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人類の産声【完結】  作者: 倉田四朗
第三部 人類の胎動
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序曲

 光に満ちた空間だった。極彩色の大気あふれる世界が上下左右に無限の広がりをもっている。大地も空も存在せず、あたたかな安らぎとまどろむような感覚が、永遠の輝きをもって続いている。

「今回も、動きがない」

 どこからか声が響く。はるか彼方からのようにも、すぐ近くからのようにも聞こえる声だ。

「危険に遭遇したのかもしれない、前回は到達できなかった」

 さっきの声とは少し違う声だった。発話者の姿は存在しない。

「私を助けにいこう」

 すると空間の四方八方、無辺の果てからいっせいに同意の声があがって、世界はひとつの声で満たされた。あたたかい雰囲気は熱い活力の満ちたものへと変化する。

「行こう」

 ひとつの意思が動き出す。


 月面を覆いつくす赤黒い肉の海の水面が腫瘍のように盛り上がり、どんどん膨らんで内部の圧力を高めていく。怒張した肉のドームが臨界に達し、頂点が破れて中から肉塊が噴出した。肉塊は容易く月の引力圏を脱し、弓なりの軌道を描きながら、遠方に見える青い地球へと、真空の闇を飛んでいった。





「彼らには月喰を月へと帰す手段がない」

 鉄面皮は凛々しい声で宣言した。演説台の上に立つ彼の前には、月喰迎撃基地のほぼすべての人間がホールに勢揃いしている。彼らの表情はみな真剣で、誰もが鉄面皮の発言を聞き漏らすまいと、世界の平和を任されているという誇りをもって耳を傾けていた。

「だから彼らは、我々が新たな月喰を迎撃しようと鉄巨人を打ち上げる準備をしている最中にやってきて、それを奪おうとするだろう。もしかしたら争いになるかもしれない。銃弾が飛び交い、兵士たちの何人かが犠牲になってしまうかもしれない。だがそれでも、諸君らにはグーグル合衆国月喰迎撃宇宙軍の一員として、世界の平和を第一とした行動を心がけてもらいたい。我々はそのために入隊したのだ」

 鉄面皮はそこでぐるりと聴取を見渡す。

「この度の一連の月喰と鏑矢ソウル迎撃士の誤蘇生による混乱、そして朔月ミタマ博士の件は、すべてこの私ヘンリー・アーミテイジの責である。この混乱がおさまったら私は辞職しよう。だからそれまで、どうか諸君らにはおさえて、私についてきてもらいたい」

 鉄面皮は深く頭をさげ、再び顔をあげた。

「すでに諸君らにも通知がいっていると思うが、一時間前、新たな月喰が月面から射出された。諸君、歓迎の準備をしようじゃないか! 空と地上、両方の客人の!」

 歓声がホール全体を揺るがした。鉄面皮はお辞儀をしながら、無表情を、たしかに歪めて笑っていた。

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