月喰の真実
「なんだって……!?」
ソウルは震えた。クトゥルフは空を見上げた。
「よって我々の現在位置を暴き出そうなどという真似は無意味だ。我々はネット上に遍在し、ありとあらゆるネットの情報に触れている。そしてときには干渉し、人類を平和へと導く」
「おまえたちは、AIなのか?」
「広義の人工知能ではあるが、狭義では違う。そして電脳が発達し、人造の脳と天然の脳の機能に差が無くなった2030年代以降は、その区別に意味はない」
「おまえは……人間なのか?」
「汝のいう人間が『肉の体を持つホモ・サピエンス』ならば、それは違う。だがかつては我々もそうだった」
クトゥルフは再びソウルを見る。
「我々オールド・ワンズは人類に社会というものが生まれてからずっと、この世界を正しい方向に導いてきた。すなわち、人がみな仲良く暮らせるようにだ。そのために我々は、ときに宗教を利用して科学を破壊し、ときにオーストリアの皇子夫婦を撃って戦争を起こし、ときに言論を弾圧し、とうとう世界平和へとたどり着いた。すべては必要な犠牲であった」
「そのために月喰との敵対を続けるのか? やっと出会えた、人類以外の生き物なんだぞ!」
「彼らには感謝している」
クトゥルフは冷ややかにソウルを見下ろした。
「人類は人類であるかぎり争いをやめられない。歴史を学び給え。汝らが争いをやめるのは、より強大な敵が現れたときだけだ。月喰には敵でいてもらわねばならない」
「それは新たな可能性の否定だ! おまえたちは、人類がより発展するように仕向けてきたんじゃないのか!」
「人類はすでに成熟しきった。これ以上の未来は不要だ」
「人類はまだ産声すらあげてない! 地球の胎内で指をくわえているだけだ!」
「人類と月喰との可能性はすでに示されている……それも、かなり昔にな」
「なに!?」
クトゥルフは頭を傾けて指を鳴らした。すると彼のとなりに、奇妙なものが現れた。
それは猿によく似た全裸の男性だった。背は小さく、足は膝で曲がって中腰のような姿勢をしている。全身はかなり毛深く、かなり彫りの深い顔をしていた。
「これはアウストラロピテクス……約500万年前に存在した、直立二足歩行をはじめたころの人類の祖先だ」
「いきなりなんの話だ」
「見てのとおり、このアウストラロピテクスは猿に非常に近い。しかし彼は猿ではない。遺伝子学的にも生物学的にも、彼はヒトであって猿ではないのだ。確認だが、君はID論でなく、君はダーウィンに代表される進化論を信じているね?」
「だからなんの話だ!」
「では猿とヒトとの中間の化石はどこにある? ヒトが猿から進化したのなら、その中間、猿でもなくヒトでもない化石が見つかっていないのはどういうわけだ? 結論から言うとそんなものは存在しない。猿はある日突然その遺伝子のかたちを変え、ヒトとして生まれたのだ……異種交配によって」
「……まさか」
ソウルは、クトゥルフが言わんとしていることに血の気がひいた。
「結論を言おう」
クトゥルフは指を鳴らしてアウストラロピテクスを消した。代わりに、一頭のチンパンジーと全裸の人間の女性が出現する。かと思うと女性の体がドロドロに溶解し、一頭のチンパンジーへと姿を変えた。チンパンジーたちはお互いに交尾をはじめ、やがてひとつに溶け合って、さっきのアウストラロピテクスとなった。
「月喰は500万年前にも地球へ来ていた。そして擬態能力を用いて猿と交わり、我々の直系の祖先となったのだよ」
「そんな……!」
「その成れの果てが汝らだ。結局汝らは月喰と交わっても争いをやめられなかった。人類の新たな可能性? ……笑わせる! 人類に新たな可能性などない!」
たくさんの兵士たちが息をのんで立ち尽くしていた。
月喰迎撃基地の広場、彼らが取り囲む円形の空間の真ん中で、ふたりの男女が向き合っている。
女の方は、ただ立ち尽くしていた。整った顔に真剣な表情を浮かべ、目の前の男の顔をまっすぐに見ている。
男の方は大量の汗を流し、体を傾けて足を踏ん張っていた。彼の手ににぎられた刀の刃は女の細い首筋に触れるギリギリで止まっていた。
「ほら、やっぱりそうだよ……」
カグヤは微笑した。スピリットは後ろによろけた。
「私たち月喰が地球にやってきたのは偶然じゃない。私たちは、私たちの遠い兄弟であるあなたたちに会いに来たの。兄弟同士で争うなんて、おかしいでしょう……?」
その言葉を聞いた兵士たちがにわかにざわつく。顔を見合わせ、カグヤの言葉に動揺している。
「人類と月喰は同じ大地で生きることができるの! あなたたちがこうして私と相対していること自体がその証拠だよ!」
「黙れ、でたらめだ!」
スピリットがわめいた。カグヤが目に涙を浮かべ、必死な顔で叫ぶ。
「じゃあどうしてあなたは刀を止めたの!? 心のどこかで信じているからでしょう? 私たちは家族、敵じゃない!」
「そんなの、そんなの、信じられるか!」
「信じられないならそれでもいいっすよ」
レベッカがいきなり声をあげた。彼女はマルボロを足でふみつけてからバイクから離れる。歩きながら身に着けていた武器を脱ぎ、地面に落とす。スピリットの横を過ぎ、カグヤのとなりに並ぶと、彼女の肩を抱いた。
「信じられないなら殺せばいいさ。だけどそれが理性ある人間のやることっすかねぇ? アンタたちが理由もわからず目の敵にしてる月喰は、こうして会話もできるし、アンタらをとって食おうともしていない。それならちょっとでいいから武器をおいて、茶でも飲みながら相手の事情を聞いてみるってのが、地球でいちばん頭のいい人間サマのあるべき態度ってもんじゃないんすかねぇ、どうなんだ! アンタたち!」
兵士たちがうめいた。




