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人類の産声【完結】  作者: 倉田四朗
第一部 迷える魂
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名は体をあらわす。

 ……ソウルの家から自動車のエンジン音が離れていく。スピリットは仰向けに倒れたまま、めちゃくちゃに破壊された部屋の天井を眺めつつ、ただその音を聞いていた。

「こっぴどくやられたね」

 スピリットの頭のすぐ上に鉄面皮がやってきて、しゃがみこんだ。彼はいつも通りの無感情な顔で冷たく見下ろす。

「『ひとりでやる』と大見得きってこのザマだ。ねぇどんな気持ち? 今どんな気持ち?」

「ブッ殺すぞ」

「戦いは一部始終見せてもらった。君はよくやったよ」

 鉄面皮はねぎらうようにスピリットの体を叩いた。手のひらにべっとりついた血を、彼は動けないスピリットの服で拭う。

「俺にもスペシウムボディをくれ。体が同じなら、次は勝てる」

「無理無理。タダでさえこの間スペシウムをたくさん使って地球防衛予算を吹き飛ばしたんだ。身内のトラブルにこれ以上余計なカネは使えない。国家機関は銃弾一発だって記帳が必要なんだぜ」

「じゃあこのまま逃がすのか」

「もちろんそんなことはしないさ、スピリット」

 からかうように、鉄面皮がスピリットの名を呼んだ。ヘルメットの下で彼は眉を潜めた。

「いい名だよ。これから僕もそう呼ばせてもらう。コードネームにしよう。スパイ映画みたいでかっこいいし」

「……好きにしろ」

「それじゃ、君を連れてかえるとしようか」

 鉄面皮はそう言うと、懐から小さな折りたたみナイフを取り出してスピリットの首もとに挿し込んだ。そのまま血を溢れさせながら刃をひき、首を一周する。ナイフをしまうと、傷口に指を突っ込んでまさぐり、皮膚の下にあるスイッチを探り当てて、押した。ぷしゅっ、と間抜けな音がしてスピリットの頭部が体から完全に切り離された。

 鉄面皮はハンカチで手についた血を拭うと、スピリットの頭を大事そうに抱えあげる。それから基地へ連絡をいれ、ゆったり歩いてその場を立ち去った。その姿は、赤ん坊を抱える父のようにやさしかった。




「誰に雇われた?」

 疾走する自動車の後部座席で、ソウルは訊いた。彼の胸にはツキハミが抱きかかえられていて、彼女はソウルの首に手をまわしたまま、窓の外を流れる景色に目を奪われていた。

「いやーすいません。依頼主の名前は聞かないんですよー、万が一に迷惑かからないように」

 運転席ではレベッカが二本の腕でハンドルを握っていた。彼女の両脇腹のやや上から生えている余計な二本の腕は、助手席に積まれた銃器たちの状態をたしかめている。

「あ、でもですね。『キミの親友より』って言えばわかるって言ってました!」

 レベッカの言葉にソウルは眉を潜め、聞かなかったことにした。

「いやーイイですねー! 法律をものともしない友情っていうんですか? シビレちゃいますねー! あ、ポッキー食べます? それと今後は有線無線問わずネット接続は御遠慮くださいね」

 レベッカがポッキーの箱を差し出す。ツキハミが物欲しそうに手を伸ばしたので、ソウルは箱ごと受け取った。

「どんな事情か存じませんけど、私にまかせて貰えれば絶対逃がしてあげますからね、ご安心ください! ミスターカブラヤも娘さんも!」

「娘じゃない」

「あら? たいへん失礼しました!」

「非人間型のボディなんて初めて見た」

 ソウルはツキハミにポッキーを食べさせながら言う。ツキハミは喜んでいた。

「あ、やっぱり気になります? まぁ違法ですからねー、もっと見ますか? お代いただければ脱ぎますが」

「不便じゃないのか?」

 するとレベッカはカラカラ笑った。

「便利ですよー。逆立ちとか超安定しますし。あ、今の笑うとこですよ」

 絶え間なくしゃべり続けるレベッカに、ソウルはだんだん疲れてきていた。

 窓の外を見ると家屋の数が増えてきていて、どんどん月喰迎撃都市の中心部へと向かっていることがわかる。

「どこへ行くんだ?」

「セーフハウスです」

「町の中心はマズいだろ、見つかりやすい」

「今の時代、地球上のどこにも隠れられる場所なんかありませんって。この国だけで監視カメラはだいたい3000万台あって、人間は一日平均200回は映ってるんですから! トイレの中にもあるの、ご存知ない? プライバシーの概念なんて21世紀中盤で死んでますよ」

「じゃあ、どうするんだ?」

「そこで私の出番ですよ」

 レベッカはソウルを振り向き、ニカッと笑った。

「『レベッカ・ゲッタウェイ・サービス』の成功率はだいたい10%です。ご安心を」

「10%……」

「そーる、かお、しろい」

 ツキハミがソウルを見上げて言った。

「これでも業界トップなんですよー? まー言いたいことはわかりますけどねー!」

 レベッカはケタケタ笑った。

「あ、そう言えば」

 彼女は思い出したように話題を変えた。

「ミスターカブラヤはいいんですが、そのお嬢ちゃんはなんてお呼びすれば?」

「名前……」

 ソウルはツキハミを見下ろす。すると、彼女の宝石のような瞳と目があった。

「そーる、どうしたの?」

「……なぁツキハミ。おまえ、月から来たんだよな?」

 ソウルは声を潜めて訊いた。ツキハミは「うん!」とうなずいた。

「あそこからね、びゅーん、ばーん!」

「わかったわかった」

 ソウルはやさしくツキハミをあやした。父親のように。

「こいつの名前はカグヤだ」

 レベッカに向けて言った。

「カグヤちゃんですかー! かわいい名前ですね、ミスターカブラヤと一緒でなんだかエキゾチックな感じです」

「わかってると思うけど、偽名だから」

「偽名でも名前は名前です。存在が名前を手に入れるんじゃなく、名前が存在を定義するんです、聞いたことありません? かわいい名前の人はかわいい人になりますよ。私とか」

「わたし、カグヤ?」

 ツキハミがソウルを見た。ソウルは彼女の頭を撫でてうなずいた。

「おまえはカグヤだ。そう、カグヤだよ……」

「カグヤ!」

 カグヤはすっとんきょうな声をあげ、ソウルの腕の中から逃れ出た。目を丸くするソウル。カグヤは座席の上でぴょんぴょん跳びはね、楽しそうに笑って繰り返す。

「カグヤ! わたし、カグヤ! カグヤ! なまえ、カグヤ! わたしのなまえ!」

「カグヤちゃんめっちゃ喜んでるじゃないですかー! もしかして今まで名前無かったんですかー?」

 ルームミラー越しにカグヤの様子を目にしたレベッカが、冗談めかしてそう言った。

「あ、ああ……」

 ソウルはあいまいにうなずいた。なんだか取り返しのつかないことをしてしまったかのような、言いしれない不安が、はしゃぐカグヤを眺める彼の胸に影をおとした。

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