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人類の産声【完結】  作者: 倉田四朗
第三部 人類の胎動
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オールド・ワンズとの決着

「人類の可能性を諦めるな!」

 ソウルは殴りかかった。だが腕を振り下ろしたときにはクトゥルフはすでにそこにいない。彼は一瞬でソウルの後方へとまわっていた。クトゥルフは心底呆れたようなため息をつく。

「意見が違うと見ればすぐ暴力に訴える……だから可能性などないと言っているのだ」

「言ってもわからないんだから、殴るしかないだろうが!」

「やれやれ……」

 ソウルは再びクトゥルフに掴みかかるが、また空振りした。ソウルが消えたクトゥルフを探すと、彼は少し離れた場所で、椅子に腰かけて優雅に紅茶を飲んでいた。

「わざわざ言わねばわからないか? 今汝に見えている我はアバターであり、我々ではない。暴力は無意味だ」

「クソ……!」

「やはり人類はクズの集まりだな」

 クトゥルフはカップを置いて立ち上がり、ネクタイを緩める。

「そんなに暴力がいいなら相手をしてやろう。汝らのやり方で決着をつけようではないか」

「なめやがって!」

 ソウルは体を低くして駆け出し、まっすぐクトゥルフに向かっていく。地面を蹴り、ドロップキックを放った。クトゥルフは余裕ある動作で体を傾けその一撃を避けると、突き出した両足を横からトンと押した。ソウルは空中でバランスを崩し、無様に転げ――なかった。彼は最初に両手で着地すると、そのまま強引に下半身を持ち上げて、ブレイクダンスのようなまわし蹴りを放った。しかしクトゥルフはその攻撃すら完全に見切っていて、ほんの数歩後ろに歩くだけでたやすく避けた。

「その程度か? 人類の可能性とやらは」

「まだまだぁ!」

 ソウルは素早く体勢を立て直すと、再びクトゥルフに殴りかかった。ソウルは何度も何度も攻撃するが、それらは全てクトゥルフの太極拳のような身のこなしにいなされてしまった。

「やはり無意味だ」

 一瞬の隙をつき、クトゥルフはソウルの腕を弾いた。がら空きになったソウルの胴に、クトゥルフは強烈な掌底を叩き込む。ソウルは数メートルも後方に吹き飛び、受け身もとれずにのたうちまわった。

「ヴェッオ"ァ……! ぐぇ……えぐぁ……! ああ……!」

「これでわかっただろう。人類のような出来損ないは、我々オールド・ワンズの支配を破ることなどできやしないと。我々に管理され、狭い世界のなか平和に生きればよいと」

「ふざ……げるな……」

 ソウルは口から白いものを吐きながらも懸命に立ち上がろうとしている。だが全身に力が入らず、虫けらのように這いつくばることしかできない。手足はガクガクと震え、顔は青ざめている。クトゥルフは、まるで汚物でも見るかのように眉をひそめて彼を見下ろした。

「ふざけているのはどちらだ。ひとりの人間ごときが我々に挑んで勝てると思ったのか? 非合理の極みだ。ふざけているのでなければ説明がつかない」

「それが、人間だ……!」

「なに?」

 ソウルは這いつくばったまま、不敵な笑みでクトゥルフを見上げる。

「お互いに争い、矛盾し、ときには非合理なこともする……だけど、だからこそ誰とも――たとえ昨日の敵であっても――手を取り合えるんだ。それが人間の可能性だ!」

「なにをわけのわからないことを……」

「それにアンタは、ひとつ忘れてる」

「……なに?」

「俺はひとりじゃない」

 その言葉にクトゥルフはハッとして空を見上げた。ソウルは叫んだ。

「いけ、ミタマァ!」


「アイアイサー、と」

 ミタマが端末のエンターキーを押し込んだ。


 いきなり、クトゥルフが胸を抑えて苦しみだした。顔は真っ赤になり、口を大きく開けて呼吸ができないようだった。彼は両膝をつき、爪をたてて硬い地面をかきむしる。

 ソウルは体を起こして、床に座りこんだ。

「あぶねー、もう少しでやられてた」

「遅くなって悪かったね。だがキミが彼の目を引きつけてくれたおかげで集中できたよ」

 ミタマの声が降ってくる。ソウルは疲れた様子で息を吐いた。

「キサマ……何をした……!?」

 クトゥルフが顔を上げ、憤怒の形相でソウルを睨みつける。ソウルは空に視線をやって、顎でしゃくった。

「コンピュータウイルスだよ」

 ミタマの声がした。

「『我々に物理身体は存在しない』? 『オールド・ワンズは魂をネットに解き放った人類の最新モデル』? 笑わせるよ。ちょっと機械に強ければ、その言葉が単なるハッタリだってこと、誰にでもわかるさ」

