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人類の産声【完結】  作者: 倉田四朗
第一部 迷える魂
8/40

プロの価値はトラブルへの対処できまる。

 三人を乗せた自動車は月喰迎撃都市の中心にほど近い、豪奢な高級ホテルの地下駐車場で停まった。レベッカが車内でだぼだぼのパーカーに着替え、余計な腕を隠してから外に出て安全を確認し、ソウルとカグヤを連れていく。

 深夜のエントランスにほかの宿泊客らしい姿はなく、フロントの年老いた男がにっこり笑って会釈した。

「お待ちしておりました、レベッカ様」

「いつもの部屋、空いてます?」

「いつも通りでございます」

 男はカギをレベッカに差し出す。彼女はタグの金具に指をひっかけ、快活に笑いながらくるりと回した。

「それじゃお願いしますね」

 すたすた歩き出す彼女にソウルはあわててついていく。カグヤは彼に抱きかかえられたまま、3階吹き抜けの高い天井から垂れ下がる巨大なシャンデリアに見とれていた。

 エレベーターに入ると、レベッカはボタンを押さずにフロントで受け取ったカギを点検用の蓋の鍵穴に突っ込んで回した。するとエレベーターが動き出す。地下駐車場の表示を過ぎ、エレベーターはさらに深くへと降りていく。

「これ以上地下があるのか……」

 ソウルがつぶやくと、聞きつけたレベッカは得意げに鼻を鳴らした。

「カナシーことに、世の中には貧乏人が知らないことがたくさんあるってことですよ」

 エレベーターが開いた。

 ソウルは目を見張った。扉の先は赤い絨毯とシャンデリアが眩しい、広々としたスイートルームだったのだ。どの部屋にもヴィクトリア調の美しい家具がそろっていて、リビングの中心のテーブルの上には良い香りのする花籠とシャンベルタンが冷やされてある。窓が無いにも関わらず息苦しい印象は無く、飾られたルノワールの華やかさに、むしろ開放的な心地よささえ感じられた。

「宿泊客用のパニック・ルームです」

 口を開けて立ち尽くすソウルとカグヤを尻目に、レベッカはズカズカと中へ入り込んで冷蔵庫を開けると、ハイネケンの瓶をラッパ飲みする。

「こんなご時世ですからねー、万が一の備えってやつですよ。おふたりはここでしばらくお過ごしください。ルームサービスとベッドメイクが無いのと、無線遮断処理がされてるほかはフツーのホテルです」

「いつも仕事のときはここを?」

「誰も使わない部屋ってどんどんボロくなってくらしくて、ときどき使わないといけないんですよ。昔、ここのオーナーが私のお客だったことがありましてね、そのご縁で」

「きれい! いいにおい!」

 カグヤがテーブルの花籠に駆け寄った。レベッカがそばの椅子に座り、花籠から一本の白百合を抜き取って、カグヤをじゃらす。レベッカは瓶をまた傾けた。

「ミスターカブラヤにはこれからしばらくここで暮らしていただきます」

「なに?」

 防犯設備を確かめていたソウルは訝しんだ。

「ほとぼりが冷めるまでジッとしてろって?」

「ほとぼりは冷ますものですって。これからミスターカブラヤには――」

 レベッカの、服に隠された腕がもぞりと動いた。

「――死んでもらいます」

 言い終わるか否かのタイミングで、ソウルは床を蹴っていた。そのまま数メートルの距離を跳びつつ、空中飛び膝蹴りを放つ。レベッカは「ひぇっ!?」と悲鳴をあげてとっさに身を伏せようとして、座っていた椅子をひっくり返して床に倒れた。ソウルは彼女を飛び越え、身構えつつ着地した。絨毯に波紋のようなシワがより、カグヤが足をとられ、コケた。

「ちょまー! ちょまー! ちがう! ストップ、ストップですって!」

 レベッカがあわてて立ち上がる。ソウルは警戒を解かない。

「すいません言い方間違いました! えーと、えー……、そう! 死んだように見せかけるんです!」

「なに?」

「簡単ですよ」

 レベッカが服の下から小さな機械を取り出した。ソウルは、なんだかそれに見覚えがあるような気がした。

「知り合いのブローカーに頼んで『白ボディ』――あ、まだ脳がまっさらなボディのことなんですけど――を用意してもらってます。その体にこの機械でミスターカブラヤの脳の中身をコピーして、さらに擬似記憶を書き込んで、殺してどっかの路地裏にでも転がしとくんです。死んだことにするのが一番確実なんですよ」

「あ、ああ、そういうことか……」

 ソウルは構えをといた。レベッカは緊張が解け、肩を落として長いため息をついた。

「まーだ心臓バクバクしてんすけど……」

「ご、ごめん。早とちりで」

「びっくり!」

 カグヤが絨毯のシワを踏みつぶしながら言った。

「カグヤちゃん、大丈夫だった?」

「……カグヤもごめん」

「んー?」

 カグヤは無邪気に笑った。その眩しさにふたりはなんだか気を張っているのがバカバカしくなって、ソウルは近くの椅子をひき、レベッカはさっき倒した椅子を戻して座った。

「でも大丈夫なのか?」

「はい?」

「俺のボディはスペシウム合金製の一点ものだぞ。それに12時間ごとに脳のバックアップもとられてる」

「え?」

「え?」

 レベッカがきょとんとした。ソウルもきょとんとした。

「……知らなかったのか?」

「……えーとすいません。こういうケースはちょっとはじめてで……」

「マジか」

「マジです」

「……どうすんだよ」

「……どうしましょう」

 嫌な沈黙がおりかけ、レベッカがむりやりな明るい表情で、四本の腕をめいっぱいに振りまわす。

「と、とりあえずはこの部屋にいれば安全なんですから! レベッカ・ゲッタウェイ・サービスの社名にかけて、絶対にあなたを逃がす方法を見つけますから! ご安心ください! こっちもプロですから! やってやりますよ! ええやってやりますとも! どんとこいこんちくしょうめ!」

「こんちくしょうめー!」

「……お、おう……」

 大丈夫だろうか、とソウルははしゃぐカグヤを抱きかかえながら思った。

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