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人類の産声【完結】  作者: 倉田四朗
第二部 燃え上がる運命
23/40

ネタバラシ

「『オールド・ワンズ』?」

「そう。それが僕たちを作った集団の名前だ」

 鉄面皮はうなずいて少し歩き、休憩用のベンチにどかっと腰を下ろす。

「その歴史は長い。どのくらい長いかっていうと、長すぎて自分たちでも創立がいつだったか忘れてしまったくらい長い。一番確実な記録として残っているのは、今から1000年前、いわゆるテンプル騎士団の創設に深く関わっていたということがわかっている。その他にも世界各国の歴史のなかで重大な経済システムの変革があったときは、まず間違いなく彼らの関与があったと考えていい」

「まさか、そんな話が……」

「嘘だと思うかい?」

 困惑するソウルの顔を見て、鉄面皮が肩をすくめた。

「まともな知性をしていれば信じられなくて当然だ。こんなのまるで素人の三文SF小説みたいじゃないか。だけど君はどうして自分がそう思うのか、考えたことはないだろう? それはね、学校教育や社会の文化活動を通じて『陰謀は存在しない』ものだと教育されているからさ。今『それも陰謀論だ』と思ったろ? それこそが彼らの狙いだよ。陰謀を暴こうとする者を社会的に抹殺するためのシステムだ」

「まて、まてまて待ってくれ」

 ソウルが額をおさえる。

「鉄面皮は会ったことあるのか? その……闇の組織に」

「あるよ。っていうか、僕メンバーのひとりだし」

「……え!?」

「改めて自己紹介させてもらおうか」

 鉄面皮はベンチの上に飛び乗って、変身ヒーローのようなポーズを決めた。

「いつもニコニコあなたのそばに! 這い寄る混沌『ニャルラトホテプ』! それが僕の『オールド・ワンズ』としての呼び名さ」

「いやいや待て待て矛盾してるぞ!」

「矛盾?」

「おまえさっき『自分はオールド・ワンズに作られた』って言ってただろ! なのにそのニャルなんとかっていうオールド・ワンズのメンバーなのか?」

「……別に矛盾してないと思うけどなあ」

「矛盾してるって!」

「まぁ、だからこそ『ニャルラトホテプ』の名前をもらったのかも知れないね」

 鉄面皮はベンチから降りた。

「別に信じなくてもいいし、むしろ信じないほうが安全かもしれない。でも、僕は事実しか喋っていない」

「……オーケー、わかった。オールド・ワンズのことは信じよう」

 スケールの大きすぎる物語に、ソウルは頭痛すら感じていた。

「でも、じゃあ聞きたいんだけど、そのオールド・ワンズとやらは何のために存在しているんだ? 組織の目的はなんだ? 世界征服か? 人類滅亡か?」

「なかなか面白いこというね」

 鉄面皮は無表情でクツクツ笑う。

「だけどいささか特撮の見過ぎだ。彼らは世界征服はとっくの昔に達成してるし、人類を滅亡させたところで何もメリットはない。彼らの目的はただひとつ!」

 鉄面皮はかかとを鳴らし、ソウルに向けて大声で言い放つ。

「『世界平和』だよ!」





「オールド・ワンズの目的は『世界平和』だ」

 ミタマは三人に向けてそう言い放った。ソウルとカグヤとレベッカは拍子抜けして顔を見合わせた。

「え……じゃあ良いやつらなんじゃないですか?」

 レベッカがハイネケンの栓を開けながら言う。

「それは素直な感想すぎるね。人間は猿から進化する以前からずっとお互いに戦い続けてここまで来たんだぜ。でもそれは悲劇じゃなく、ヒトという種の持つ未来の多様性のための当然の帰結だ。もし世界平和が実現するとしたら、それは全人類がひとつの方向を向いたとき――多様性を捨て、特定の思想だけを掲げるように仕向けられたときだ」

