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人類の産声【完結】  作者: 倉田四朗
第一部 迷える魂
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飴玉とコーヒー

 ソウルの全身に緊張が走った。

 素早くツキハミに視線を飛ばす。彼女はチャイム音がどこから飛び出したのか不思議らしく、周囲をきょろきょろ見回している。

 ソウルは「部屋を片付ける。ちょっと待ってて」と言ってインターホンを切った。

「ツキハミ、おいで」

 ソウルはツキハミを抱きかかえ、隠れられる場所はないかと周囲を見渡す。 「ここじゃダメだ」

 ソウルはリビングから出て、ベッドルームに入った。ベッドのわきにツキハミをおろし、ベッドの下を彼女にしめす。

「ここに隠れて」

「どーして?」

「いいから」

 半ばむりやりツキハミをベッドの下に押し込むと、ソウルはシーツの端を垂らして隠した。急いでベッドルームから出て玄関に向かう。

 呼吸を抑えてドアを開けた。

「やぁ、こんばんは」

 ドアの向こうには鉄面皮が立っていた。彼はスーツを着ていたが、ネクタイはしていない。

 ソウルはドア枠によりかかり「何の用だ」と訊く。

「なに、キミが早退したと聞いてね。なにか体調でも悪いのかと心配になったのさ」

「そりゃどうも。ご覧のとおり元気一杯さ」

 肩をすくめる。

「それじゃあどうしてはやく帰ったりしたんだい?」

 鉄面皮の無機質な視線がソウルの目を射抜いた。ソウルはまっすぐに見返した。

「プライベートだ。詮索する権利はないだろ」

「それもそうだね。キミは手続きもきちんとやった」

 鉄面皮はからかうように首をかしげた。

「そしてキミは心配する友人を玄関先に立たせっぱなしでもある」

「コーヒー一杯だけだぞ」

 ソウルは鉄面皮を招き入れた。

 ダイニングにやってきた鉄面皮はソファに腰かける。

「マンデリンのカフェオレがいいな。角砂糖は5つ」

「ネスカフェのインスタントだ。砂糖もなし」

 ソウルは鉄面皮の前にマグカップを置いた。

「ありがたい、大好物なんだ!」

 鉄面皮は嬉しそうな声をあげ、無表情でコーヒーをすする。ソウルは彼がよく見える位置の壁によりかかった。

「それで、ホントのところは?」

「前回の月喰の襲来で見落としがあった」

 鉄面皮はソウルを見る。

「見落とし?」

 ソウルは眉根を寄せた。

「2日前、キミに月喰を迎撃してもらったろ? その直前、月喰が体の一部を分離させていた形跡があったんだ」

「なに?」

「分離した月喰はそのまま燃え尽きず地球に落下した可能性がある……ところでソウルくん」

「なんだ?」

「まさかキミがペドフィリアだったとは知らなかったよ」

「あっ!?」

 鉄面皮が指さした方向を見て、ソウルは声をあげた。彼らの視線の先、部屋の入口ではひとりの少女が顔を覗かせていた。少女は大きな声にびっくりしたようで、目を丸くしていた。

「おま、ベッドルームに居ろって……」

「いたいけな少女をベッドルームに連れこんでナニするつもりだったんですかねぇ」

「ちがう!」

「じゃあなぜ隠す?」

 鉄面皮がソウルを見た。

 嫌な展開にソウルは舌打ちした。

「べつに隠してたわけじゃない」

「ほーら、おいでおいで」

 鉄面皮が猫なで声で手招きした。ツキハミはおそるおそるリビングに入り込むと、ソウルの足元に駆け寄ってしがみついた。

「姪だよ。兄貴夫婦が旅行でね。預かってくれって」

「なるほど。名前は?」

「……は、ハナコ」

「まるで今考えたかのような名前だなあ」

 ソウルはぎくりとした。

 鉄面皮は立ち上がってソウルのそばに移動すると屈み込み、両手を広げてツキハミに話しかける。

「ほらハナコちゃん、おいでー。おじちゃんはソウルくんのお友達だよー。怖くないよー」

 しかしツキハミはじっと鉄面皮を見つめるだけで動こうとしない。彼は少し落胆したようなしぐさをした。

「なかなか引っ込み思案だね。こんなに満面の笑みなのに」

「おまえ表情筋無いだろ」

「ではやり方を変えようか」

 鉄面皮は上着のポケットからビニールに包まれたキャンディを取り出し、手のひらに乗せて見せつけた。ツキハミは目をぱちくりさせて、カラフルな包み紙に興味を示す。ソウルは彼女を引き止めたかったが、そうする理由がなかった。

