神社の前だよね? ※
※人によっては少し怖い話かもしれません。
あれは夏の夜のことだった。
友人の家で遊んだ帰り、遅くなってしまったため急ぎ自転車を走らせていた。
友人の家から自宅までは、距離としては30分程度だ。その道中は田舎道なので外灯は少ないが、月明かりに照らされていればさほど怖い道ではなかった。
しかし、途中にある神社だけは不思議と苦手だった。
昼間であっても薄暗く人気のないそこは、夜になると真っ暗で、鬱蒼と茂る樹木のせいか月明かりも届かない。
そこへ差し掛かった時、突如携帯電話の着信音が鳴った。
昔懐かしい単音の着信音だ。
その後、和音・三音・十六音……着メロ、と進化が進むのだがそれはさておき、表示画面をみると珍しい友人からだった。
電話の相手は距離的に電車で一時間半ほど離れている。そして彼女は普段はメール派で、めったに電話をかけてくることは無かった。
――珍しい、そう思って自転車を漕ぎながら電話に出た。
今では法的にもモラル的にも自転車に乗ったまま電話やメールはお勧めしないが……。
電話の相手はこちらの反応を待たずに話し始めた。
「久しぶり、今自転車に乗ってない?」
突然の言葉に驚いたが、風を切る音でも聞こえているのだろう、とその時はそう思った。
「乗ってるよー、それがどうしたの?」
「あのね、頭の中に突然イメージが浮かんでさ……今神社の前だよね?」
確信をもっているようなその言葉に、続きを聞くのが嫌な気持ちになった。
「……うん。神社の横を走ってるとこだよー」
この「だよー」に被せるように彼女は言葉を急いだ。
「だったら思い切り漕いで! お婆さんが髪を振り乱しながら追いかけてきてるの! 自転車に乗られちゃう」
その言葉を聞いた瞬間、電話ごと自転車のハンドルを握って立ち漕ぎに変えた。
真後ろにいたらターンして轢いてやる! そう思い後ろを振り返ってみても闇が続くばかりで、お婆さんなどいない。
存在してはいないお婆さんがダッシュしてくる妄想だけが鮮明に浮かんでしまい、漕ぐ速度はマックスハート(?)だったに違いない。
どうにか国道の明かりが見える場所までたどり着いたとき、通話中だったことを思い出した。
息を整えながら電話を耳にあてる。
「~~~~~~」
耳元に聞こえたのは般若心経の一部分だった。
「T(彼女の名)? ……T、だよね?」
そう問うと、電話の向こうでお経が止まる。そして彼女が鼻をすする音が聞こえた。どうやら泣いていたようだ。
「大丈夫?」
「~~~~じゃない! 大丈夫じゃないよ! あんた振り返ったでしょ!? その顔のすぐ近くにお婆さんの顔があったんだよ!」
あの闇――に見えていたのは、もしかしたらお婆さんのドアップだったのかもしれない……、そう思うと流石に背筋がひやりとする。
「お経唱えながら、Mに近づくなってずっと言ってたんだからね?」
「そうだったんだ……ありがとう」
この時、ありがとうと言っていたものの、半分本心では無かった。
見えないお婆さんというものも多少怖くはあったのだけれど、「Tがどこから視ていたのか」という事が怖かったのだ。
暗い闇の中に私を追いかけるお婆さん、そしてそれをさらに暗闇の底から見つめる大きな瞳。
私は「振り返った」ことなど、彼女に一言も話さなかったのに……。
存在しないものより、存在している人間のほうが怖かった……という話でした。
彼女(T)についての色々は、まだまだあります。
……そのうち書くかもしれません。