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人類の産声【完結】  作者: 倉田四朗
第二部 燃え上がる運命
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インターミッション 中編

 基地の敷地にはずっしりとした生ぬるい夜気が覆いかぶさっている。火傷のソウルは鉄面皮のあとについて、ゆっくりとした歩調で歩いていた。真夜中なので当直の職員以外には人もおらず、広場を行き交う車も少ない。静かな夜だった。

 ソウルは、鉄面皮がどこに向かっているのかを知らない。前をゆく鉄面皮の足取りは、ばかに浮かれたスキップのようにも見えるし、フラフラとあてなくさまよう亡霊のようにも見える。名状しがたい不気味さに、ソウルはつばを飲みこんだ。

 数十分無言で歩き続けると、ふたりの前に高さ160メートル、幅158メートルもの巨大な建物が見えてくる。工業的な外観の建物の正面には一度見たら忘れられないほどに巨大なふたつのシンボル――アメリカ合衆国の国旗とNASAのマークがペイントされているが、あまりにも長い間放置されたために、それらは色あせ、光も当たっていない。

 鉄面皮は扉の鍵を開け、中に入った。ソウルも続いた。扉にかかった表札には『アポロ計画記念館』と書かれていた。

「ここはもともとロケットを組み立てるための建物でね。建設されたのは1966年、だいたい150年前だ。もちろん何度も改装されて構造はところどころ変わっちゃっているけれど、だいたいはそのままさ。歴史的な場所――人類の意志が、はじめて地球の重力を乗り越えた場所だよ」

「遠くから見たことはあったけど、はじめて入ったよ」

「自分の組織の歴史くらい知っておいてくれよ。まさかNASAを知らないなんて言い出さないよね? 僕らの大先輩だぜ」

「……名前くらいは」

「僕らの生きてる今この瞬間は毎秒が人類史の最先端なんだぜ? これまで人類がどんな道を辿ってきたかは知っておこうよ」

 鉄面皮は守衛に挨拶してエントランスをスタスタと歩いていく。やがて広い空間に出たが、照明は消えていて、暗闇だった。

「……あ、最高司令官閣下!? それに鏑矢迎撃士も」

 予期しない方向からそんな声がして、ソウルと鉄面皮はそっちを見た。すると、暗闇の向こうから数人分のかけ足が聞こえてくる。現れたのは、クタクタの作業着に身を包んだ数人の老人たちだった。

「やぁ、まだ残っていたのかい?」

 鉄面皮が明るく声をかけると、老人たちは恐縮した様子でそれぞれ会釈する。先頭の、すっかり禿げ上がった頭をした赤ら顔の老人が、しわがれた声で返事をした。

「へぇ、最近、基地の内も外もなんだか物騒な気がしまして、落ち着かないんです」

「だからこんな夜中まで仕事を?」

 そう言って鉄面皮はソウルを振り返る。

「この方々はこの記念館の管理人さんたちだよ。元NASAの技術職員たちだ」

「はじめまして、鏑矢ソウルです」

「あなたが鏑矢迎撃士さんですね。いつも応援しております」

 老人が差し出した手をためらいがちに握ると、老人は両手でしっかりと包んだ。

「あなたは私たちの希望です。いつも本当に……本当に、ありがとうございます」

「いや、そんな……」

「俺たちの地球を月喰から守ってくれてるんだ、いくら感謝してもしたりないです!」

「これからも悪いエイリアンをやっつけてください!」

「大切な故郷だ!」

「私は先祖代々地球育ちなんですよ!」

「そりゃみんなそうだろ!」

 ドッと爆笑が起こった。険しい顔をしていたソウルも、おもわず顔がほころんだ。

「ところで閣下、こんな夜中にどうしてこんなところへ? まさか見学に?」

「そのまさかさ、悪いけど――」

「それじゃあ、今明るくしますよ!」

 老人のひとりが暗闇の奥に走って消えてしばらくすると、回路がつながる音とともにパッと周囲が光に満ちた。ソウルは目が眩んだが、慣れてくると、自分たちの目の前にある巨大な物体に気がついて驚いた。

