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人類の産声【完結】  作者: 倉田四朗
第一部 迷える魂
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月喰迎撃作戦

「カウントダウン開始」

 静かな声がコントロール・ルームに響く。鉄面皮は彼の頭上、政府高官用の席から、全体の作業を眺めていた。

 彼に見下されながら、対月喰迎撃基地の担当官たちはそれぞれの作業を行っている。彼らの前の巨大なモニターにはこの部屋から4キロメートルほど離れた場所にそびえ立つ、第34番ロケット発射台の光景が映し出されている。発射台には巨大な白い卵のようなものが立てかけられていた。卵は空気抵抗のために頭を丸くなめらかに作られていて、下部には大小様々なブースターが並んでいる。表面にはグーグル合衆国の国旗がペイントされている。今、発射台周辺は真っ白な水蒸気によって包まれていた。

「10……9……点火シーケンス開始」

 管制官の言葉で卵の下が一気に明るくなる。

「8……7……6……5……4……3……2……1……エンジン全開。離陸、離陸しました!」

 管制官が言うと、コントロール・ルームが少しだけ騒がしくなる。幾度となく繰り返されたロケットの発射であっても、彼らにとっては毎回がかけがえのない瞬間なのだ。しかし彼らの作業は続く。打ち上げ台から発射された卵――鉄巨人カーゴが無事目標の高度までたどり着き、帰還するまで彼らは気を抜くことは許されない。

「第一宇宙速度突破……システム正常……大気圏突破……軌道修正ポイント0001度……シーケンス終了。午前9時12分、発射成功です。会敵予定時刻は15時間後」

 コントロール・ルームに安堵の声が広がる。鉄面皮も長く息を吐き、肩をまわした。そしてマイク越しに職員たちに言う。

「みんな、ひとまずご苦労様。鏑矢迎撃士の担当だけ残って、あとは休憩に入ってくれ。睡眠時間と交代時間は厳守。以上!」




 鏑矢ソウルが目を覚ます。彼は暗闇の中、胎児のような姿勢をしていた。

「鏑矢迎撃士、覚醒しました」

 頭の中に担当官の声が聞こえる。ソウルは口元を固く結び、暗闇を見据えた。

「脳波正常、脳圧正常、神経インパルス正常、インパルスブースター正常、互接続部正常、筋反応値変動なし……」

「ソウル、いけるね?」

 鉄面皮の声に、ソウルは「ああ」と返信した。

「カーゴ開放します」

 静かに、目の前の暗闇が縦に割れて、無数の星星の光がソウルの顔を照らし出した。地球周回軌道をゆく巨大な卵の表面に空いた大きな穴から鉄の巨人が這い出した。

 白銀に輝く鎧をまとったその巨人は卵の中にまっすぐ立って顔を出すと、頭上を見た。無音の宇宙の無数の星が巨人を見つめ返した。巨人はそれから下を見た。立っている鉄巨人カーゴの下には、視界におさまらないほどに巨大な地球がある。今、2万5千キロメートル彼方の地上は夜で、都市の明かりが宇宙の輝きに負けないほどにまばゆい。巨人は目を細めた。

 鏑矢ソウルは、鉄巨人『サンダルフォン』そのものになっていた。

「最接近点まであと30分。相対速度毎秒5.07キロメートルで接近中。予測質量差は許容数値マイナス105キログラム」

 ソウルはカーゴの中からひと振りの巨大な剣を取り出した。彼は鞘から刃を抜くと、カーゴの上でそれを構える。巨人の体ほどもあるその剣は、やがてやってくる敵を迎え撃つべくまっすぐに刃をきらめかせた。

「ソウルくん」

 鉄面皮の声がする。

「外すなよ」

「……わかってる」

 巨人は静かに答え、待った。

「残距離3000キロメートル突破。まもなく迎撃点」

「こちらソウル。目視で確認」

 緩やかなカーブを描く地球の輪郭の向こうから、極小の点が現れる。点は見る見る間に巨大化して接近し、巨人の何倍もの大きさを持つグロテスクな肉塊となって彼の眼前に迫る。

「迎撃せよ!」

 管制官の声が響いたときには巨人はすでに剣を振り上げていた。大剣の切っ先は高速ですれ違う肉塊に食い込み、秒速5キロメートルのスピードで深く切り裂く。肉塊の中から吹き出した血液が一瞬で凍って拡散し、光を反射してキラキラと輝く。肉塊の外と内、刃に触れた部分がドス黒く変色し、水分を失ったように一気に萎びる。肉塊表面に存在する無数の目玉がそれぞれ好き勝手な方向を見て、すぐに白目をむいた。

 肉塊と巨人は離れた。巨人は剣をひと振りして血をはらった。

「迎撃成功。月喰、生体反応消失。および脱出軌道へ軌道変更しました。再接近は不可能です。鏑矢迎撃士全数値異常なし。カーゴ軌道は要再計算。システム損耗なし。カーゴ再計算結果でました。地球へ帰還可能です」

「ご苦労様」

 鉄面皮の声がする。いつもより柔らかい口調だった。

「それじゃソウルくん、地球へ戻って。家に帰るまでが作戦だからね」

「わかった」

 巨人は頷き、剣を鞘に納めると、再び卵の中へと戻った。扉が閉じられ、カーゴのブースターが再び点火する。

 鉄巨人を乗せた巨大な卵はそれから数時間後、西経169度9分、北緯13度19分の、太平洋の真ん中へと落下した。

 


