自分の発言には責任を持とう。
西暦2115年9月の暑い夜だった。グーグル合衆国フロリダ州ケープ・カナベラルの月喰迎撃宇宙軍基地には異様な緊張が満ちていた。
基地の敷地から外へと繋がる道には、アサルトライフルと強化外骨格を身につけた兵士たちが目を光らせ、空にはけたたましいプロペラ音をたてて警備ドローンたちが行き交う。普段ここで務める職員たちであっても、出入りの際には入念なボディチェックと簡易人格同一性テストが行われたが、それらを嫌がる人間はひとりもいなかった。基地と外部との通信は厳しく制限され、必要最低限のもの以外は完全に封鎖されていた。
建物屋上で、鏑矢ソウルが顔の火傷を撫でた。敷地内を見渡す彼は落ち着かない様子で、腰の刀の鯉口を切ったり戻したりしている。遠方に小さく、何台もの投光機で照らされている第39番Bロケット発射台が見える。すでに鉄巨人カーゴがセットされ、さらにその前には鉄巨人サンダルフォンが寝そべっているが、ソウルは無理をいって、自分と鉄巨人との接続をギリギリまで待ってもらっていた。
「必ず来る……かならず」
「そう、彼らはかならず来る」
呟きに応えた声に、ソウルはふりかえった。鉄面皮がそこにいた。
「僕の見立てでは本命が北側、大穴が西の真正面ってとこかな」
「賭けをしてるのか?」
「そのとおり。これは賭けだ。2日前、みんなの前であれだけ大見得切っておいて誰もこなかったらと思うと」
鉄面皮はケラケラ笑う。その表情に変化はない。ふと、ソウルは今までずっと気になっていたことを訊いてみることにした。
「なぁ鉄面皮、おまえはなんで顔が無いんだ? 不便だろ、いろいろと」
「なんだい藪からスティックに。そうでもないぜ。毎朝ひげ剃りしなくていいんだから」
「そんな理由か?」
「もちろん違うさ。でも教えない」
「なんでだよ?」
「この作戦が終わったら教えるよ。スピリット」
聞き覚えのある言葉に、ソウルは訝しんだ。
「コードネームさ。ソウルくんがふたりだと、いざという時困るかもしれない」
「なんで俺の方を変えるんだよ……べつにいいけど」
「なんだかんだ気に入ってるんだろ?」
「……正直ね」
ふたりは笑いあった。一瞬緊張がゆるんだが、空気はまたすぐに張りつめる。
「鉄巨人の打ち上げ準備は98%が完了した。普段より全体の作業効率が15%もいい。みんな頑張ってくれている。地球の平和を守ろうと、みんな燃えている」
「ありがたいな……ほんとに」
「……うん、そうだね……」
鉄面皮はスピリットの肩を叩く。
「恩に報わなきゃ、ね」
「……ああ!」
スピリットがうなずいた。
直後、遠方で連続した銃声がおこる。スピリットと鉄面皮が反射的に顔を向けると、西の正門から剣呑な雰囲気が押し寄せてきていた。
「きた! 大穴だ!」
鉄面皮が叫ぶのと同時にスピリットが地面を蹴り、2メートルのフェンスを軽々と跳び越えて屋上から落下した。硬い地面を転がって衝撃を殺し、なめらかな動作で立ち上がると、そのまま走り出す。道を塞ぐ自動車や人を跳び、建物の壁や地面を蹴って空中をさらに加速するスピリットは、あっという間に正門へとたどり着いた。彼はバナナ川にかかる長い橋のかなたから、暴走して向かってくる一台の大型トラックと、それを食い止めようと味方の兵士たちが銃撃しているのをみとめると、彼らの頭上を横切って橋の真ん中に着地する。
「とまれぇええええッ!!」
スピリットは身構え、腰を落とした。次の瞬間、トラックは彼の体に真正面からぶつかり、前面を波立たせつつ後輪を浮き上がらせた。
トラックの衝撃を全身で受けとめてふんばるスピリット。道路の表面が砕けてブーツがめり込む。トラックの後輪はますます浮き上がり、ついに車体は彼の上で直立した。
スピリットは顔を真っ赤にし、額に血管を浮かべながら両手で大型トラックの全重量を支えている。兵士たちが唖然とするなか、彼は雄叫びをあげながら、ついにトラックを横の川へ向けて投げ飛ばした。トラックは車体の一部を橋に引っ掛け、ガードレールと歩道をめちゃくちゃに破壊しながらさらに半回転し、バナナ川に凄まじい水の柱をぶち上げた。
「――どうだぁッ!? この野郎!」
スピリットが叫んだ。兵士たちも歓声をあげた。直後、スピリットの体が吹き飛ばされた。
疾走する大型バイクが、油断しきっていたスピリットに突っ込んだのだ。バイクに乗っているのはふたりの人間で、ハンドルを握っているほうは四本の腕が生えていた。
レベッカが怒鳴った。
「死にたくないヤツは道を開けろッ!」
彼女は余分な腕の両方にサブマシンガンを握っていて、四方八方に弾丸をばら撒きながらバイクを走らせている。正門を塞ぐ兵士たちは応戦して射撃するが、奇妙なことに、放たれた銃弾はバイクの周囲で軌道が曲がって、あさっての方向へ飛んでいく。
気づいた兵士のひとりが叫ぶ。
「レイセオンの『雨合羽』だ! 非金属弾頭に!」
「もう遅いッ!」
レベッカのバイクが、兵士たちの壁に突っ込んだ。凄まじいスピードの車体は何人もの兵士たちをはねとばして敷地内へと突入する。レベッカが奇声をあげた。
「どーだ! 止められるもんなら止めてみろッ!」
「ねぇ、死んだんじゃないかな?」
バイクの後部シートで、彼女にしがみついていた人間がそう言った。
「だーいじょうぶですって! 兵士はバイクにはねられたくらいじゃ死にません!」
「そ、そうなの?」
「本当はブッ殺してやりたいですけどね! あのロボット・トラックも! このバイクも! 雨合羽も! 弾薬もほぼ全部私が出したんですから! ああもうちくしょう! 預金通帳がスッカラカン!」
「でも『採算度外視で付き合う』って」
「言ったよ! 言いましたよ! 言っちゃったよ! 泣きたいよ! 泣かせてよ! ソウルさんよぉ!」
彼女にしがみついたまま、鏑矢ソウルが苦笑した。




