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人類の産声【完結】  作者: 倉田四朗
第一部 迷える魂
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レベッカ・ゲッタウェイ・サービス

 鏑矢ソウルの家はキングス・パークにほど近い町外れにある一軒家だ。周囲にほかに建物は無く、むき出しの地面の上にこんもりとした茂みがたくさん転がっている。夜中ということもあって周囲は静まりかえっている。街灯もないので、血なまぐさい犯罪にはうってつけの立地だった。

 ソウルの家の裏手、リビングの窓が見える大きな茂みの影からひとりの人間が立ち上がった。その人物は今しがた発砲したばかりのバレットM82A1を放り捨てると、腰に下げた刀を抜きはなって駆け出した。夜闇にまぎれてその人物は走り、ソウルの家の壁をバターのように切り裂いて大きな穴を開けると、壁の破片を蹴り入れながら中へと踏み込んだ。

 照明に照らされた、めちゃくちゃになったリビングの中では、ひとりの少女がへたりこんでいる。彼女は何が起こったのかまるでわからない様子で、無知の光に瞳をキラキラさせていた。彼女は闖入者を見上げた。

 異様な風体の男だった。基本となっている服装は合衆国陸軍戦闘服のようだが、その上に人間の全身骨格標本のような金属製の装備を身につけている。外骨格は男が身じろぎするたびに細かなモーター音をたてていた。男の頭は全体がマスクのようなヘルメットに覆われていて目も口も見えなかったが、明かりに照らされたその表面には、亡霊のようなペイントが描かれていた。

 亡霊はリビングの真ん中で立ち止まると、ぐるりと顔を傾ける。まとわりつく夜の空気と生ぬるい静寂が室内を蹂躙した

 突然、後方にあるテーブルが飛び上がって、亡霊に向けて突っ込んだ。素早く反応した亡霊は、片手の刀でテーブルをやすやすと両断する。まっぷたつになったテーブルの影から、ひとりのサイボーグが男にとびかかった。

 刀を振り切っていた亡霊の手首を掴んで押さえ、もう片方の手で彼の喉を潰そうとするソウル。しかし伸ばした腕の手首は、攻撃を読み切った亡霊によって掴まれた。ソウルと亡霊は、リビングの真ん中でお互いの腕を抑えあうかたちになった。だがふたりはなおも攻撃の手を緩めなかった。お互いに腕が使えないと見るやいなや、ふたりは同時に頭を傾け、互いの額に強烈なヘッドバットをぶちかましたのだ。亡霊のヘルメットにヒビが入り、ソウルの額から血が流れ出した。

「テメェ、何者だ!」

 ソウルが吠えた。亡霊は冷笑でかえす。

「そういうお前は何者だ」

「俺はソウルだ!」

「なら俺はスピリットだ!」

「ふざけてんのか!」

「こっちのセリフだ!」

 スピリットが膝蹴りを繰り出した。ソウルは避けきれず、もろに腹に食らったが、苦しんで離れたのはスピリットのほうだった。ソウルは笑った。

「スペシャルフォースご自慢の強化外骨格も、スペシウム合金には敵わないか!」

「でたらめな硬さしやがって!」

 スピリットが刀を振ってソウルを牽制する。

「おとなしく月喰を渡せ!」

 スピリットが怒鳴る。ソウルは横で無邪気に笑うツキハミをちらりと見た。

「そいつは人類の敵だ! 鉄面皮は何度も差し出すチャンスをやった! だのにこうなったんだ!」

「やっぱりかよ……」

 ソウルは胸の奥にかすかな痛みがはしったような気がした。

「だけどちがう! ツキハミは……こいつは無害だ!」

「たった2日でなにがわかる!」

「なにもわからない! だけど友達になれた!」

「少女なのは見た目だけだ! そいつは怪物だ!」

「どっちでも同じだ! 大切なのはソウルだ!」

「脳がバグってやがる!」

 スピリットは刀を振り上げて再びソウルにとびかかった。

 そのとき、まだ無事だった壁を破壊して、なにか奇妙なシルエットのものが部屋の中へと飛び込んできた。

 その奇妙なものはソウルとスピリットのあいだに割って入ると、両手のサブマシンガンをスピリットに向けて乱射した。埃だらけの室内に無数のマズルフラッシュと破裂音が響き、ソウルは反射的に顔をそむけてツキハミに覆いかぶさっていた。

 土埃が晴れると、そこには吹き飛ばされて仰向けに倒れているスピリットと、彼を眺める乱入してきた人物がいた。

「たいへんおまたせいたしました!」

 乱入してきた人物は大げさに手を振りながらソウルの方を振り向き、ぴしりと敬礼の真似事をした。

「いやはや、間一髪でございましたね! 間に合ってよかったです!」

 声は甲高い女性のものだった。しかもまだ若い。

 顔を上げたソウルは、底抜けに明るい声の場違いさと、彼女の異様な姿にあっけにとられていた。

 体と顔つきはごくごく平凡な、十代の田舎くさい少女に見えた。笑顔の明るい、かわいらしい少女だ。ソウルが驚いたのは、彼女が『両手のサブマシンガンを敵に向けたままソウルを見て敬礼をした』ことだった。彼女には腕が四本あった。

「外に車が停めてあります! お嬢ちゃんを連れて逃げましょう!」

 ツキハミを抱えて立ち上がったソウルに彼女はそう言った。その間にスピリットがよろよろ立ち上がろうとしたが、彼女は振り向きもせずにまた銃弾を浴びせた。スピリットはとうとう完全に動かなくなった。

「あんたは誰だ?」

 ソウルに言われて、少女はアッと口元をおさえた。それから空いている手で自分の頭をこつんとやりながら舌先を出す。ソウルはイラッとした。

「自己紹介が遅れました! わたくし『レベッカ・ゲッタウェイ・サービス』のレベッカと申します! ミスターカブラヤ、あなたを逃しに参りました!」

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