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ある意味怖い話  作者: 谷口由紀
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有り難くない、ありがとう

 ※全く怖くはないけれど、鳩が機関銃(豆装填)をくらった程度には、驚いた出来事です。


 あの日、私は親友の作ってくれた納豆ご飯型バッグチャームをつけて地下鉄に乗っていた。

 その納豆ご飯の上には、適量の刻み葱。そして独特の粘りが見事に表現されていた。ちなみに我が親友はフェイクスイーツアクセサリーのクリエイターなのだ。


 納豆がスイーツか!? などという問答はこの際些細なことなので割愛する。彼女の手から生み出されたリアルすぎるその出来栄えが、私のハートを常に鷲掴みにしているのである。


 その美味しそうな造形に見とれていると、隣に座ってきた子供(幼児)が興味を持ったらしく、無表情のまま手を伸ばしてきた。

 幼女の視線も釘付けにするとは、さすがね、納豆ご飯! などと呑気に思っていたその時、彼女のママンが動いた!  


「わー! 珍しいですね。しかも美味しそう」


 目が合ったので、大人として軽く会釈をした。

 ちなみに脳内の私は、三河生まれ三河育ちのくせに、「せやろ?」と何故か普段使用することのない方言でドヤ顔だ。


 そしてすぐ、ママンの口から謎の呪文が放たれた。


「うちの姫(※セリフ改竄なし)のためにありがとうございますー」


 脳内は即座にクエスチョンマークで溢れる。

 どちらかというと純和風なこの幼女が「姫」だとしたら、このママンはママンではなく、どこぞの殿、もしくは城主様の奥方様とお呼びするべきか?

 「ありがとう」とは感謝の言葉であって、漢字表記は「有難う」つまり有ることが難しい、そんな出来事にあえたことへの感謝を述べるという意味である。

 果たしてこの短時間に、初対面の奥方様にそこまでの感謝をされることがあっただろうか。


 いや、ない。


 などと考えている間にも、奥方様は一方的に言葉を続けた。

「うちの姫、おままごとが大好きで、こういうのスゴイ好みなんですよー」


 幼女、改め姫の趣味や嗜好を初対面の人間に熱弁してなんになるというのか。

 なおも奥方は続けた。


「ティアラ(※仮です、本当はもっとファンタジーなお名前でした。しかし漢字はわからず)もありがとうっていいなさい! ティアラの好きなのを持っててくれたんだから」


「……ありがとう」

 どちらかというと市松人形似の姫は、なかなか西洋風の名前でいらっしゃる……。ではなく、姫は下々の者(私)に対しニコリともせず、掌を上に向けてひらひらさせた。


 その姿に、あえてアテレコするならば、間違いなく「おらおら、よこせ」的な感じです。


 さすがに私もこれはおかしい! そう思い、小さな声で奥方様に言いました。

「や、これは大事なものなので、あげられないですよ?」

 

「こんな小さな子が喜んでるんですけど?」奥方様は真顔になった。


「それは……」


「あ り が と う ご ざ い ま す」

 私の声に被せるように、真顔の奥方様は言う。鞄についている納豆ご飯に、手を伸ばしながら。


 ――もうだめだ!


 そう思った時、駅について扉が開いた。

 目的の駅ではないが、鞄を抱えて飛び出した。


 階段で振り返ると、電車は動きだしており、その閉ざされた扉近くに真顔の奥方様がいらっしゃいました。

 睨むでもなく、真顔のまま遠ざかっていく姿が、ほんの少しだけ怖かったです。


 

 育児疲れなのか、なんなのか。

 やはり知らない人間のほうが怖い。そう思った出来事でした。


 

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