 その物体は全高110.6メートル、直径10.1メートルの巨大な金属の円柱だった。床の台座の上で直立し、まるで150年前で時が止まってしまったかのように静かに佇んでいる。

 あまりの威容に、ソウルは、目を奪われた。

「サターンⅤだよ。アポロ11号と言ったほうがわかりやすいかな。1969年7月、人類をはじめて月に送りこんだ偉大なロケットだ。復元だけどね」

「復元って言っても、つくりはビスの一本までが現役時代と同じです。本物ですよ、こいつは」

 老人たちが自慢げにそう解説した。

「これが、アポロ11号……」

 圧倒されているソウルを横目に、鉄面皮が老人たちにむきなおる。

「悪いけど彼とふたりで話したい。戸締まりはやっておくから、先に帰ってくれたまえ」

「そうですか? すいません、じゃあ、お願いいたします」

「無理をしないで長生きしてちょうだいね」

 老人たちは帰っていった。鉄面皮はソウルの横に立ち、ロケットを見上げた。

「偉大だね、ヒトは。これにたどり着くまでに1900年以上かけたんだよ」

「……ああ、すごいな。人間って」

「僕はね、ソウルくん。人間が大好きだ」

 爽やかに、鉄面皮は言った。

「僕は人間の素晴らしさは、互いに協力し、ひとつの物事に向かって努力できることにあると思う。ときどき不幸な行き違いもあるけれど、だからこそ手を取り合うことの意味を知れるんだ。人は誰もがとてつもない強さを秘めている。だけど同時に、とてつもなく弱い存在でもある」

 鉄面皮はソウルに顔を向けた。ソウルも、彼の目を真っ直ぐに見た。

「実は、僕も作られた存在なんだよ、ソウル。僕は君と同じで、過去の無い人間なんだ」

「なんだって?」

 ソウルは目を丸くする。鉄面皮は微笑む代わりに肩をすくめる。

「だけどだからといって僕は悲観したことは一度もないよ。

 はっきり言おう、この職務は――地球と人類を守るという職務は――人間の精神では耐えられないんだ。普通の人間だと重圧に押しつぶされて、必ずどこかで気が狂う。考えてもみなよ、僕たちがミスしたら100億人の人間が死ぬんだぜ。だから僕たちは製造されたんだ……それとも、人類は守るに値しないかい?」

「そんなわけない!」

 ソウルの叫びは広間に反響し、かき消える。

 鉄面皮は深くうなずいた。

「そうさ、人類は守らなければならない。それは何があろうと絶対に揺るがない真理だ。そのために20数年分の記憶が捏造されたことくらい、大した問題じゃないじゃないか。人類を守るためならばあらゆる手段は正当化される。僕は人類を守るためならば、人類を滅ぼすことも厭わない覚悟だ」

「……そうだな」

 ソウルはうなずいて、申し訳なさそうに目を伏せた。

「悪かったよ、鉄面皮。俺たちのやっていることはそういうことだって、忘れてた。気が緩んでいたよ」

「気にしないでくれ。部下の悩みは僕の悩みさ。むしろストレートに気持ちをぶつけてくれて、僕は嬉しいよ」

 鉄面皮はそう言いながら、ソウルの背中をバンと叩いた。ソウルの頬はすっかり緩んで、笑い声が漏れた。

「だいたい極論言っちゃえば人間はみんな母親の体で作られた人造人間だしね! 過去がどうとかいう話も、外部記録装置無しの記憶は妄想と同義なんだ! 外部記録装置も改竄しようと思えば不可能じゃないし。そう考えれば、過去なんてものは存在しないとも言いかえられるさ。世界五分前仮説だって未だに否定されてないんだ!」

「いろいろと台無しだよ!」

 ふたりは腹を抱えて笑った。息が苦しくなるまで笑うと、ソウルがふと、顔に疑問符を浮かべた。

「あれ? なぁ鉄面皮」

「なんだい?」

「俺たちを作ったのは、じゃあ誰なんだ?」

「ああ、その話か」

 鉄面皮は居住まいを正す。

「そうだね。今の君になら教えてもいいかもしれない。隠されていた、『彼ら』のことを――」

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