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人類の産声【完結】  作者: 倉田四朗
第一部 迷える魂
9/40

深夜の密会。殺意を添えて。

「さて、言い訳をきこうか」

 月喰迎撃基地のオフィスで、自分の椅子に座す鉄面皮は、いつもと変わらない嘲るような調子で言った。

 彼のデスクの前には三人の人間が立っている。銃を携えたふたりの兵士と、彼らに挟まれた朔月ミタマだ。彼女も鉄面皮と同じく、平静な様子を見せている。

「あらためて言うことでもないけれど、これは重大な背信行為だよ。君は人類の敵と、その手引をするものを逃がしたんだ。いくらキミが友達とはいえ、これはダメでしょう」

「よく理解しております。ですがやむを得ない処置でした」

 ミタマは毅然とした態度を崩さない。その表情には強い決意があった。

「ということは、僕を納得させられる理由があるわけだ」

「はい」

「言ってみようか」

「公式には、月喰が人間を模倣したという例はありません。これは彼らの知性の程度とその目的を記録する絶好のチャンスです」

「そのために捕らえようとしてる」

「牢屋のような隔離された空間で健全な知性は育ちません。なるべく雑多な情報にあふれる場所――たとえば町なかで、月喰自身がなにを選択し理解するか、それらを知る必要があります。そして鏑矢迎撃士は監督役としてふさわしいと考えます」

「キミの発言は不穏だね」

 後ろの兵士がわずかに銃を持ち上げた。しかしミタマは眉一つうごかさない。

「そんなことをして、罪もない人々が犠牲になったらどうするんだい? あの月喰が無害であるという確証は?」

 ミタマは言葉につまった。兵士たちの銃の金具が音をたてる。

 鉄面皮は長い息を吐いた。

「……残念だよ、ミタマくん。キミはもう少し賢いと思っていたけれど――」

「――では逆に問いますが、有害であるという確証は?」

「……なんだって?」

 鉄面皮が動きをとめた。ミタマは声を低く、強くする。

「公式記録のどこを探しても月喰が実際に人間に危害をくわえたという記載はありません。15年前のアフリカ大陸でさえもあれほどの被害をもたらしたのは人類の使った無汚染水爆です」

「月喰は星を食べる」

「それすらもコンピューター上のシミュレーションよる予測に過ぎません。今まで黙っていましたが、私は、月喰の真の目的はべつのところにあるのではないかと考えております。もし彼らが我々と――」

「――待て、朔月ミタマ」

 鉄面皮の語調が変わった。彼の言葉はいつものどこかふざけたようなものでなく、冷たい刃を首筋に当てられたときのような、生命の危険を直感させる冷たさを伴っていた。ミタマは震える拳を握った。

「それ以上喋るな」

 鉄面皮の視線に、ミタマは声を発せなかった。

「キミたちふたり、退室してくれ」

 兵士たちが踵をかえし、部屋を出ていく。残されたミタマに、鉄面皮は椅子をまっすぐ向け、静かに言い放った。

「どうやらキミはたどり着いてはいけない部分に踏み込んでしまったようだ」

「……私を殺すのですか」

「そうしてもいい」

 鉄面皮はデスクの引き出しの中に手を突っ込む。ミタマはぎゅっと目をつぶった。

「だがそうしてなにになる? 我々は貴重な人材を失うし、組織内に悪い噂がたつのは誰の得にもなりはしない」

 鉄面皮の声にミタマが恐る恐る目を開くと、彼は彼女の目の前に立ち、まっすぐ向き合っていた。

「取引しようか」

 鉄面皮は明るい口調に戻っていた。ミタマは片眉をあげた。

「鏑矢ソウルと、彼と行動をともにする月喰を追うのはやめよう。殺しもしない。僕としてもできれば円満に彼に戻ってもらいたいしね。彼はキミの友人であるとともに僕の友人でもあるんだ。友人を殺すなんてそんな残酷なことはとてもできないよ」

 どの口で言うのか、とミタマはわずかに反感をおぼえた。

「代わりに、彼の説得をお願いしたい。我々には彼が必要だ。それも今すぐに」

「……まさか?」

「さすが、察しがいいね!」

 鉄面皮は軽い足取りでデスクをぐるりとまわりこみ、大きな窓のブラインドを指でひっかけた。隙間から夜の空と、その真ん中に輝く赤い目玉を覗きこむ。

「つい20分前、月から新たな月喰が発射されたのが確認されたよ。予測最適迎撃宙域はなんと我々の担当だ。到達は4日後。ここで我々が身内のトラブルで迎撃できないとなれば、国際発言力に大きな打撃なうえ、なによりすごく恥ずかしい」

「まさか、こんなにはやく次の月喰が!?」

「異例のペースだよね。前は月イチくらいだったのに」

 鉄面皮は窓から離れ、椅子にどっかと腰かけた。

「というわけで、はっきりいって今はかなりギリギリの状況であるのだ。そしてそんな僕たちを救えるのはソウルくんの友達である、朔月ミタマ宇宙生命研究部部長、キミだけだ。がんばってね!」

「……わかりました。必ず、彼を探して説得してきます」

 ヒラヒラと手を振る鉄面皮に背を向け、ミタマはオフィスを出ていった。





「――そういうわけだから、彼を殺すのはちょっと待ってね」

 鉄面皮がそう言った。直後、オフィスに隣接する彼の私室へのドアがガチャリと開き、ひとりの人間が姿をあらわした。その人物はよろけながら数歩歩き、壁に手をついて立ち止まった。

「やつが基地に戻ってきたら、殺すのか?」

「どうしようかなー……スピリット、キミはどう思う?」

「すぐ殺すべきだ。そして体を回収する」

 スピリットは断固とした口調で言った。

「それもいいんだけどねー……うーん……」

 鉄面皮は腕を組んでうなる。スピリットが舌打ちした。

「はっきりしないな。鉄面皮らしくない」

「悩みはヒトの特権さ。たしかに殺したほうが合理的なんだけどねぇ。ミタマくんと約束しちゃったし、彼女にも一理あるしなぁ」

 うんうん唸る鉄面皮を見て、スピリットは肩をすくめた。そしてフラフラよろけながら部屋の出口へと向かう。

「もしやつを殺すなら呼んでくれ。今度はしくじらない」

「キミは悩まないんだね」

 鉄面皮が、ドアノブに手をかけたスピリットの背中に言いはなった。

「……何が言いたい?」

「べつに、ただの感想さ」

 スピリットは振り返りもせず、乱暴に部屋をあとにした。

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