 ミタマはヘッドセットマイクをつまんで嘲笑した。彼女の視線は端末から伸びるケーブルを追い、ぐったりうなだれるソウルの体、鉄面皮の体へと這い上がる。

「たとえネットにデータを解き放ったって、必ずそれらを記録するハードウェアが必要だ。やたら神格化されがちだが、ネットは所詮、1と0の電気信号のやりとりに過ぎないんだから。ハードウェアがあるってことは、必ずそのアドレスへのアクセス履歴も存在する。あとはアクセス履歴をたどって、データ通信に乗せてハードウェアをめちゃくちゃにする合体起動型ウイルスを分割して、送ればいいだけだ」

「バカな……データ通信だと!? セキュリティソフトは起動してない、いつそんなことをした!」

「さっきからしてるじゃねぇか」

 ソウルがにやりと笑い、自分の口を指差した。

「俺が口にする言葉のデータを、ミタマがリアルタイムで改ざんしてるのさ」 

「ぐぐ……希望を語る言葉に、毒を仕込んでいたなど……」

 クトゥルフはうめき、体を丸めて顔を隠す。

 ソウルは立ち上がり、言い放った。

「決着だ! オールド・ワンズ!」

「ぐぐぐ……ググ……ククク、くははははは!」

 苦しんでいたはずのクトゥルフが、いきなり腹を抱えて笑い出す。彼の笑い声は広大な空間に際限なく反響する。ソウルは顔を歪め、身構えた。

「なにがおかしい!」

「ははは、いや失礼」

 平然と、クトゥルフが立ち上がる。彼はこれっぽっちも苦しんでいなかった。

「ほんの冗談のつもりだったのだが、予想以上に滑稽だったもので」

「ミタマ、ウイルスは!?」

「全て送信されている。起動しているはずだ!」

「ウイルスとはこれのことかね?」

 クトゥルフが上着の内側から、いくつかの弾丸を取り出した。それはわかりやすく視覚化され、凍結されたミタマのウイルスだった。ソウルは戦慄した。

「我々がこんな単純な手にひっかかると本当に思っていたのか? ひどい侮辱だよまったく」

 クトゥルフは自分の後ろにそれらの弾丸を放り捨てた。それから上着の襟を正し、首を傾けてソウルを眺める。

「さて、お次は何を見せてくれるのかな?」

「み……ミタマ!」

「未知のセキュリティソフトだ! この場で対策を立てるには時間がかかりすぎる!」

「じゃあ、どうしろっていうんだよ!」

「好きにしたまえ。私は何もしないよ」

 クトゥルフは出現させた椅子に腰かけ、ゆったりとパイプをふかしはじめた。ソウルは歯噛みした。ミタマは悲痛な顔で目を伏せる。

「……ソウル、残念だけど打つ手がない。出直そう」

「出直す? いつ出直すっていうんだ!」

「なかなか楽しかった。我々はいつでも歓迎するよ」

「この……!」

 そのとき、ソウルの表情が固まった。彼は目を見開き、驚愕の表情でクトゥルフの後ろの空間を見ているのだった。クトゥルフは彼の表情の意味がわからず、眉を潜めて肩越しに後ろを眺めやった。こめかみに銃口が突きつけられた。

 銃声が起こって、クトゥルフが倒れる。銃から放たれた弾丸は、さっき彼が捨てたミタマのウイルスだった。倒れたクトゥルフのアバターはシュールレアリズムのように奇妙に歪み、やがて破裂して消えた。

「ダメじゃないか、こんなに危険なものをほっぽっちゃあ」

 銃を手にした男が、どこかくたびれたように言った。彼は黄金のルガーP08をふところにしまった。

「まったく、人の頭の中で何やってるんだい?」

「……鉄面皮ぃ!」

 無貌の怪人の名を、ソウルは叫んだ。

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