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人類の産声【完結】  作者: 倉田四朗
第二部 燃え上がる運命
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インターミッション 前編

「また失敗したね」

 鉄面皮の冷たい声がオフィスに響いた。張りつめた雰囲気の部屋にはデスクに腰かける鉄面皮と、床の中央で無言で立ち尽くす鏑矢ソウルがいる。彼の腰には刀がさがったままで、顔の半分の皮膚はひどい火傷にただれていた。

「公園のドローンに軍事行動する兵隊が映った。さっそく、環境省や国内外のマスコミが四方八方に問い合わせカーニバルだよ。彼らはこう訊いてくる。

 『この兵士たちはどこの所属だ?』『なぜ公式に活動を表明しない?』『彼らの目的は何だったんだ?』なんとびっくり! 兵士たちは僕たち迎撃宇宙軍の目を盗んで地球におりた月喰を、バレないうちにこっそり捕まえようとしていたのだ!

 ただでさえミタマくんの情報漏えいのせいでこの基地の活動に――っていうか僕に――非難の声が集中してるんだ。これをきっかけに反体制派もますます勢いづくだろうね。ついさっき5つの団体からテロ予告があがったし」

「……すまなかった」

 ソウルは頭を下げた。鉄面皮は小さく肩をすくめた。

「勘違いしないでくれ、僕は謝罪を求めているわけじゃない。意味ないしね。僕が君をここに呼んだのは、君が僕に訊きたいことがあるんじゃないかなあと思ったからさ。作戦のログにアクセスしたよ」

「……ああ、その通りだ」

 ソウルはゆっくり顔を上げ、鉄面皮を睨みつける。その眼差しは炎のようだった。

「鉄面皮、お前は、俺が作られた存在だって知っていたのか?」

「うん」

 なんでもないことのように彼は言った。ソウルは怒りに顔を赤くして鉄面皮に迫る。デスク越しに、彼は刀を抜いてその切っ先を鉄面皮の眉間に突きつけた。

「俺を騙していたんだな!」

「そうだよ」

 鉄面皮は、それがどうしたとでも言いたげに首を傾ける。

「だって言ったら怒るじゃん、君。今みたいに」

「……ブッ殺すぞ!」

「それで何かが解決するのかい? 僕は死んでもすぐに病院で再生産されるし、事実は何も変わらないよ」

 ソウルは言葉に詰まった。鉄面皮はゆっくりと、人差し指で刃の横を押して逸らした。

「君は少し動揺しているみたいだ。少し散歩をしようじゃないか。基地は今日も高温多湿の熱帯夜だ。眠るには適さないよ」




 唐突な玄関のノックの音に、ソウルとカグヤとレベッカの三人は身をこわばらせた。

 ソウルは無言でカグヤの身を低くさせ、レベッカは二丁の銃の片方を彼に投げ渡す。カグヤは隠れられる場所を探して、キッチンのシンクの下におさまった。

「うるさくしすぎましたかね?」

「レベッカ、ここを知っているのは?」

 小声でソウルが訊く。

「この三人だけです」

「敵か、セールスか宗教か」

「殺したさではどれも同じです」

 レベッカが服の下に余分な腕を隠し、ゆっくりと玄関に向かう。ソウルはソファの影で息を潜める。

 もう一度、ノックがあった。

「はいはい、どちら様でござーいやーんすか?」

 レベッカが酒に酔った風を装ってドア越しに訊いた。答えはすぐかえってきた。

「私だよ。君の依頼主で、そこにいる男の友達だ」

「なーんのことっすかねぇー? ウチのカレシならケツからスピリタス飲んで寝てるよー? ぎゃはははは!」

 ややあって、深いため息が聞こえた気がした。

「かぐや姫がそこにいるんだろ?」

 ソウルからの目配せをうけて、レベッカはうなずいた。彼女は素早く玄関を開けて来訪者に拳銃を突きつける。

「入れ」

 いそいそと玄関をくぐったのは、帽子を目深に被ったひとりの女性のようだった。ソウルは彼女を見て、すっとんきょうな声をあげた。

「み、ミタマ!?」

「やぁソウル。久しぶりだね」

 朔月ミタマはゆっくりとリビングの中央に進み出て、帽子を脱いだ。中におさまっていた長髪が背中に落ちる。なめらかな黒髪を手櫛で整えながら、後ろで銃を突きつけたままのレベッカを肩越しに見た。

「あなたがレベッカさんですね。はじめまして、あなたの雇い主です」

「どうも」

 レベッカは軽く会釈しつつも銃を納めない。それを見て、彼女は満足げに笑った。

「あなたを雇ったのは正解だったみたいですね。不意の来訪者には白痴を装ってじっくり見極め、人の言葉はとことん疑う」

「レベッカ、大丈夫だ。ミタマは友達だ」

 ソウルが立ち上がる。

「別人が同じボディを使ってないという証拠はありますか?」

「私は完全生身だよ。ほら、プラグが無いだろう? 体重計にも乗ろうか?」

 ミタマは髪を持ち上げてうなじを見せつけた。白い首筋に金属プラグの蓋は無い。レベッカは警戒を解かずに銃を納めた。

「ミタマ、心配したぞ! 計画では遠隔操作の盗聴器を使う予定だったろ?」

「正直に言えば君が反対すると思ってね。鉄面皮から情報を引き出すには私が彼と直接話すしかなかった」

 彼女は小さく肩をすくめてウインクする。

「それに一度営倉っていうのも体験してみたかったしね。いやぁあそこはひどいところだった」

 ミタマは笑いながらソファに腰かけ、パーラメントに火を点けた。ソウルも座った。レベッカはキッチンに隠れていたカグヤを引っ張り出した。

「よかった、でも釈放されたんだな」

「いや、脱走してきた」

「だっ……!? どうやって!?」

「その辺のネタばらしは後でしよう。ああ、彼女がかぐや姫か」

 ソウルのとなりにカグヤが座ったのを見て、ミタマは紫煙を吐いた。

「はじめまして、ミタマさん」

「はいはじめましてカグヤちゃん」

 ふたりは目が合うと、なにか波長があったようで、お互いにはにかんだ。

「すまないが社交は苦手でね。さっそく聞かせてもらおうか」

 ミタマは身を乗り出す。カグヤが首をかしげる。

「オイオイとぼけてもらっちゃ困るね。ソウル、君もだ。実はけっこう前からこの部屋の会話を外でこっそり聞かせてもらってたんだが――」

「――なんですって? いったいどうやって――」

 口を開いたレベッカをミタマは片手を上げて制す。

「――話がそれる、そのネタばらしもあとだ。私は君たちふたりが、なぜ彼女の、かぐや姫の、地球にやってきた目的をさっさと訊かないのか理解ができないし、我慢ならなくなったんだ。だから合流した」

「私の、目的……」

 カグヤが、口の中で言葉を転がす。ミタマは鋭い視線で彼女を刺した。

「もうエスペラントも充分学んだんだろう? 言語化できるはずだ」

「カグヤ、俺からもお願いするよ」

 ソウルが、優しくカグヤに言った。

「聞かせてほしい、君がなぜこの惑星にやってきたのか。君たち月喰は、なにを思って、ずっと月から俺たちを見ているのか……」

「……わかった」

 カグヤは居住まいを正し、長く目をつぶって、それから開いた。

「ぜんぶ教えるよ。私が、どうして地球にやってきたのかを」

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