 

「やぁ、おかえり! 今回もおみごとだったよ!」

 ハワイからケープ・カナベラルへと戻ったソウルを迎えたのは鉄面皮の嬉しそうな声だった。彼はいつものスーツではなくアロハシャツを着ていて、輸送機のタラップをおりるソウルを両手を広げて出迎える。

「ケガはない? 体調は?」

「大丈夫だ」

 ソウルと鉄面皮は並んで建物へと歩いていく。太陽はすでに沈みかけていて、じわじわと迫る宵闇に、基地内の強い照明が無駄な抵抗を続けていた。

「その格好は?」

「地球を守ったんだ。1日くらい休んだってバチはあたらないだろ?」

 鉄面皮が首を鳴らす。ソウルも首を鳴らす。

「ひさしぶりなせいか、疲れたな……」

「ところでソウルくん、今、基地でお疲れパーティをやっているんだけど、キミも来るかい?」

「知ってるだろ、騒がしいのは苦手なんだ。家に帰るよ」

「だと思って、はじめから君の席は用意してないんだ」

「ブッ殺すぞ」

「代わりにあれを用意したよ」

 鉄面皮が指差した先には、一台の自動車が停まっていた。

「じゃあ、お疲れ様。また明日ね!」

 そう言い残し、鉄面皮はスタスタと立ち去っていった。残されたソウルは「なんか釈然としねぇ……」とつぶやいた。



 

 無数の強い雨粒が車のガラスを叩き割ろうと玉砕している。弾けて消える水滴を、ソウルは運転席に深く身を沈めてぼんやりと眺めていた。

 バナナ川沿いの長い一本道にはひとつの建物も無く、夜になるとわずかに先が見通せる程度の視界しかない。それも対岸の基地からあふれる強い灯りのおかげで、道を挟んだ反対側はかえって闇が深かった。

 ソウルは考える。

 たしかに当面の危機は去った。だがまたすぐに次の月喰が地球へ向かってくるのだろう。

(いつまで続くんだろうな……)

 道のくぼみにタイヤが跳ねて、車内が揺れた。

(このままじゃジリ貧だ)

 月喰は月が存在する限り存在し続けるのだろう。人類の絶滅と、月喰が月を喰らい尽くすのと、どちらがはやいだろうか。

(俺は、それまで戦い続けなければならない……)

 そう思ったとき、ふと、なにか小さな違和感がソウルの頭をよぎった。ソウルはその正体を捕まえようとしたが、思考は中断された。

 いきなり車内に警告ブザーが響いたかと思うと、自動的に急ブレーキがかかった。ソウルはとっさに足をふんばったが、車は雨の路面でスリップし、速度を維持したままさらに進んだ。直後前方から、どん、と鈍く重い音と衝撃がくる。ソウルは青ざめた。さらに車は進み、撥ね飛ばした何かを乗り越え、大きく斜めになってまた戻った。ソウルは頭をうった。

 ようやく車が停止すると、ソウルは慌てて運転席から飛び出して車の後方へと走った。暗視フィルターを起動して暗闇を見る。すると、道路に撒き散らされた赤黒い液体が強い雨に撹拌されている様が目に入った。ソウルはとてつもない嫌な予感に眉を潜めた。

 さらに進むと、闇の中から人間の体らしきものが姿を現した。スコールのおかげで見え辛かったが、それでもソウルが嫌な予感が的中したのを確信するには充分だった。ソウルは長いため息をついた。

「ぐちゃぐちゃだ……」

 そう呟いて目をそらす。携帯電話を取り出して、911へとコールしようとする。

 ボタンを押す指を止めたのは、雨音に紛れて異様な音を耳にしたからだった。

 何かが這いずるような音だった。泥の中でもがく蛇を連想させるその音に、ソウルはそっちを見た。視線の先には、さっきの人間らしきものがあった。

 ソウルは目を見開き、絶句した。その人間らしきものはうごめき、自らのかたちを変形させながら地面を這い、一箇所に集まっていっていたのだ。切断された腕は指をアスファルトに引っ掛けて動き、骨盤で粉砕された下半身は、両足を動かして昆虫のように這っていた。

 冗談のような光景を目にして、ソウルは呆然と立ち尽くしてしまった。彼の目の前でぐちゃぐちゃの肉片たちは塊となってひとりの人間を形作った。その人間は背が小さく、子供のように見え、そして裸だった。

 ソウルはつとめて冷静であろうとしながらも、それでも手が震えるのを止められなかった。凍えるような寒さは決して雨だけのせいではなかった。

 ソウルは慎重ににじり寄った。目の暗視フィルターの明度を最大にしてその生き物を見た。

 生き物は長い黒髪を頬に貼りつかせてソウルを見た。ふたりの視線がかち合った。

「おまえ……」

 ソウルが何か言おうとする前に、裸の子供はすっくと立ち上がって彼に駆け寄り、彼の足に抱きついた。明らかに人間ではない化物の体は、まるで人間のように温かく、ソウルはどうしても振り払う気にはなれなかった。

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