不死の子供
「なぁ鉄面皮、不死身の人間っていると思うか?」
ポート・カナベラルに届いた鉄巨人サンダルフォンとの接続テストを終え、基地のラウンジでコーヒーを飲んでいたソウルは、たまたま通りがかった鉄面皮との雑談の途中、不意にそんなことをたずねた。
「また不思議な質問だね」
鉄面皮はテーブルにコーヒーを置き、顎を撫で、腕を組んだ。
「死をどう定義するかにもよる。肉体的な死をもって不死身を存在しないと断ずることもできるし、他者の記憶などの外部記憶装置にその個人が記録されている限り死んだことにはならないというセンチメンタルな答えもある」
「肉体的な死が無い存在だ」
「それなら僕たちが近いんじゃないかな? もし仮に今ここで、僕が君に頭をくだかれて殺されたとする」
「実演する気か?」
「ものの例えさ。それで、もし僕が殺されたとして、僕や君の記憶と人格のバックアップは常にこの月喰迎撃都市のどこかに保存されているから、それらは速やかに新鮮な脳みそに書き込まれ、また新たな体を与えられる。それは不死身とはいえないかな?」
「たしかに……」
「ソウルくん、君、何回目だっけ?」
「5回目だ。訓練過程で4回死んで、5回目が一ヶ月前だ」
「まさかいまさら死ぬのが怖くなったのかい?」
鉄面皮がソウルの目を覗きこむ。無表情な彼の顔に反して、ふたつの瞳は饒舌だった。
ソウルは目をそらし、コーヒーをすする。
「気になっただけさ。もしかしたら、この世に不死身の人間がいるのかもしれないって」
「それはマズイ兆候かもね」
深刻な口調で、鉄面皮が言った。ソウルは訝しげに彼を見る。
「度重なる死でデータの一部が破損しているか、新しい脳への転写がうまく行かなかったのかもしれない。脳は本来空想と現実を区別できないんだ。ぜひとも精密検査を――」
「――ああ。受けるよ」
ソウルは一気にコーヒーを飲みほし、立ち上がった。
「ソウルくん!」
鉄面皮がソウルの背中に呼びかけた。
「もし何か変なできごとがあったら、何でも相談してよ」
「……もちろんだ」
ソウルは彼を振り返りもしなかった。
ガレージに車を停めたときには周囲はすっかり夜の闇に沈んでいた。ソウルは大きなビニール袋をふたつ持ち、自宅の玄関を押し開いた。
暗い廊下に柔らかい灯りが点く。リビングの電気を点けると、ソウルはビニール袋をテーブルの上に置いた。
「……まさか、一日中見てたのか?」
彼が呼びかけた先には、ソファに腰かけてテレビを眺めるひとりの少女がいた。ソウルのシャツとスウェットをむりやり着せられていて寒そうだが、彼女自身にそんな様子は見えない。身じろぎひとつせず、じっとテレビのアニメーション番組を見ている。
「暑くないか? わからないんだ、言ってくれ」
そう尋ねながらソウルは気温をチェックする。室温25度。ソウルは除湿機のスイッチを入れた。
「服を買ってきたんだ。着てみなよ」
ビニール袋から引っ張り出したスカートとシャツと下着を彼女の前にさしだす。少女はテレビから視線を落とし、服を受け取ってじっと眺めた。
「なぁ、そろそろなにかしゃべってくれないか。昨日の夜からずっとそうだ」
少女は応えない。
ソウルはため息をつき、キッチンから包丁を一本抜いた。
「それともやっぱりおまえは俺の幻覚なのか?」
ソウルは少女の前にかがみ込み、彼女の首すじに包丁の刃をあてた。人間であれば動脈の通っている位置だ。弾力のある肌は刃にすいつく。
「なにか言わなきゃ、このまま刃をひくぞ。それでもおまえは死なないかもしれないが」
「あ……」
少女の口からはじめての音が漏れた。彼女は睨みつけるソウルを、濁りのない瞳でまっすぐに見返し、さらに口を動かした。
「りが……と……う……ありがと……う?」
「なんだ、やっぱり喋れるじゃないか」
ソウルは包丁を引っ込めると立ち上がり、安心したように息をついた。
「それを着ろ。夕飯の支度してくるから」
少女はあらためて手渡された服を見下ろし、不思議そうな表情でそれを広げた。
ソウルがキッチンの電子レンジで冷凍ピザを温めて戻ってくると、そこには着替えと格闘を続ける少女が床を転がっていた。ソウルはピザをテーブルに置き、彼女のおしりをちゃんと下着の中におさめ、ヘソを隠して髪の毛を出してやる。すべて終えると、少女はびっくりした様子で自分の体を眺め回した。
「さ、メシだ」
ソウルは微笑んだ。
少女をテーブルにつかせ、ソウルは向かいに座る。少女は、ソウルがキノコとソーセージのピザをフォークで口に運ぶ一連の所作をじっと眺めると、それから自分も真似するようにフォークをとった。
ピザソースで真っ赤になった口元を、ソウルはティッシュで拭ってやる。彼には、少女がこれほどまでに自分のまわりの世界に対して無知であるのが、どうにも違和感があった。今のピザの食べ方も、まるで生まれて初めてフォークを見たかのようなぎこちなさだった。
「なぁ、おまえ、名前はあるのか?」
ソウルが尋ねると、少女は大きな瞳でじっと彼を見た。それから何も言わないので、「名前だよ、名前」ともう一度言った。
「な……ま……え……?」
彼女はぎこちなく繰り返した。
「そう、名前だ」
「なまえ……なに……?」
「俺は鏑矢ソウルだ」
ソウルは言った。それから意味を取り違えたことに気づく。
ソウルは自分を指さした。
「鏑矢ソウル」
「かぶーや、そーる」
少女は何度か繰り返す。ソウルの頬が緩み、彼は何度も頷く。
「そうだ。これはテーブル。これは椅子。あれは照明。これが名前だ。この世のすべてには名前があるんだ」
「なまえ……」
「きみの名前は?」
指さされた少女は、困惑して首をかしげた。それからすこし考えこむようなしぐさを見せ、そして言った。
「つき……はみ」
「なに?」
「わたし……ツキハミ。名前は、ツキハミ」
嫌な予想が的中して、鏑矢ソウルは眉をひそめた。