにおりた二人もろともドーンでグシャ―! そして舞う様々な飛沫!この距離ならば、もしかしたら服や髪にまでかかるかもしれない。それに音だけは聞きたくなかった。砕けるような鈍い音なのか、人間は血液があるから水風船が弾けるような音なのか。そして彼女はその時無言なのか、叫ぶのか……。少なくともそんなものを間近で見届けてしまった日にはトラウマになること間違いなしだ!


 その考えが、その行動の背中を押した。

 そして電車はブレーキ音をさせながらホームに入ってきたのだった。




 結論からいうと、彼女の1メートルほど手前で電車は止まった。

 彼女は助かったのだ。

 飛び降りた時にレールで額を打ったのか、顔面にはかなりの出血があった。

 ワンピース姿だったからなのか、膝からも出血していた。


 彼女はサラリーマンに抱え上げられ、ホームに戻った。皆口々に安堵の声を漏らす。


 私はその光景を壁際から眺めていた。

 自分は人でなしなのではなかろうか……そう落ち込みかけて、視線を左にそむけた。


 ――その視線の先に、壁に張り付いたもう一人がいた。左側に立っていた女性だ! 

 不思議な連帯感を感じた私は――いや、私たちは、どちらからともなく会釈をした。


「……見たくない、ですよね」

「そうですよね」


 あの緊迫した瞬間、自分と同じ選択をした人がいた! それだけが救いだった。


いつの間にかきていた警官と駅員が、その場の人に声をかけていた。「目撃した人は話を聞かせてください」と。

 そして皆が名乗りをあげ、彼女に「つらいことがあっても命は大切に……」的な心温まる言葉をかけていた。


 私と隣の彼女はまたも視線を交わし、無言で頷いた。

「こんなに証人がいるなら、私たち、もういいよね!」

 その目がそう語っていた。


 そしてたまたま同じ方向だった私たちは、静かに地上にあがり出口に止まっていたタクシーを使い、二人で帰りましたとさ。


「一人じゃなくてよかったです」

 と微笑んだ名もしらぬ彼女よ、それは私も同じ気持ちだ。

 


 


 

 人は時に他人のために動きます。

 その一方で、動けなかった人間もいたのです。

 ――あなたは、その時どちらにいますか?


 私は壁際です。

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