 ツキハミが手のひらのキャンディを掴むと、直後に鉄面皮は彼女の手を引いて抱きかかえた。そして優しくあやしながら立ち上がる。

「かわいい子だ、きっと美人になる。天然ものの美人は希少だ」

「話が途中だろ」

 ソウルは、鉄面皮が彼女に注意を向けてほしくなかった。もし彼女が月喰だとバレれば何が起こるか、想像に難くない。

「そうだね」

 鉄面皮はツキハミを抱きかかえたままソウルを見た。

「分離した月喰はどうやらこのあたりに落下したらしい。もしかしたら夜道でばったり出くわすかもね」

 鉄面皮の視線からはその感情は読み取れない。

「予測重量は約15.5キログラム。だいたいこの子と同じくらいの重さだ。予測体長は約100センチメートル。だいたいこの子の身長と同じくらいの長さだ。予測体積は――」

「――何が言いたい?」

 ソウルは鉄面皮を睨んだ。殺気みなぎる視線をうけ、鉄面皮は笑ったように見えた。

「『気をつけてね』ということが言いたい」

 鉄面皮はツキハミを床に下ろした。それから彼はソウルに背を向けると、テーブルのマグカップを再び手にとり、中身を飲み干す。

「第二級機密事項だからね。通信回線を通さず、直接会って話したかったのさ」

「なぁ、もし――」

 ソウルは彼の背中に話しかけた。

「――俺がその月喰と遭遇して、捕まえることに成功したら、どうする?」

「そうなれば大快挙だ」

 鉄面皮はゆっくりと頭を傾けて、肩越しにソウルを見た。

「月喰の研究はこの15年ほとんど進んでいない。わかっているのはスペシウムが有効だということくらいだ。しかしこれだって調査船の事故による偶然の発見にすぎない。スペシウムは火星にしかない鉱物だし、極めて希少だ。もし月喰の生きたサンプルが手に入ったのなら、我々は彼らを殺せる方法がほかにないか、全力で探るだろうね」

「つまり……」

「拷問だよ」

 鉄面皮はふりかえり、じっとツキハミを見つめる。ツキハミは不思議そうな顔で見つめ返す。

「叩いて潰して切って焼いて、電気を流して水に沈めて、毒ガス吸わせてウイルス注射、パッと思いつくだけでもこれだけできる。ほかに何があるかなぁ……わくわくするね!」

 ソウルは眉間にシワを寄せながら彼の言葉を聞いていた。

「……変態め」

「人類を守るために必要なことだよ。月喰は人類の敵だって、キミもわかっているだろう?」

 鉄面皮は再びかがんで彼女の頭を撫でた。ツキハミはくすぐったそうに笑った。

「それじゃあそろそろお暇しますか」

 鉄面皮は立ち上がって、つま先を玄関に向けた。彼は上着の襟をただした。

「キミ、明日は非番だっけ?」

「ああ」

「ゆっくり休んでくれたまえ。何か変わったことがあったら、すぐに報告するように」

「……ああ、わかってるよ」

「じゃあ、さようなら」

 鉄面皮はそうして玄関を出ていった。

 残されたソウルはやっと解けた緊張に長く息を吐く。視線がツキハミとぶつかった。彼女は鉄面皮からもらったキャンディをつまんで眺めている。

「ちょっと貸してくれ」

 ソウルはキャンディをとりあげると包み紙を開いた。中身は透き通った、宝石のような飴玉だった。

「……盗聴器じゃあなかったか」

 ソウルは安堵した。

「そーる、そーる」

 ふと見ると、ツキハミがソウルを見上げていた。

「そーる、『ともだち』ってなに?」

「友達?」

 ソウルは苦笑しながら彼女と目線の高さを合わせた。なんだか恥ずかしいような、切ないような気持ちになって、ソウルはツキハミの頭を撫でた。

「友達っていうのは……そうだな」

 ソウルは指でつまんだままの飴玉をツキハミに食べさせてやった。ツキハミははじめてのつよい甘さにびっくりしたようで、目を見開き、嬉しそうに両手で口を抑えた。

「そういうのを一緒に感じたいと思う相手のことだよ」

「じゃあ、そーるも友達?」

 ツキハミはソウルを見て言った。ソウルは一瞬絶句して、それから頬を緩めた。

「ああ……そうだよ」

 ソウルは微笑んだ。

「俺たちは友達だ」

 銃弾が窓ガラスを破り、ソウルの体が吹き飛んだのはその直後だった。

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