「今のこの世界みたいにか」

「その通りだ、ソウル」

 ミタマはうなずいて、くわえていたパーラメントを灰皿に押しつけた。灰皿には吸い殻が山のようになっている。彼女は最後の一本をまたくわえると、火をつけた。

「月喰がやってきてから、世界から戦争は根絶され、貧困も減少傾向にある。しかし代わりに個々人の思想は自由を失い、街には監視カメラが溢れ、人間の生き死にや個人のアイデンティティ、過去や未来すら誰かによって自由自在に書き換えられる世界になってしまった。これは進歩じゃない。老衰だよ」

「貧困率が減少してるって話は聞いたことがあります」

 声をあげたのはレベッカだった。

「でも、それはいいことじゃないですか。貧乏な人が減るのは、いいことだよ……」

 下唇を噛みしめる彼女の顔を見たミタマは、少し考え、また口を開く。

「キミの気持ちはわかる。たしかに戦争や貧困がなくなるのは良いことだ。だけど、その無くなりかたにも寄るだろう?」

「どういうこと?」

 カグヤが訊く。

「たとえば私が吸っているこのタバコ、パーラメント。1931年にフィリップ・モリス社から世界初のフィルター式紙タバコとして発売されたのが最初で、現在まで変わらず市販されている。キミの吸ってるマルボロも同じフィリップ・モリスから1924年発売。今飲んでいるハイネケンは1864年生まれ。どれも180年以上前から存在するブランドだ」

「……それがどうしたんだ?」

 ソウルが片眉をあげる。

「じゃあなぜ私たちはそれらを愛好してるのか? 答えはそれがおいしいからだ。だがその『おいしい』というのは『すでにある選択肢のなかで一番優れている』という意味での『おいしい』だ。そしてそれらの選択肢はここ50年ほど増えていないということに気がついているかい? 発展しているのはサイボーグ技術や軍事関連技術ばかりだ」

「わかりにくいな、はっきり言えよ」

「『文化の発展が阻害されている』ということだよ。そして阻害された分のカネが貧しい地域に流れているんだ。オールド・ワンズによる貧困の解消は、人類全体の未来と引き換えに為されている。『下』が引き上げられているわけじゃなく『上』が下がっているんだ。貧困は相対的なものだから……20世紀に完全否定された社会主義と同じく『全員が貧乏なら貧困は存在しない』ということさ」

「……要はそのオールドファッションとかいうやつらが、ウチらの財布から勝手にカネを抜き取って、貧乏なやつらに分けてるってコトっすね?」

 レベッカが威圧的に言った。

「そういうことさ」

 にやり、ミタマが笑う。

「ソイツぁ許せねぇっすねー! 貧乏なやつらが少なくなるのは良いことッスけど、勝手にウチのカネを盗られるのは納得いかねえ!」

「だろう?」

「よっしゃ、ブッ殺す! ソイツらはどこにいるんすか!? ドタマに弾丸ブチ込んでやりますよ!」

「たのもしいね! お願いするよ!」

「なぁ、ミタマ」

 静かに、ソウルが言った。

「そろそろ教えてくれないか」

「……何をだい?」

「なぜおまえがそんなことを知っているかだ。おまえはいつその『オールド・ワンズ』の存在に気がつき、どうして戦おうとしてるんだ? それがわからないかぎり、俺はどうしても、おまえの話を信用できない……」

「……ああ、それもそうだね。いい機会だ。さっきの問題のネタバラシといこうか」

「どうやって脱走したか、とかの?」

 カグヤが首をかしげる。ミタマは彼女を見て、パーラメントの火を消した。

「つまり、こういうことさ」

 ミタマはそう言って、顔の前に手を広げる。三人は彼女の行為の意味がわからず、じっとその手のひらを見つめた。すると、奇妙なことが起こった。

 ミタマの手がドロドロと溶けだし、不定形の肉塊になった。彼女の手首の先からは、人間とは明らかに異質な生き物だった。肉塊はやがて無数の青い羽の蝶々に変身し、飛び立って部屋中に広がった。

 誰もがあんぐりと口を開けていた。なぜなら、この奇妙な現象を、その場の全員が知っていたからだ。最初に沈黙を破ったのはカグヤだった。

「ミタマさん、まさか……!?」

「そのとおりさ。隠していて悪かったね」

 ミタマははにかみながら舌先を出した。

「私は君と同じ月喰だ。16年前、アフリカ大陸に墜落した月喰は私のことだよ」

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