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人類の産声【完結】  作者: 倉田四朗
第三部 人類の胎動
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幼い大天使。

「『わからない』というのはおそろしいんだ。恐怖は理性を凌駕する。頭では無害だとわかっていても、心が拒絶する……そして心はコントロールできない」

 鉄面皮が静かに言った。

「そんな……! 嘘だろ」

 ソウルの足から力が抜けかけ、なんとかこらえた。スピリットは顔を歪めて歯を鳴らす。

「人間はそう簡単には変わらないよ。共通の祖先を持つっていったら猿だってそうだろ? でも普通の人間は猿と一緒に暮らしたいなんて思わない。猿は猿、人は人、月喰は月喰さ」

 どこか寂しげに、鉄面皮がつぶやく。ソウルは再び、怒りを顕にサンダルフォンを睨みつけた。

「そんなに月喰が嫌いかよ!」

「それが僕の仕事だからね」

 サンダルフォンは地面から再び剣を抜く。

「なにが仕事だ。仕事場をめちゃくちゃにしてるくせに」

 スピリットが周りの瓦礫の山を見て鼻で笑う。

「キミも出勤時に『会社に隕石落ちないかなー』とか思ったことあるだろ?」

「思――ったことはあるけども!」

「理想を理想のまま終わらすなんて、もったいないよ!」

 サンダルフォンは巨大な剣を振り上げた。鉄巨人の足元の地面が重量に耐えきれず陥没しはじめ、地下の水道管から大量の水が噴き出す。ソウルとスピリットはひび割れてめくれ上がるコンクリートたちの隙間を縫いながら鉄巨人から離れようとするが、それでもサンダルフォンの剣の間合いから逃れることはできなかった。

「死ねぇ!」

 全長30メートル、刃渡り22メートルの剣が地面に向けて振り下ろされた。剣自体の大重量と重力によって生み出される破壊のパワーは、ソウルたちの想像を遥かに超えて地面を叩き割った。爆発のような轟音と、垂直にめくれ上がるコンクリートの地面。巻き上げられた無数の岩が、衝撃波と突風に乗って散弾のように周囲数百メートルに飛び散った。建物は戦車の砲弾を食らったように穴だらけになり、自壊する。破片を食らった運の悪い兵士の体が半分になり、ロボットやドローンが宙を舞って地面に落ちる。

「うわぁ!?」

「ソウル!」

 スピリットが、吹き飛ばされかけたソウルの体を抱えて跳ぶ。サンダルフォンの右方向、半壊した建物の屋上に着地した。

「大丈夫か?」

「腕を怪我した。痛みはカットできるが出力が落ちてる」

 ソウルの左腕は血に染まっている。

「それよりカグヤの方は?」

「確認したいけど……」

 スピリットが前方を睨んだ。ソウルも見た。彼らの前では、剣から手を離したサンダルフォンがゆっくりとこちらを振り向こうとしている。

 ふたりは身構える。そのとき、サンダルフォンの後頭部に連続した爆発が起こった。

 ソウルたちは、サンダルフォンを挟んで向かい側、こちらと同様に半壊した建物の上に誰かがいるのを見つけた。

 レベッカだった。ふたつの肩に二本ずつの腕でロケットランチャーを構えている。彼女は弾切れのそれらを脇に投げ捨てる。

「次ィ!」

 空いた彼女の四本腕に、わきに控えていたミタマが、アサルトライフルを四丁差し渡した。レベッカはそれらをサンダルフォンに向けて乱射する。毎秒15発で放たれるライフル弾は、しかし敵巨人の鎧に傷ひとつ負わせず弾かれる。だが、彼女は叫ぶ。

「アタシの妹になにしてくれてんだゴラァアアアアッ!!」

「いつ妹になったんだ……」

 ミタマが訂正するも、レベッカは「うるさい、次!」と怒鳴って、今度はマシンガンを受け取って乱射する。

 サンダルフォンが、鬱陶しそうに彼女たちを見下ろした。

「なにガンつけてんだ! やんのかコラボケェ!」

「誰だか知らないけど、邪魔しないでくれるかな」

 サンダルフォンの片手が持ち上がって、レベッカたちと同じ高さで止まった。そしてそのまま水平に腕を薙ぐ。横から迫る巨大な腕に、レベッカは慌てて走り出し、建物の崩れた部分から飛び降りる。

