怒れる刃。
橋の上でひっくり返っていたスピリットは、遠のきかけていた意識をなんとか引き止めると、ヨロヨロと立ち上がって後方を見た。すると、心配した兵士が二人駆けよってくるところだった。
「大丈夫ですか!」
「……あのバイクは!?」
「正門を突破して敷地内で暴れてます。現在中央の広場で足止め中」
スピリットは咳込んだ。押さえた手のひらに、赤い血がべっとりと付着する。彼の網膜には身体の機能障害を知らせる赤い表示が山のように出ていた。彼は胸を押さえる。戦闘服と皮膚の下、スペシウム合金の体にヒビが入っているのが触感でわかった。
「あのとき撃たれたところか……」
スピリットの頭に、自分とはじめて対峙した夜がよぎった。
「負傷したのですか?」
「いや、俺のことはいい。問題ない。それよりもヤツをとめよう。行け!」
兵士たちを先に帰し、スピリットはあたりを見渡した。そして道路のわきに自分の刀が吹き飛ばされているのを見つけるとそれを拾い上げ、走り出す。激しい痛みは一時的にカットする。
「クソ……体が重い……!」
毒づきながら彼は正門の兵士たちのあいだをすり抜け、広場へと向かった。するとそこでは、警備ロボットたちを盾にしたたくさんの兵士たちが暴れてわめきちらすバイクを遠巻きに取り囲んでいる。反対側に当たる危険が大きいので迂闊に発砲できず、兵士たちはじれったいようだった。スピリットは刀を抜きながら兵士たちのあいだに割って入る。
「俺がやる」
スピリットは兵士たちの壁を抜け、円形の空間のなか、ひとり進み出た。
「オイ! もう諦めろ!」
スピリットが怒鳴ると、バイクは彼から一番遠いところで停まる。近くの兵士たちがスピリットに目配せしたが、彼は軽く首をふった。
「おまえたちの計画は失敗だ! どういう算段だったか知らねぇが、大人しく降参しろ!」
バイクから、レベッカとソウルが降りた。レベッカは全身に様々な銃火器を身につけたままで、ソウルは強化外骨格を着た上で帯刀している。
先に怒鳴り返したのはレベッカだった。
「降参はしない! 降参するくらいなら、ひとりでも道連れにしてやる!」
彼女はそう言ってたまたま真上を飛んでいた警備ドローンを撃った。ドローンは暴れまわって三人のあいだへと墜落した。
「おまえはどうだ!? 鏑矢ソウル!」
話しかけられたソウルは、真剣な表情で一歩進み出る。
「俺も、降参は、しない」
「そうか!」
スピリットは口端を歪めた。刀を構える。それを見て、ソウルも慌てて刀を抜いた。
「今度こそ決着をつけるぞ! おまえたちは手を出すな!」
スピリットと鏑矢ソウルがそれぞれ刀をかまえて睨み合う。レベッカは肩をすくめてバイクに寄りかかり、マルボロをくわえた。近くの兵士に「火ぃ持ってないすか?」と訊き、兵士は戸惑いながらもライターを貸す。
大勢の人間が固唾を呑んで見守るなか、ふたりのソウルたちの距離はジリジリと縮まっていく。真剣勝負特有の、何者の邪魔も許さない雰囲気が、広場を支配していた。不純物の無い緊張感が、スピリットの視界をクリアにしていく。
やがてふたりの刀の切っ先が、あと少しで触れ合うという距離にまで近づいた。長く落ち着いた呼吸が繰り返され、時間の感覚が引き伸ばされていく。
水を打ったような静けさ……。
なんの合図も無かった。ふたりは同時に動いた。
スピリットが突きを放った。ソウルが体を傾けて避けた。
スピリットが薙いだ。ソウルは後ろに跳んだ。
スピリットが踏みこんで袈裟斬りを放った。ソウルは刀で弾いた。
スピリットが斬る。ソウルが避ける。スピリットが斬る。ソウルが防ぐ。刃がぶつかって、火花が散る。だんだん速くなる。斬る。避ける。斬る。避ける。突く。くぐり抜ける。蹴る。腹に食らって吹き飛ぶ。受け身をとる。すかさず追撃。ソウルは避けられない。
スピリットの刃が、ソウルの肩口に食いこんだ。
「もらったぁ!」
兵士たちが喝采した。
ソウルは歯を食いしばり、鎖骨で止まった刀を引き抜く。両膝を地面につき、青ざめてスピリットを見上げた。スピリットは刀の血をはらい、あらためて切っ先をソウルの眉間につきつける。
「今度こそ勝負あったな」
勝ち誇るスピリットを、ソウルは無言でただ見つめている。スピリットは、その目が気に食わなかった。
「……なんだその目は。言いたいことがあるなら言えよ」
「……お願いがあります」
ソウルは、静かに口を開く。
「私はあなたたちを傷つけません。どうかお話をしましょう。同じテーブルで、友として、語らいましょう」
「……まさか、おまえ!」
驚愕するスピリットの前で、ソウルは立ち上がった――否、それはソウルではなかった。彼が両膝をついた状態からまっすぐ立つまでのあいだに、彼の姿はすっかり変わっていた。
黒く長い髪が生えた。肩幅が小さくなり、手足がすらりと長くなった。強化外骨格と戦闘服がどろどろに溶け、薄手の白いワンピースになった。唯一変わらなかったのは、憂いを秘めた瞳の輝きだけだった。
「騙してごめんなさい。でもこうしないと、ちゃんとお話ができないと思ったから……」
「おまえは月喰!」
「今は『カグヤ』だよ」
カグヤがスピリットをまっすぐに見つめて言った。兵士たちがいっせいに銃をかまえ、たばこを吸うレベッカの後頭部にも銃口がつきつけられた。
だが誰も発砲しなかった。なぜならば、カグヤはとっくに自分の刀を手放して、両腕でスピリットを抱きしめていたからだった。
「ほら、こうして体を重ねればわかる……」
「は、離せ……!」
「振りほどくなら簡単なはずだよ」
「やめろ、やめろ……」
「あなただって、気づいているんでしょう? 私たち月喰の、本当の正体に」
「なんの話だ!」
スピリットは、今にも泣き出しそうな声をあげた。カグヤは彼からゆっくりと離れ、まるで愛おしいものでも見るかのように目を細めた。スピリットは足から力が抜け、思わずその場に膝をついた。
「月喰め……俺は認めないぞ、そんなこと……!」
「ソウルが認めなくても、心は気づいている。だからあなたは、無防備な私を攻撃しない」
「黙れ!」
「もう終わりにしよう! 私たちが戦う必要なんてないんだよ!」
「黙れぇええええ!」
ソウルは激高し、切りかかった。




