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人類の産声【完結】  作者: 倉田四朗
第三部 人類の胎動
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魂と精神。

 唐突にスピリットが吐血し、拳と片膝を地面についた。となりにいたソウルはびっくりして声をかけ、カグヤも彼の隣に寄り添おうとする。

「触るなっ!」

 スピリットがカグヤに怒鳴って咳込んだ。彼女は萎縮し、悲しそうに彼を見るが、スピリットの体に触れたソウルはすぐにその理由を理解した。

「おまえっ……ちょっと仰向けになれ!」

 苦痛に顔を歪めるスピリットを強引に寝かせると、不自然な部分はすぐにわかった。彼の服の左胸がでこぼこに盛り上がっている。ソウルが彼の服を引き裂くと、あまりの痛々しさに、つい顔を背けそうになった。

 スペシウム合金のボディが砕けて、その破片が皮膚を突き破って露出していた。ボディの機能で激しい出血はないが、スピリットの呼吸は浅く、顔があきらかに青ざめているので、何らかの理由で出血が止まらない傷が内臓にあると予想された。

 ミタマがふらふらと近づいてスピリットの胸をのぞきこむ。

「きっと鉄巨人の胸を無理やり開いたときだ。もともとダメージがあったんだろう、通常の値を遥かに越えた負荷がかかって、さすがのスペシウムボディでも耐えきれなくなったんだ。しかも位置から見て、砕けたボディの破片が心臓に突き刺さっている可能性が高いな。鼓動のたびに傷が開いたり閉じたりするから出血がとまらないんだ」

「助けられないのか?」

 ソウルがミタマを見上げる。

「……やってみよう。私の一部を彼の心臓に擬態させ、傷をふさぐ」

「私がやる!」

 ミタマがとりかかろうとして、カグヤが叫んだ。彼女はスピリットの隣に座ると、ミタマと顔を見合わせ、うなずいた。

 カグヤがスピリットの傷口に手をかざした。ひとつ深呼吸をすると、彼女の手がドロドロに溶け出す。液体に近い粘度となったカグヤの肉体は、スピリットの傷口に触れようとした。

 すると、じゅう、という焼けるような音がして、カグヤが眉間にシワを寄せ、歯を食いしばった。気づいたソウルがよく見ると、カグヤの体が砕けたスペシウムボディの破片に触れている。カグヤの腕の皮膚がみるみる赤くなり、無数のにきびのような吹き出物が、指先から広がっていく。

「ぐ……くぅ……」

「か、カグヤ――」

 口を開きかけたソウルを、ミタマが強く睨んだ。その視線にソウルは彼女の言わんとすることを理解して、黙った。

「うぅ……ぁあ……あと、少し!」

 カグヤがうめく。吹き出物は彼女の半身全体にまで広がっている。

「……あぁあ!」

 大声をあげてカグヤがスピリットから離れた。ミタマが倒れそうになる彼女を支える。

 ソウルはスピリットを見下ろした。スピリットの呼吸は、少し落ちついたように見えた。

「い……いった?」

 カグヤが訊く。ソウルは微笑んでうなずいた。

 直後、スピリットの口からふたたび血が噴き出した。彼の体はガクガクと小刻みにふるえ、全身から大量の汗が流れ出ている。

「そんな!」

 カグヤが悲痛な声をあげた。ミタマが眉をひそめる。

「おそらく、傷を塞いだカグヤの一部が体の中に食いこんだスペシウムに触れて死んだんだ」

「も、もういちど――」

「やめなよ。何度やっても無駄だよ」

 ミタマがカグヤの肩をつかむ。カグヤはキッと彼女を睨んだ。

「どうしてそんなこと言うの!? やってみなきゃわからない!」

「……キミはずいぶんと人間らしくなったね」

 ミタマがどこか寂しそうに言った。カグヤはミタマを振り切ってふたたびスピリットのそばに座る。傷口にかざした手を、血にまみれた手に掴まれた。

 スピリットだった。彼はカグヤを睨みつけ、無言のまま、気迫だけで拒絶の意思を示していた。

 またスピリットが吐血し、カグヤの手を離した。カグヤは今にも泣きそうな表情でその場に崩れた。

「おい……俺」

 咳き込みながらスピリットが呼ぶ。ソウルは返事をした。

「俺に接続しろ」

「あ、ああ」

 ソウルは自分の首の後ろから端子を引き出し、スピリットと繋ぐ。すると、ソウルの顔色が変わって、信じられないような目でスピリットを見た。スピリットは汗だくの青白い顔でにやりと笑った。

「こんなことになったんだ、もう俺の再生産はないだろう……つまり、ほんとのお別れだ」

「ソウル!」

 カグヤが涙を流してスピリットにすがった。ミタマはその傍らで静かに目を伏せていた。

「悪かったな、いろいろと……」

 スピリットが指先でカグヤの頬に触れた。カグヤは大きく頭を振る。

「気にしてない、気にしてないから!」

「そんな顔するなよ……もとに戻るだけだ……だいたい、この世に同じ人間がふたりもいるのがおかしいんだ……なぁ、俺」

 スピリットが目だけでソウルを見る。ソウルはうなずいた。

「この世に同じ人間なんていない、たとえ同じ人格データを使っていても。俺とおまえとは、別のソウルだ」

「俺のコピーのくせに……生意気なクチききやがって」

 スピリットは笑った。彼の瞳に、赤い月が映りこむ。

「俺の記憶は託したぞ」

 ソウルは頷いた。スピリットは目を閉じる。

「悔いはない……やることはやった」

「ソウル! 死んじゃやだ!」

 カグヤがわめくが、彼女の声はもうスピリットの耳に届いていないようだった。

「ああ、でも……この先、どうなるか、見たかったなあ……」

 小さな呟きを最後に、スピリットは動かなくなった。

 大声をあげてカグヤは泣いた。ミタマは静かに目を伏せ、無言でただ祈る。

 ソウルはスピリットとの接続を解除し、左胸に手を当てて言った。

「おかえり……そしてじゃあな、スピリット……」

 スピリットは、微笑んでいた。

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