「ミタマさん!」

「任せてくれ」

 ミタマが素早く体を変形させて、一羽の巨大なカンムリクマタカへと変身した。タカはレベッカの肩をひっつかみ、降り注ぐ屋上のフェンスやらなにやらを避けながら数メートル滑空してから彼女を離した。タカはふたたびミタマの姿に戻って着地する。レベッカも受け身をとって着地した。

「ミタマくんも月喰だったのか?」

 鉄面皮が意外そうな声をあげた。

「騙された気分はどうだい」

 ミタマは、ずれたメガネをなおしながら言った。

「まったく、苛つくよ」

 鉄面皮の声がして、サンダルフォンが空を見上げる。巨人の視線の先には、赤い目玉のような月がある。

「いつも僕を見下しやがって……! 僕は人間だぞ……この地球の支配者だぞ!」

 サンダルフォンが言った。

「まさか、アイツがあそこまで月喰を嫌いなのって、そのせいなのか?」

 右の建物の屋上で、今までの出来事を眺めていたソウルが小さくつぶやく。スピリットも頷く。

「ありうるな。鉄面皮らしい」

「くだらねぇ……」

「聞こえてるよ」

 サンダルフォンがソウルたちをじろりと睨む。

「くだらないとは聞き捨てならないな。これは人類の尊厳に関わる重大な問題だよ」

「くだらねぇ! なにが人類だ! てめぇの個人的な不快感を全体の総意かのように語るな! だからくだらねぇってんだよ!」

「なんとでも言うがいいさ」

 サンダルフォンは全身をソウルたちのいる建物に向けた。

「だが僕は正しい。月喰はおぞましい化け物で、人間の敵だ!」

 サンダルフォンが威嚇するように両腕を持ち上げた。ソウルとスピリットは身構える。

「そして君たちも敵だ――!?」

 連続した銃声が響いて、サンダルフォンの顔に銃撃が浴びせられる。相変わらずダメージはないが、彼の神経を逆撫でするには充分だった。

「またあいつらか! 鬱陶しい!」

 だがサンダルフォンが顔を向けた先にいたのは、レベッカたちではなかった。

 銃撃を浴びせたのは、基地の兵士たちだった。彼らはきちんと陣形を組み、統率されていた。彼らの後ろにはカグヤもいた。彼女は兵士たちに守られていた。

「……っ撃て!」

 隊長が号令をかけると、ずらりと並んだ兵士たちの集中砲火がサンダルフォンを襲った。アサルトライフルの銃撃を全身に浴びせられながらもサンダルフォンは微動だにしないが、兜の面頬のようなデザインの顔から覗く瞳に、驚きの色がたしかに浮かんでいた。

「なぜだ……おまえたち……」

「撃ち方やめ!」

 号令とともに射撃が止んで、隊長が声を張り上げる。

「最高司令官殿! 申し訳ありません!」

 隊長はそこで深く頭を下げ、そしてまた上げた。

「ですが私には、命を救われた相手を攻撃するなんてことはできないのです! それがたとえ人間でなくとも!」

 その男は、さっきカグヤが助けた男だった。

「それに最高司令官殿! あなたの行為はあきらかに軍規違反です! 我々はあなたを拘束または射殺しなければならない! どうか鉄巨人から出て、通常の体に戻ってください!」

「軍規違反、だと……僕はこの基地の最高司令官だぞ! 僕のやることが間違っているっていうのか?」

「ああそうだよ!」

 スピリットが怒鳴った。

「現に見ろ! さっきおまえが言ったように、人と月喰は敵対していないじゃないか!」

「黙れ……」

「私は人を信じた!」

 カグヤが叫んだ。

「そして人は応えてくれた! お互いにわからないことはたくさんあるけど、それはこれからわかりあえばいいだけだよ! お願い、鉄巨人から降りて!」

「黙れぇ!」

 サンダルフォンは、足で地面を踏み鳴らした。まるで暴れる子供のように。

 激しく揺れる地面にその場の全員が体勢を崩す。

「僕はこんなに尽くしているのに! もううんざりだ! 何もかも皆殺しにしてやるよぉ!」

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